第49話 執行官
「うぉぉぉぉ出せ、出せ、出してくれぇぇぇぇぇ!!」
鉄格子をガッシャガッシャと鳴らしてみても、全くの無反応。
俺はため息をついて、自分が拘留されている牢屋を見やる。
ボロい毛布と汚いトイレがあるだけで、高い位置にある格子窓からは冷たい空気が入ってくる。
「格子窓?」
俺はジャンプして小窓よりも更に小さい、かろうじて外が見える程度の格子窓から周囲を見渡す。
「塀と湖か」
見えるのはフロスト監獄をグルりと囲む雪を被った塀と、巡回する騎士甲冑姿の警備。
塀の外は、寒そうな湖が広がっている。
ここに来る時見ていたが、フロスト監獄とは湖の真ん中にある湖島に造られた場所で、ボートを使って連れてこられた。
仮にここを脱獄したとしても、凍りそうな外気の中、湖を泳がないとダメらしい。
「アルカトラズかよ……。クソっ出してくれー! 助けてママー!!」
外に向かって叫んだところで、返ってくるものは何もない。
「うるせーな。静かにしろ新入り」
正面の牢で寝転がっていた少年がムクっと起き上がる。
歳は15,6歳くらいだろうか? 赤茶色の短髪に色白の肌、耳はピンと尖っている。どうやらエルフ族のようだ。
健康状態が悪いのか痩せており、目の下にはクマというか死相が見える。
「君は?」
「オレはラッキーだ」
「こんなところに閉じ込められてるのに?」
「やかましいわ。オレもこの名前嫌いなんだよ」
「君は何かやったのかい?」
「その年下に話しかける口調やめろ。これでも35歳だぞ」
「うぇっ!? オッサン!?」
確かエルフは寿命300歳くらいだったか。
童顔に見えて、遙か歳上ってこともザラにあるようだ。
「それは失礼しました」
「別に敬語使わせたいわけじゃないからいいけどな。エルフの中だとクソガキだし」
「普通に喋っても?」
「いい」
「ありがとラッキー」
「オレの名前を語尾みたいに使うのはやめろ殺すぞ。質問に戻るが、オレは何もやってない。この牢屋に閉じ込められてる8割は、騎士団に濡れ衣を着せられた連中だ」
「俺もなんだ。いきなり見覚えのないアイテムがポケットの中に入ってて、魔王軍のスパイだろとか言われて捕まった」
「あぁよくあるパターンの奴だ」
「騎士団にって言ってたけど、確証はあるのか?」
「恐らくだが、捕まる時誰かにぶつかっただろ?」
「ぶつかった」
「その時ブツを仕込まれたと思うが、その仕込んだやつ、騎士団の中にいるぜ。長身の生気のないような男だろ?」
「そうそれ!」
ラッキーは御愁傷様と苦笑いを浮かべる。
「じゃあ間違いない。皆そいつにやられてる」
「くそぉ、自作自演かよ。なんでそんなことするんだ?」
「ここクリスタルフロストは、数年前からよそから来た人間を囚えては強制労働に従事させるという噂があった。オレも来るまでは信じていなかったが、2年前に捕まって噂は事実だったと自分で証明しちまった」
「じゃあもう2年も牢の中に?」
「そうだ。わけのわからん罪状で無期懲役をくらった」
聞けば聞くほどラッキーと同じ境遇だ。
そのうち冤罪が晴れて外に出られるんじゃないかと考えていたが、最初から労働力が目的なら多分一生出られない。
「でも、捕まった人の家族や友人が気づくだろ?」
「気づいても騎士団が取り合わなければ意味はない。あまりしつこく抗議すれば、そいつも捕まるだけだ」
「どうしてこんなことに……。騎士団は、よそものなら誰彼構わず捕まえてるのか?」
「いや、お前くらいの男女が多いな。これは推測の域だが、連中勇者の子を探してるみたいだ」
「勇者の子? 俺じゃん」
「はいはい、自称勇者はここではやめとけ。洒落にならんぞ」
「いや、本当なんだが……」
ラッキーは全然信じてくれない。
「騎士が、勇者の紋章を摘出したいみたいなことを言ってるのを聞いたことがある」
「紋章の摘出なんてできるのか?」
「手術でできるらしいが、やるには紋章のついている部位を切断する必要がある」
俺は紋章のついている
まさか腕ごと紋章を切り落とすってこと?
