第50話 ビーフ(豚肉)

 雪村が監獄に閉じ込められた頃、ママたちは街の中を血眼になって捜索していた。


「いたか?」

「いえ、見つからないわ」

「街中探したけど全然いないぞ。ユッキー外に出たんじゃないか?」

「そんな意味もなく外にでないわ」


 待ち合わせ時間からすでに2時間が経過し、日も暮れつつある。

 全員で街人に尋ねながら捜索を行ったものの、雪村の行方は不明。

 ママたちに誘拐というトラウマが再び蘇り、特にミーティアは情緒が不安定になりつつあった。

 その様子を見てマフラーとブーツを新調したテミスは、道路に積もった雪を蹴り上げる。


「あいつ一体どこ行ったのよ……」

「あの、すみませんそこの方!」


 ミーティアが今度は騎士団の人間を見つけて、再び聞き込みを行う。


「黒いコートを着た少年を見ませんでしたか? 見た目15,6歳くらいで黒髪。身長は165くらいで、右手が義手になっていて、ちょっと目つきが悪いんだけど可愛らしくて優しくて、世界一愛しい私の息子なんです」

「知らんな」

「あの、騎士団の方にも捜索を願えませんか? 恐らくこの街にいるはずなんです」

「ダメだ、我々は忙しい」

「そんな……」

「ちょっとあんたたち治安を守る騎士団でしょ! 行方不明事件なんだから手伝ってよ!」


 テミスがあまりにも不誠実な騎士に怒りの声を上げると、騎士は鼻を鳴らす。


「フン、どうせどこぞを遊び呆けているだけだろう。我々の手を煩わせるな、よそ者が」


 騎士の男は足早に去っていく。

 ヴィクトリアたちは、騎士の対応に頭に来るが、それよりも違和感を感じていた。


「クリスタルフロストの人間冷たすぎないか? 前来た時こんなのじゃなかっただろ」

「ボクもそう思う。もっと女騎士が巡回していて、平和な街だった。今男騎士しかいないのはなんでなんだ?」

「あの、もし、人を探しているのですが」


 ミーティアが別の男性に声をかけるも、今忙しいんだと取り合っても貰えない。


「この街おかしいわ。何かを隠そうとしてる」


 いくらなんでもおかしいと全員が首を傾げているときだった。

 不意に誰かに声をかけられる。


「お姉ちゃんらこっちや。こっち来て」


 何かと思い見渡すと、ちっさなオークが家影に隠れながら手招きしている。

 何かと思い近づくと、身長80センチ位の二足歩行する豚が仁王立ちしていた。

 白ピンク色の肌でフード付きのコートを着たオークは、人目を気にするように周囲を見渡す。


「誰にも見られてないな?」

「あなた魔王軍?」

「ちゃうちゃう、ワイは冒険者やっとるミニブタオーク族のビーフや」

「豚なのにビーフなのね……」


 テミスのツッコミは無視してビーフは続ける。


「姉ちゃんら、この街来たとこやろ? ワイも仲間と一緒に先週来たとこなんや。そんで気づいたら仲間がおれへんようになっとるんや」

「ボクらと全く一緒だ」

「そんで、今日探し回ってる最中に見かけたんやけど、黒髪の男見たで」

「まさか雪ちゃん!?」

「多分な」

「どこに行ったかわかるなら教えて!」


 食い気味のミーティアに、ビーフはニマっとする。


「せやったらそのデカパイ一揉み――」


 テミスがビーフの後頭部を殴り、雪の中に体が埋まる。


「こっちは家族いなくなって切羽詰まってんのよ」

「ちょっとした冗談ですやん。言います言います。君らの探し人も、ワイの仲間も多分同じとこにおる。それは――」



 ママたちパーティーは、ビーフと共にフロスト監獄近くの湖に来ていた。


「収容所ね」


 テミスが双眼鏡で見渡すと、厳重な騎士の警戒の中、労働させられている囚人の姿が見える。

 その中に雪村の姿は見えないが、確かに囚人は外国人が多い。


「本当にここなの?」

「間違いない。見てみ」


 ポークが豚足で指差すのは、ボートに乗った騎士と三つ編みの外国籍風の少女。


「なにあれ……」

「あいつらなんかわからんけど、あれくらいの歳の男女集めとるんや。ワイの仲間も、見た目あれくらいの人間や。あんな感じで黒いコートの、英雄病入った子が連れていかれるの見たで」

「間違いない雪村だわ」

「どうして雪ちゃんが監獄に……なにか悪いことしたのかしら?」

「いや、あいつらほとんど因縁つけてしょっ引いとったで。兄ちゃん、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔で連れて行かれとったわ」

「よーし、場所がわかれば十分だ。ボクのアレスで乗り込もう」

「よその国の監獄襲撃したら大問題になっちまうだろ」


 ヴィクトリアに止められて、エルドラは唇を尖らせる。


「じゃあどうするんだ? 出所するまで待つとか言わないよな」

「ちなみにだが、あそこに連れていかれる奴はほぼ全員無期懲役だぜ」

「めちゃくちゃじゃない」

「ワイもなんとか仲間を助けたいんやけど、こう警備が厳重じゃ手も脚も豚足も出んのや」

「周囲は湖だし、アクセスするにはボートが必要。でもボートなんかで近づいたら魔法で沈められちゃうわね」


 テミスもお手上げねと腕を組む。


「姉ちゃん、ワシにええ考えがあるんや。ちょっと耳貸してくれるか?」

「何よ、皆に言えばいいのに」


 テミスは屈んで耳をビーフに寄せる。

 すると


「姉ちゃんごっつええ匂いするわ♡ そのデカパイ揉ませてくれん? フゴフゴブヒブヒ」


 テミスはビーフの頭を踏みつけ、ブーツの踵をめり込ませていく。


「死ねエロ豚。このまま湖に投げ入れて冷凍肉にしてやろうかしら?」

「ちゃうねんちゃうねん、ちょっとふざけただけやねん。アイデア言うから許して!」


 そうしてビーフが持ってきたのは、クリスタル騎士団の鎧である。


「女騎士の鎧や。騎士団の詰め所から拝借してきた」

「変装ってわけ……。まぁこれしかないわね」

「あいつらすげぇ鎧着てんだな」


 ヴィクトリアがカットの鋭いハイレッグインナーを見て顔をしかめる。


「ヴィクトリアさんはいつもビキニアーマーだから、別に抵抗ないんじゃ……」

「姉ちゃんらはコレ着て。僧侶のお姉ちゃんはそのままでええ」

「私はこのままでいいの?」

「あいつら週一回、ノルン教とかいう宗教の司祭呼んで囚人にお祈りさせとるんや。明日がその司祭が来る日らしくて、そこで護衛の騎士諸共入れ替わって、監獄に潜入するんや」

「なるほど、いい情報ね」

「せやろ。おっぱいくらい揉んでもかめへんやろ?」

「構うわよバカ。あんたはどうやって潜入するの? オークとかめちゃくちゃ目立つけど」

「せやな、ワイのこと考えてなかったわ」


 テミスたちは顔を見合わせると、大きな布袋を用意することにした。その袋に大きく【豚肉】と書く。


「食料として輸送しましょう」

「……納得いかんけど、まぁそれでええわ」

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