第46話 ギルドヴァルハラ Ⅳ

 第一回の販売会が大成功し、翌週今度は前回の反省を踏まえてキャバンカーを増やすことにした。

 武器屋、防具屋、鍛冶屋を1台ずつ分け、ミーティアママのキッチンカー、ママズカフェ号を増やした。

 広場には計4台の車両と、飲食できるテーブル席を10席設置。30人ものスタッフを並べ、完璧な布陣で露店祭に臨んでいた。


「はーい、4番のお客様~出来ましたよ~」


 エプロンドレス姿のミーティアさんから、オムレツの乗ったトレーを受け取る若い冒険者男性。屈んだ時に覗く深い谷間に、鼻の下が伸びている。

 また別の客を接客するヴィクトリアママは


「おい5番、お前若いのにこんだけしか食わないのか? 草ばっかり頼んでよ」

「は、はい。サラダ好きなんで……」

「は!? 男ならもっと肉食え! 食わないと筋肉つかないだろ!」

「ぼ、僕、魔術師なんです」

「魔術師も戦士も関係ねぇ。男は力を求めて筋肉をつけるんだよ!」


 凄まじい脳筋理論。


「は、はい。じゃあチキンライス中盛で」

「男は大盛りだろうが!」

「は、はい、大盛りでお願いします!」

「よーしそれでいい。でもチキンだけじゃ痩せちまうな、イノシシ肉とポテトもつけよう。あと大豆も筋肉を作る栄養素になる」

「あー僕ちょっと豆は嫌いで!」

「好き嫌いするんじゃない! 大きくなれないぞ!」

「はい、すみません!」


 軍隊かな? いや、どっちかと言うとおかんか?

