第2.5章 ギルドヴァルハラ

第43話 ギルドヴァルハラ Ⅰ

◆◆◆


 マルコはジーナス王都にある酒場で天を仰いでいた。

 天井でクルクルと回るプロペラを眺めつつ、あれいろんなとこについてるけど何の意味があるんだろうな? とどうでもいい事を考える。

 酒で頭がボヤけている中、火事で燃えるトンパ村と、雪村に殴り飛ばされた記憶が蘇る。


「あー……あ゛ぁぁぁぁぁ! 出てくんじゃねぇよ雪村ぁ!」


 突然の怒鳴り声に酒場の全員がマルコを見る。

 そのやさぐれた姿を見て、どうせギャンブルで金でもすったバカだろうと勝手に察する。


「クソが……」


 雪村という男と出会って、全てが狂った。

 そう思わない日はない。

 同じように飲んだくれていたガイアが、青い顔をして首を振る。


「マルコ、もう帰ろうぜ。安酒飲みすぎて吐きそうなんだな」

「帰るってどこにだよ」

「宿に決まってるんだな。何言ってるんだ?」


 一瞬トンパ村が頭に浮かび、自分が酔っていることを感じる。


「……そうだな」


 支払いを済ませようとマスターを呼びつける。

 しかし、二人は手持ちの金が足りないことに気づいた。


「お客さん足りませんよ」

「金ねぇんだツケといてくれ」

「ウチはツケやってないんですよ」

「いいじゃねぇか、俺様たちは勇者の息子だぜ?」

「……酔っ払いと話なんかできませんね。オイつまみだせ」


 カウンターの裏から用心棒らしきガタイの良い男がやってきて、マルコたちは店裏のゴミ捨て場にぶん投げられた。


「二度とウチに来るなよ、自称勇者」

「俺様が世界救ったら、この店は潰してやるからな!」

「世界救ってからほざきな」


 マスターは唾を吐き捨てる。

 二人は立ち上がろうとするが、酔いが回って身動きが取れない。そのまま意識を失うようにして、ゴミ捨て場で眠りこける。



 ――翌朝、生ゴミの臭いを漂わせながら起き上がると、昨日のことを思い出す。


「なんでこんなとこで寝てるんだな?」

「金なくて追い出されたんだよ」

「マルコどうする? 最近勇者割通じなくなってきてるんだな」


 二人は雪村から二度と勇者を名乗るなと言われたにも関わらず、相変わらず勇者の名前を騙って店に迷惑をかけ続けていた。


「俺様のサクセスストーリーが全部あいつのせいで台無しだ。仕方ねぇ、またギルドでクエストやって金稼ごうぜ」

「しかないんだな」


 生ゴミ臭をさせたままギルドへと向かう。

 二人はクエストボートに貼られた、湿気た依頼に顔をしかめる。


「クソみたいな依頼しか無いな」

「魔物退治でもするんだな?」

「しねぇよ。俺様は痛いのが嫌いなんだ」

「じゃあキノコ採りとか」

「そんな初心者みたいなのするかよ。輸送やろうぜ。この前みたいに支払いの良い奴があるかもしれん」

「あぁ闇バイトって言われてるやつなんだな」


 二人は物資輸送のクエストを探すが、珍しく一つも見つからない。

 いつもは4,5枚は貼られているはずだが、もしかしたら全部とられたのかもしれないと思い、ギルド職員に話を聞く。


「おい、いつもある輸送の仕事はないのか?」

「輸送?」

「ああ、アイテムとか食料輸送の護衛とかあるだろ」

「あぁそういった類はほとんどなくなったよ。今その手の仕事は全部ヴァルハラが引き受けてる」

「「ヴァルハラ?」」

「そう。魔王を倒したヴァルキリー様達が作ったギルドだよ。危険な輸送の仕事を、一手に引き受けてくださっているんだ」

「ヴァルキリー様?」

「知らないのかい?」

「いや、ヴァルキリーは知ってるが」

「ヴァルハラじゃないと頼まないって言ってるところも多くてね。結成されたのは2,3週間前だけど、既に大手ギルド並みに人気だよ」

「おい、そのヴァルハラってやつに、右手がドリルになった男はいたか?」

「黒のローブを着た、英雄病っぽい男なんだな」

※英雄病=中二病。

「あぁいるよ。ヴァルキリーの息子だそうだ。最初はドリルを持った物騒な男だと思ったが、話すとおもしろい人物だったよ。彼がこの仕事を始めようと言ったらしくて――」


