第3章 マザコンVS催眠

第48話 不当逮捕

「貴様を魔王軍スパイ容疑で逮捕する!」


 俺は自身の手にかけられた手錠を見て「は?」という言葉しか浮かんでこなかった。

 ライオンの紋章をマントにつけた、騎士甲冑の男5人が周囲を取り囲み、有無を言わせぬ雰囲気を作る。


「貴様を略式裁判にて、無期懲役を言い渡す」

「逮捕と同時に無期懲役!? まだ俺の名前も聞いてないのに!?」

「黙れ、逆らえば死刑だ!」


 いろいろ略しすぎだろ、無茶苦茶だ!


「これより貴様をフロスト監獄へ収監する。抵抗するな!」


 抵抗なんてしていないが、騎士甲冑の男達は俺の両脇を掴んで無理やり引きずっていく。


「ちょっと待ってくれ! 俺は今このクリスタルフロストに来たところだぞ!?」

「黙れ、魔王軍め! 白を切っても無駄だ!」

「事実だ! 俺は勇者の子なんだって!」

「おのれスパイめ、虚偽罪も追加だ!」


 ダメだ、もう何言っても無駄だ。完全に俺のことを黒と見て話が進んでる。

 痴漢冤罪って、こんな気分になるのかと背筋が寒くなっていく。

 俺は逃げ出そうとするも、がっちり左右後ろを固められて逃げることができなかった。


「誰か助けてくれ! 不当逮捕だ!」

「黙れ魔王軍め! 公務執行妨害も追加だ!」



 フロスト監獄――


 薄暗い牢屋にぶちこまれると、騎士たちは何事もなかったかのようにスタスタと歩き去っていく。


「ふざけんなよ! ママたちに話を通してくれ!」


 鉄格子を掴んで叫んだところで意味はなく、気温マイナス5度くらいのクソ寒い牢の中に放置される。


「急展開すぎて、わけがわからなさすぎる……」





 今から約2時間前――


 俺たちはドワーフの造ってくれたキャンピングカーに乗って、クリスタルフロストを目指していた。

 入植したドワーフ達の生活基盤が安定し、仕事も順調に回ってきたので、俺たちは当初の目的であるヴァルキリーの解放に戻ることにしたのだ。

 次に向かう先は、マグマンとどっち行くか迷っていたクリスタルフロストに決定。レイさんという人を救助しに行くことになっていた。

 メンバーはヴィクトリア、ミーティア、エルドラのママ3人に、テミスを加えた5人。

 車の操作を覚えた俺が運転を行い、特に山賊や魔物に合うこともなく順調に進んでいた。


「クリスタルフロストって、氷の街って聞くけど寒いのかしら?」


 テミスが白のポンチョを用意しながら聞くと、ヴィクトリアさんが答えてくれる。


「死ぬほど寒い。年から年中雪降ってるし曇ってるし、あたしは嫌いだ」

「ボクも。あそこ騎士団が四六時中巡回してて、何度職質されたかわかんない」

「えっ、勇者でも職質されるんだ」

「いや、あれはエルドラが寒すぎて廃屋に火をつけようとしたのが悪い」

「放火犯……」

「しょうがないじゃん、寒すぎて脳が凍ってたし。半分空からお迎えが降りてきてた」

「ドワーフは寒さに弱いよな。チビだから冷えるのが早いんだろ」

「んだと脳筋メス牛がよ!」


 キャビン内で取っ組み合いになるエルドラさんとヴィクトリアさん。

 

「あの、これからレイさんって人を助けに行くんですよね? 彼女はどういう人なんですか?」


 俺が聞くとミーティアさんが答えてくれる。


「ん~とね、凄くしっかりものよ。とっても冷静で、冒険中何度も助けられたわ」

「あたしは仲間の中では一番信用してるが、一番嫌いだ。こまけぇことをクドクドと説教が長い」

「ボクも。いっつもボクとヴィクトリア姉が怒られるんだよね」


 それは二人がヴァルキリーの中で問題児だからでは?


「ちょっとボクとヴィクトリア姉がギャンブルでお金溶かしただけで、10時間くらい説教くらったよ」

「聞けば聞くほど、レイさんが聖人に聞こえる」

「後、レイは正義マンなんだよね」

「正義マン?」


 俺が聞き返すとミーティアさんが教えてくれる。


「レイちゃんはクリスタルフロストの騎士団で、執行官っていう役を担ってるの」

「執行官?」

「うん、悪い人を裁く正義の騎士ね。例えば殺人事件で犯人が捕まったとして、その犯人が本当にやったのか調べて刑を決めるの。懲役10年とか、無期労役刑とか、無罪とかね」