 ママズカフェのコンセプトには合っているのかもしれない。

 また別のテーブルでは、スカート丈を限界まで詰めたテミスが、ウェイトレスとして接客していた。


「あの、オムレツにケチャップで絵を描くサービスがあるって、メニューに書いてあるんですけど」

「チッ」

「あれ? 今ウェイトレスさん舌打ちしました?」

「いえしてませんよ。どこかのバカ兄貴が変なサービス始めたせいで、その煽りをなんであたしが喰らってんだって思ってませんし」

「は、はぁ」

「それではお客様、メニューの中から好きなイラストを選んで下さい。あたしのオススメは、描くのが楽なスマイルマーク(^―^)ですが」

「あ、あの、萌え萌え魔法の究極ハートオムレツお願いします」

「チッ」

「あれ? また舌打ちしました?」

「一番嫌なの選ばれたとか思ってませんよ」


 テミスは前髪をかきあげてスイッチを入れると、笑顔を作る。


「それじゃあ一緒に言ってくださいね。おいしくなーれ、萌え萌えキュン♡って」

「は、はい、おいしくなーれ萌え萌えキュン♡」


 オムレツに綺麗なハートを描いて見せるテミス。

 このケチャップお絵かきサービスは、俺がメイド喫茶からパク……オマージュしたものだが、それにしてもこの女ノリノリである。

 俺は彼女の後ろをさりげなく通り過ぎ、耳元で「モエモエキュンなんだよなぁ」と囁く。


「すみませんお客様、失礼します」


 テミスは客から離れると、全力で俺の元に走ってきてしこたまシルバートレイで殴られた。


「あんたがやらせてんでしょうが! 死ねバカ兄貴!」

「ちょっとモエモエキュンって煽っただけやん!」


 冗談の通じない妹である。



 昼を過ぎカフェが忙しくなってきて、食品の提供に遅れが出てきた。

 俺はキャラバンカーの厨房に入って、中の様子を確認する。

 するとエルドラさんが、大量に並べられたオムレツの前で唸っていた。


「あれ、ミーティアママは?」

「鶏肉がなくなったから買いに行った。その間留守を任されたんだけど」

「これエルドラママが作ったの?」

「おう。ユッキー、一個食べてみ」


 言われて俺はオムレツを一つ、スプーンですくって食べてみる。


「うん、ふわっと蕩けるようで、中はジャリジャリして生臭く、辛くて苦くて脳を突き刺されるような刺激が――」


 俺は意識が遠のき、仰向けに倒れた。


「ユッキー!!」


 数分後、俺は目が覚めた。


「良かった気がついた」

「一瞬魂が抜けて、俯瞰で倒れている自分の姿が見えた……」


 口の中には未だ不快感が残っている。


「おぇぇぇぇマズっ。ナニコレ……」

「ボクが作ったんだけど失敗だったな」

「なにこれ、見た目100点から繰り出される味マイナス1000点」

「いや、ボクの好きな辛子とスライム肉とポーションを数種類混ぜたんだけど」

「なんで料理下手な人ってオリジナリティ出そうとするんです?」

「やっぱダメなんか?」

「死ぬほど不快なダンジョン飯って感じでダメです」

「こんだけいっぱい作ったのに?」

「全部ゴミ箱行きです」


 これ食べて死人が出ても責任が取れない。

 その後ミーティアさんが帰ってきて、なんとか事なきをえた。


 思った方向とは違うが、ママズカフェも成功を収めたようだ。


◆◆◆


 広場で忙しく走り回る雪村やドワーフたちを、忌々しげな表情で見やる男がいた。


「おのれ雪村ぁぁ! テミスも楽しそうにしやがってよぉ。オレ様たちのパーティー抜けてイキイキしてんじゃねぇよ」

「マルコ、こんなとこで指くわえて見てても仕方ないもんな」

「それはそうだが……あいつが成功してると無性に気に入らないんだよ」

「それは妬みなんだな」

「クソっ。そうだ、確かこの街に変化へんげの魔法をかけてくれる魔法屋があったよな?」

「あったけど」

「あれ確か顔かえられるよな?」

「そうだけど、何になるつもりなんだもんな?」

「見てろ……」



 俺は4台のキャラバンカー全てを補助しながら、忙しく走り回っていた。

 どれも大盛況で、元の世界でこの移動販売を考えた人は天才だなと思っていた。

 そんな時だった、ママズカフェ前の飲食スペースで客が二人暴れているのが見えた。

 年齢は30そこそこくらいの戦士二人。一人は痩せ型で、もう一人は筋肉質。

 どこかで見覚えのある格好をしている気がする。


「おいおい、どうなってんだ? 頼んだサンドイッチの中にミミズが入ってたぜ?」

「こっちは毛虫が入ってたんだな」


 男二人は虫を周囲に見せつける。それを見た客は食欲が失せ、購入した食べ物を置く。


「いやいや、あんなゴツいミミズや毛虫が混入するわけないだろ」


 100%言いがかりだと確信する。

 クレーマーは大声を張り上げ、嫌味ったらしく言う。


「おーい皆気をつけろよ。ドワーフは人間が嫌いなんだ。食い物に毒を仕込んだり、わざとなまくら武器を売りつけたりするぞ!」


 痩せ男の物言いに、血の気の多いドワーフ達が詰め寄る。


「ざけんじゃねぇ! ミミズなんか入るわけないだろ!」

「テメェらこそ、アタシらの評判落とそうとしてんだろ!」


 完全な営業妨害に、彼女たちがキレるのも無理はない。

 スパナやハンマーを持つドワーフを見て、痩男はニヤけた笑みを浮かべる。


「おいおい、なんだなんだ? オレたちを殴ろうってか~?」

「そんなことしたら、衛兵にチクって二度とここで営業できなくしてやるんだな」


 そう言われ、ドワーフ達は苦虫を噛み潰した表情をしながら引き下がるしか無い。


「あぁあぁなんかくっせぇなって思ったら、穴掘りドワーフが作ってるからか。このミミズも、どうせお前らが穴ほってる最中に付着したやつなんじゃねぇの。ギャハハハハハハ」