 話を聞いた後、マルコとガイアはギルドの外へと出る。


「ど、どうするんだなマルコ。あいつの方が勇者の子として認知されてきてるんだな」

「ぐぐぐ、おのれ雪村ぁ~!!」


 マルコは頭の血管から血を吹き出しそうになるくらい怒り狂っていた。


◇◇◇


 遡ること2週間前――


 ドワーフ族が移住してきて、トンパ村は鍛冶の街と化していた。

 鉱石を乗せたトロッコが鉱山から運び出され、製鉄所が稼働。

 溶けた金属が入った溶鉱炉は赤々と燃えたぎり、熱気を帯びた街は第二のマグマンとなっていた。

 そこで作業をするのは、タンクトップに作業ズボン姿のドワーフ達。

 皆優れた技術を持つ職人だが、背の低さと皆どこかあどけない顔立ちをしているところから、子供が鉄を打っているように見えてしまう。

 いろいろあったものの、新天地で彼女たちは元の生活を取り戻そうとしていた。


 そんな中、俺の最近の流行りは、ドワーフ族と共に蒸気車スチームカートを造ることだった。

 これからいろいろな場所を旅するにあたって、馬のように疲労せず、悪路でも進むことができる車というものは必須だと思う。


「ここがこうなって、これがこっちに繋がってて……」


 蒸気工房スチームワークの前で、俺はスパナ片手にカチャカチャとバギーのエンジンを弄っていた。

 こういうごちゃごちゃした機械というのは、なぜこうも男心をくすぐるのか。パイアさん達に教わり、鉄材でフレームを組んで一から愛機となる車【風神号】を作り上げていたのだった。


「むむむ……なぜだ分解した部品のネジが一本余った……」


 再度分解して整備してみるも、今度はネジが二本余った。あるぅえ~? そんなことある?

 設計図を眺めて見ても、なんで余ったのかさっぱりわからない。


「ネジ余っちゃったけど。まぁだいじょうぶやろ」


 俺はバギー風神号のパイプむき出しのシートに座り、スターターエンジンを回す。

 蒸気を発生させる燃焼室と冷却水が起動し、エンジンから白い煙がもうもうと立ち込める。

 アクセルを踏み込むと蒸気タービンが回転して、フレームを組んだだけのスカスカ、スケルトンバギーが前へと進んでいく。


「ウヒョー走った走った」


 低速で発進したバギーは100メートルほど進むと、なぜかアクセルを踏んでないのに急に加速した。


「うぉなんだこりゃ!?」


 ブレーキを踏むが全く効かず、蒸気エンジンから尋常ではない煙が上がる。

 突如暴走したバギーは、加速しながら鍛冶場街を疾走していく。


「うぉぉぉぉぉぉ皆どいてくれ!!」


 ハンドルを右に左にときってドワーフたちをかわし、ドラテクを見せていく。


「あぁやばい、俺運転上手いかもしれん! 異世界最速理論作れるかも!」


 脳内にユーロビートがかかり、頭文字Yになりかかっているとハンドルシャフトがボキッと折れて外れてしまう。


「あああああハンドルがぁぁぁぁぁぁぁ!!? 誰か止めてくれぇぇぇぇ!!」


 俺はそのまま建物に突撃。レンガ壁を突き破って、ようやく止まってくれた。


「ふぅ……エアバックつけてて良かった」


 現代知識で改良しててよかった。これがなかったら肋骨折れて死んでたわ。そう思いながら萎んだエアバッグをのけると、石鹸の匂いが漂ってきた。

 俺は一体どこに突っ込んだんだ? と思っていると、湯気の中胸を腕で押さえた全裸のテミスが立っていた。

 他にもタオルを体に巻いたドワーフが、なんだなんだ? と集まってきている。

 彼女たちの体はエンジンから出る蒸気と、風呂の湯気に包まれてよく見えないが、どうやら俺は公衆風呂に突撃してしまったらしい。

 畜生なんて悲劇なんだ。


「いやぁ……はは、皆さんにお怪我がなくて何より」

「あんたねぇ……わざと風呂に突っ込んできたんじゃないの?」

「NONO! 不可抗力! エンジンが暴走してしまったんだ! お兄ちゃん悪くない!」

「悪いわよバカ兄貴! 死ね!」


 テミスのファイアアローがエンジンに命中し、俺の風神号は木っ端微塵に吹っ飛んでしまった。

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