「なるほど」


 執行官とは、警察と裁判官が混ざったような職種のようだ。

 恐らく冷静な人物で、ヴァルキリーパーティーの中でもストッパー的役割なんだろう。

 暴走しがちなヴィクトリアさん、エルドラさんコンビと相性悪いのもわかる。


「あっ見てみて、雪降ってきたわ」


 テミスが窓の外を指さすと、空から純白の雪が舞い散る。

 草原地帯も徐々に白いものを被り始め、クリスタルフロスト領に入ったのだとわかる。

 更に奥の方には、巨大な城壁に囲まれたクリスタルフロスト城が見えてきた。

 白亜の石で造られた塔の多い建造物で、中央の尖塔はシンボルとも言えるだろう。


「ジーナス王城よりも一回りは大きいな」


 あそこにレイママがいるってことか。


 それから約1時間ほどかけて、クリスタルフロスト城下街へと入る。

 キャンピングカーは目立たない路地裏に駐車して、俺たちは車を降りる。


「寒い~。ちょっとありえないんですけど!」

「そんな短いスカートはいてるから」


 テミスは上に白のポンチョを着ているものの、下はいつも通りミニスカとニーソックス。見るからに寒そうだ。

 他のママたちは皆ロングコートを羽織り、俺も漆黒の中二臭いコートを羽織る。


「あれ? エルドラママは?」

「エルドラはここにいる」


 ヴィクトリアさんがコートの前を開くと、顔まで隠すハイネックコートを着たエルドラママがガタガタ震えていた。


「寒い……ボク死んじゃう」


 本当に寒さに弱いんだな。そりゃマグマと生活してるドワーフだもんな。暑さには強いけど、寒さは大ダメージなのだろう。


「ほぼミノムシ化してますね」

「爆炎のエルドラどころか、マッチのエルドラになってるだろ」


 ヴィクトリアさんに笑われているが、エルドラさんはプルプルしたままだ。

 このままヴィクトリアさんのコートの中に隠れて移動するようだ。

 ってかヴィクトリアさん、コートの下ビキニアーマーなんだな……。ちょっと露出狂に見えてしまった。


「雪ちゃん、ママたちは先にギルドへご挨拶に行ってくるわ。多分ママたちが復活したこと、知らない人が多いと思うから」

「そっか、ここはジーナス王都とは別管轄のギルドになるんだったね」


 各地でヴァルキリー復活したよって伝えないとダメなんだな。

 そんな良いニュース、ジーナス王がやってくれよと思わんでもない。


「ええ、あとここに滞在するから、宿の手配もしてくるわね」

「わかったよ」


 レイさんの氷を砕くには数日かかるだろうし、ここが拠点になることだろう。

 キャンピングカーがあるのだが、街にいるのなら暖房のある宿で寝たい。

 テミスも「はい」と手を挙げる。


「あたしちょっと服屋見てきて良い?」

「おう、ポンチョやめてコートにしろ」

「しないわよ。マフラーとブーツ買いに行くの」


 そこまでしてミニスカやめないのか。女子のファッションに対する気合を感じるな。

 じゃあ俺は武器屋とか見てこようかな。

 RPGでも新しい街についたら、まず武器屋に新装備が並んでないか確認するとこから始まる。


「じゃあ1時間後に城の前でいいかな」

「ええ、そうしましょう」


 待ち合わせ時間を決め、全員がそれぞれわかれて街の中へと散る。

 俺もクリスタルフロストの街を観光しながら回ることにしよう。


 街路には木造の家々が並び、屋根は雪に覆われ、まるで銀の装飾のように輝いている。

 通り過ぎる人々は、厚手の毛皮の衣服を身に着け雪の中を歩く。

 荷物を引くのが、馬のかわりにトナカイを使っていて、この地ならではだなと思う。


 すっかり観光客になりきっていると、住人らしき長身の男性にぶつかってしまった。


「失礼しま――」


 俺が謝るのを待たず、男はスタスタと歩き去っていく。


「なんだろ、文化の違いだろうか」


 俺はふと視線を感じて周囲を見渡すと、家の中からこちらを見ていた住人が慌てて窓を閉める。


「?」


 何か変だなこの街……と思いつつ歩いていると、マントを身にまとった、騎士団らしき人間が近づいてくる。

 パトロールでもしているのだろうと眺めていたら、その足は俺に向かってくる。


「おい貴様」

「俺ですか?」

「そうだ。私はクリスタルフロストダイヤモンド騎士団のトーマス。ここに魔王軍のスパイがいると聞いてやってきた。それは貴様だな?」

「はっ?」


 いきなり何を言ってるんだ?


「持ち物検査を行う。手荷物をすべて出せ」

「手荷物って言われても」


 手ぶらですが?

 トーマスは、無理やり俺のコートのポケットに手を入れる。

 すると中から見たこともない黒い水晶が出てきた。


「なにそれ?」


 俺は眉を寄せ謎の水晶を見やる。


「これは魔王軍が使う音波伝達黒水晶エコークリスタル


 エコークリスタル? 電話みたいなもんか。


「やはり貴様魔王軍だったか!」

「はっ!? いやいやいや、これ俺の持ち物じゃないですって!」

「見苦しい言い訳はやめろ! 貴様のポケットから証拠が出てきたんだぞ!」

「そんなバカな!?」


 確かにキャンピングカーを降りた時、こんなもの入ってなかったはずだ。

 俺はふと思い出す。先程ぶつかってきた不審な男のことを。


「絶対あの時だ……」


 ぶつかってきた時、俺のポケットにこの水晶を入れたとしか思えない。

 その後すぐにやってきた騎士団。こいつら全員グルなのか?


「14時12分、魔王軍スパイ容疑で逮捕する!」


 自分の手首にカチャンと音を立ててはまる手錠を見て、俺は絶句するしかなかった。

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