「チビドワーフは穴掘ってりゃいいんだな、ブハハハハハ」


 盛大に煽り倒す二人の男。

 偉いのは、ドワーフ達がこれでキレなかったことだ。

 多分皆、運送仕事や鍛冶仕事で成功してきて人間界に馴染めてると実感があるんだ。

 だから人間との関係を壊したくなくて、黙っているのだ。


「畜生、二代目あたしら言われっぱなしッスか? あれ二代目?」


 俺は一度キャラバンカーに戻り、ゴミ箱の中から形の良い2つのオムレツを持ってクレーマーに近づく。


「お客様、申し訳ありません。こちらはお詫びのオムレツでございます。こちらには何も異物は混入していません」

「おっ、気がきくな」

「いただくんだな」


 二人は何も疑わずオムレツを食す。


「う~ん、外はふわふわ、中はジャリジャリ」

「辛くて生臭くて苦いんだな」

「「オェェェェェェェ!!」」


 二人は泡ふいてバタンと仰向けに倒れる。

 更に白目をむいてガタガタと痙攣し始めた。

 いかん、思いの外エルドラママのダンジョン飯の殺傷力が高かった。


「お客様大丈夫ですか! お客様!」


 俺はクレーマーの胸に耳を当てて心音を聞く。


「まずい心肺停止! テミス! 電気ショックだ!」

「わかったわ!」


 テミスは明らかに過剰な電気魔法を二人の体に流し込む。


「サンダーボルト!」

「もっと!」

「サンダーボルト!!」

「もっとぉ!!」

「サンダーボルト! サンダーボルト! サンダーボルト!!」

「「あばばばばばばばばばばばば!」」


 激しいスパークで、二人の体が透けて骸骨が見える。

 一命をとりとめた二人は、起き上がると俺たちに激高していた。


「なんだ、この世の悪意を固めたようなオムレツは!」

「電撃の強さも悪意があるんだな!」

「そんな……俺たちはお客様の生命を救ったのに」

「どの口が言うんだ! こんなとこ二度と営業できないようにしてやる!」

「そうだそうだ、ドワーフなんか全員出禁なんだな!」


 すると誰かが衛兵を呼んだらしく、3人の衛兵が俺たちの元へとやって来た。


「おい君たち、話を聞かせてもらおう」

「あっ、こっちに来てくれ! こいつらミミズ飯を売ったりオレたちに電撃を浴びせたり、暴力をふるってきたんだ!」

「ぐふふ、お前らは逮捕されるんだな」


 ザマァミロと言いたげなクレーマー二人。

 しかし驚くことに、衛兵はその二人の腕をつかんだのだった。


「は!? 何すんだよ!?」

「オレたちじゃないんだな!」

「我々は男二人が暴れて、ドワーフたちに迷惑をかけていると聞いてきた」

「は!? ふざけんなよ! お前ら衛兵はドワーフの肩を持つのかよ!」

「そういう問題ではない。ん……お前ら変化の魔法を使ってるな? 顔を見せろ!」

「やべ! 逃げるぞ!」

「ま、待ってくれなんだな!」


 クレーマーが腕を振り払って逃げ出すと、衛兵は大慌てで二人を追いかけていく。


「助かった」


 あれ、通報者が俺たちのことを悪く言ってたら、捕まってたのはこっちだったな。

 ほっとしていると、先週見た戦士の男が手を振っていた。


「あなたは、確かこの前斧買ってくれた」

「うむ、名を名乗っていなかったな。ジャンゴと言う」

「もしかして通報したのって」

「私だ」

「ありがとうございます。ジャンゴさん」

「見るに見かねてな。こういうのは第三者がちゃんと状況を伝えないと、種族関係がこじれる」


 ちゃんとした人が見ていてくれて良かった。


「この店はこれから贔屓にしようと思っているのだ。それがあんなチンピラによって潰されるのは、ジーナス王都の損失だ」

「ありがとうございます」

「構わぬ……ところで、あの背の高いドワーフ女性はいるのか?」

「ピーチですか? 武器屋の車にいますよ」

「う、うむ。ピーチさんというのか。す、少し話をしてこよう」


 ジャンゴは少し照れた様子で、武器屋の方に向かう。


「これはこれは……」


 人間とドワーフが、また仲良くなる機会かもしれない。

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