第44話 ギルドヴァルハラ Ⅱ

 俺は蒸気工房に運んだ風神号を見て、ため息をついていた。

 爆発の影響で真っ黒い鉄クズと化してしまった車体は、フレームはいがみ、エンジン部分からはまだ煙がくすぶっている。


「……おっかしいな。ネジ二本外れたくらいで暴走する~?」

「二代目~見事な爆走だったッスね」

「うははは、二代目頭アフロになってんぜ」


 ドワーフ族の中でも背の低いパインと、身長180あるゴリドワーフのピーチの凸凹コンビが先程の走りを笑う。


「単純にエンジンが暴走しただけだ」

「アタシも新車のブレーキが折れて暴走したことあるぜ」

「ピーチは強く踏み込みすぎなんス。オーガパワーなんスから」


 車の暴走は、わりとドワーフ界ではあるあるらしい。


「うわ~、見事にスクラップになったッスね」

「正確には壊したのはテミスだけど」

「姉貴怖いッスからね」

「あいつはなんで昼間から風呂入ってんだよ」

「姉貴は予定ないときは一日中風呂入ってるッスよ」

「しずかちゃんかよ。なぁパイン、このバギー直ると思う?」

「これもうご臨終なんで、一から作り直したほうがいいッスね」

「だよなぁ」


 そんな話をしている時だった。

 ジーナス王都に買い出しに行っていた、族長のパイアさんとエルドラさん親子が帰ってきた。

 二人は買い出し用のトレーラーから降りると、不機嫌そうにドアをバンっと閉める。


「どうかしたのエルドラママ?」


 俺が話しかけると、金髪ツインテチビ巨乳八重歯のメスガキっぽいママは、苛立ちの表情を浮かべる。


「ユッキー、聞いてくれよ。ボクらが街に入ろうとしたら、衛兵が来て、住民が怖がるからトレーラーで乗り入れはやめろって言い出したんだ」

「住民を轢き殺そうとしたんじゃないの?」

「正直衛兵は轢き殺そうかと思ったけど耐えた」

「偉い」


 いや、偉くはないが。


「しかも、食料の買い出ししてたら王都の皆の分がなくなるから、今度からお前らドワーフは買い物制限するって言われたし」

「えっ、酷い」

「だろ? こっちは客だぞ、金払ってんだろうが身長で差別してんのかオラァ!」


 凸指を立てそうになる身長過激派のエルドラさんを、どうどうと押さえる。


「でもまぁ、確かにいっぱい買ってるもんね」


 俺はトレーラーに積まれた、大量の食料品を見上げる。

 たくさんあるように見えるが、ここにいるドワーフ全員分の食料なので実際は一週間もたないくらいだ。

 ここトンパ村は食料自給率がほぼ0なので、食に関してはジーナス王都に頼るしか無い。

 普通は需要が増えれば供給が増えて発展していくのだが、魔王軍との戦いで生産地が壊滅させられることが多く、供給は減っていくばかり。

 そのことを懸念して、王都側は備蓄に力を入れており、よそ者には購入制限をかけることもある。

 王都も民を飢えさせるわけにはいかないので、買い占めやめてほしいって気持ちもわからなくはない。

 パイアさんもこの状況に困っているようで、険しい表情をしている。


「まったく困ったもんだね。食料のこともあるけど、この辺境の村だと工房を開けても誰も来やしない」

「確かに、武器屋があっても誰も来ませんね」

「今はマグマンから持ち出せた鉱石の収入でなんとかしてるけど、このままだとマズイね」


 食料問題に資金難。

 技術者は多いんだけど、技術を売るにしても辺境すぎて人が来ないインフラ問題。

 困ったもんだと思っていると、ミーティアママが昼食のオムレツを蒸気工房前に持ってきてくれる。


「皆~ご飯よ~」


 湯気を上げる金色のオムレツ。

 トレーには他にパンと牛乳が乗っており、太いアスパラが二本添えられている。

 少ないと思われるかもしれないが、これでもご馳走である。

 俺はナイフでオムレツに切れ目を入れると、とろっと黄身が溢れ出す。

 一口食べればまろやかな甘味が広がり、美味という言葉しか浮かんでこない。


「いや、これは美味い。店で出せるレベル」

「ママさんほんとやべぇッス」

「今まで焼いて食えればなんでもいいやって考えだったけど、ママさんのを食うと価値観変わるぜ」


 ミーティアさんの料理は、ドワーフ達にも非常に好評だった。

 ふとエルドラさんが、俺のトレーを見やる。


「なぁなぁミーティア、なんでボクらのは水でユッキーは牛乳なんだ?」

「えっ? 雪ちゃんのは特別だから。別に買ったわけじゃないのよ」

「むむ、贔屓だな。でもユッキーだから許す。ほらユッキー、ボクのいらないアスパラもあげるね」

「あ、ありがとう…………」


 この牛乳、意識してなかったけど毎日出てくるんだよな。

 無料の特別な牛乳……。練乳のような甘みを感じる牛乳……。飲む度に体力が回復している気がするが……いや、これの出処は詮索しないでおこう。

 楽しく食事をしている中、いつもと違う味に気づく。


「ママ、ちょっと味変わった?」

「わかる? お砂糖が少なくなってきて減らしてるの。あとパンも小麦が悪くなってるかも……」

「こんなとろこにも食糧難の波が……」

「ん~ボクら王都行ったけど、ないもの多かったぞ。食料生産地の近くに山賊が出たとか、モンスターが出たとかで取りに行けなくなったらしい」

「生産地側も護衛つけてジーナス王都に売りに行ったら儲けでないだろうし、小売も卸してもらえないと商品がなくて潰れてしまうのか……」


 誰も幸せにならない構図に、俺はポンと手を打つ。


「俺たちで運んだらどうかな?」

「運ぶって、ボクらで生産地に取りに行くってこと?」

「うん、生産地とジーナスの小売、両方から輸送料をちょっとずつ貰って」

「ん~ボクは反対だね。人間の小間使いにされるのは気に食わない」

「小間使じゃないよ。運送も立派な仕事だし、ギルドのクエストにも多い。幸いここには持て余している車が山程あるし、山賊程度には負けない武器や防具もある」


 俺の案に、パイアさんも「む~」っと唸る。


「孫よ、我も懐疑的だ。人間は我らドワーフを下に見て、昔みたいに召使いのように接してくるんじゃないかと思う」

「そうッス。人間はちっさいあたしらをすぐ見下すッス」

「ボクは人間にチビは攻撃性が高いとかネチネチ言われて、キレたことが何回かある」


 エルドラママの攻撃性が高いのは事実だと思う。


「もし仮に人間たちがドワーフたちに敬意を欠くようなことがあれば、今後一切ジーナスには卸さず、トンパ村で小売もやるって言っちゃえば良い」

「まぁ流通を握るというのは大きいか……」

「うん。それにヴァルキリーの名前も使っちゃえばいいんじゃないかな。そうしたら変なお客も減ると思うし」

「むむむ」


 ドワーフたちは昔よっぽど痛い目をみたのか、人間に対して不信感をつのらせている。


「そんなに人間を敵視しなくても、多分物資を運んであげたら皆喜ぶと思うよ」

「むぅ……ユッキーがそう言うなら」

「孫がそう言うなら」


 なんとか納得してくれたようだ。

 よし、これでドワーフ運輸設立だ。

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