「それさ、勇者の紋章が目とか頭とか切れない部位にあったら、どうするつもりなの?」
「目なら眼球をくり抜くだろうし、額なら首を落とすだろうな」
「それはつまり殺して奪うってこと?」
「それ以外ないだろ。こんなところに何百人も監禁する連中だぞ。それくらいする」
「…………」
俺、ミルク飲むと左手の甲にも紋章が発現するんだよな……。
もしそれがバレたら「こいつ両手に勇者の紋章を持ってるぞ、切り落とせー^^」ってなるかもしれない。
自分の両手が切断される光景が頭に浮かび、ブルッとする。
まずいな、俺が勇者の子であることは、ここでは言わないほうがいいだろう。
「それで紋章を摘出してどうするつもりなんだ?」
「そこまでは知らん。この話もあくまで噂段階だから、あんまり真に受けるな」
「そうか……」
俺が衝撃を受けていると、カツカツと足音が響く。
牢の外を見やると、マントをつけた女騎士を先頭に3人の女騎士がこちらにやってくる。
「執行官のお出ましだ。痛い目見たくなかったら、あんまり余計なことを喋るなよ」
ラッキーは騎士たちを見て苦い顔をすると、毛布にくるまり眠ったふりをする。
執行官ってことは、ちゃんと冤罪か検証してくれる人だろう。話せばわかって……くれないか。
騎士団がここにぶち込んだのだとしたら、執行官もグルなのは当たり前。
今更ながら、この世界の警察と呼べる騎士団が悪人だとタチが悪いなと気づく。
騎士たちは牢の鍵を開けると、リーダーらしき女騎士だけが中に入ってきた。
金髪ショートの髪に、目元を隠す金属製の仮面をつけており、その表情を伺うことは出来ない。
厳しい青と金の鎧の背中からは、ドラゴンの刻印がされたマントがなびいている。
頭上に表示されているHPバーも、他の騎士と比べ桁違いに長い。
(HP2940……ママたち以外に、これだけ強い人がいるとは)
HPは1000を超えれば歴戦の勇士と言ってもいいのに、それを遥かに凌ぐ数値。
このクリスタルフロストで、伝説視されててもおかしくない人物だ。
ただ一つ疑問なのは、上半身は聖騎士みたいなのに下半身は体にピッタリとフィットする、ハイレッグ型のインナーがむき出しになっているのはなぜなのか?
男の騎士は普通だったのに、女性騎士は皆このタイプなのか、一緒についてきた部下らしき騎士も同じ装備である。
機動性重視なのかもしれないが、これじゃドスケベ騎士団じゃないか。
「囚人番号0721番、これより尋問を行う。私はクリスタル騎士団の執行官だ」
クリスタル騎士? ダイヤモンド騎士団と2つあるのか。
「あの、お名前を聞かせてもらっていいですか?」
「無意味だ。貴様とは今以外、今後会話することは無い」
「そ、そう言わずお願いします」
これだけ強い人物、絶対有名な人のはずだ。
「お願いします」
「チッ……土下座をするな。私の名は……」
―レイ・リンドブルム・ロスヴァイセ―
その名を聞いて、俺は目を見開く。
バカな、彼女は氷柱の中に封印されているはずでは?
俺たちが救助するためにやってきたヴァルキリーの仲間が、なぜ悪の騎士団に手を貸しているのか理解できない。
「ママ!」
俺は言っちゃダメなことも忘れ、つい彼女に駆け寄ってしまう。
すると腹部に鋭い痛みが走った。
見ると、俺の腹に彼女の拳が突き刺さっていた。
「寄るな……犯罪者が」
仮面をつけていてもわかる。
恐らく彼女は今、虫けらを見る目をしている。
そこにほんの僅かな親子の感情はない。
(ダメだ……完全にママが敵になってる)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます