第42話 エピローグ
それから更に数日後、ドワーフの築いた街からはカーンカーンと鉄を叩く音が響いていた。
俺は鍛冶場で、溶接工マスクを被ったパインにドリルを打ち直してもらっていた。
「ほぁ……ドリルがピカピカに」
「これ何の金属かよくわかんないッスけど、大分刃こぼれしてたんで直しておいたッス。はい二代目」
俺はピッカピカになったドリルを受け取る。
ミスリル銀によって補強された為、銀色の円錐は鏡のように輝いて見えた。
ちなみに二代目というのは、エルドラさんの子供という事がドワーフ中に知れ渡った結果、そのあだ名になった。
「ねぇパイン、この溶鉱炉の火はどうやって起こしたの? 凄い火力だよね?」
「それは姉御たちがとってきた、マグマ結晶のおかげッス」
「あぁ、そういやそんなのとりに行くって言ってたな」
「不幸中の幸いで、姉御たちがマグマ結晶を取りに行った後、すぐに避難になったので、マシンに
「なるほど」
「鍛冶に必要な鉱石も、近場の鉱山から出てきたんで、ここへの移住は正解だったッス。しかもあの鉱山不活性火山なんで、もしかしたら地下掘ったら天然のマグマを引っ張ってこれるかもしれないッス」
パインから話を聞いていると、ドヤ顔したパイアさんが俺の元にやって来た。
「よーし孫よ、ようやっとアレが完成したぞ。今晩お披露目だ」
「アレ?」
「そうアレだ!」
アレとは一体何なのか? と首を傾げる。
その日の晩――
俺は目の前にそびえ立つ、公衆浴場と書かれたでかい建物を見やる。
「アレって銭湯のことか」
そういやマグマ結晶を取りに行った目的が、風呂作るって話だったもんな。
銭湯の外観は白のレンガ造りで、円形のドーム形をしている。
中に入ると、装飾のされた石柱やドワーフの作った彫刻が並んでいて、一瞬美術館かと思った。
「古代ローマにも大衆浴場があったって聞くけど、こんな造りだったのかな」
奥に進むと広々とした脱衣所になっており『我が孫よ、一番風呂に入るが良い』とパイアさんの書き置きを見つける。
「いやぁ、ありがたいなぁ」
服を脱いで風呂場に入ると、立ち上る湯気で視界が真っ白になる。
全く前が見えないと思っていると、壁に換気スイッチというものを見つけた。
スイッチを押してみると、驚くことにドーム型の天井が開き、湯気は夜空へと吸い込まれていく。
視界が晴れると、広々とした湯殿が姿を現す。
いや、風呂というよりほぼプールで、長方形の25メートル風呂、8の字型の流れる風呂、円形の噴水風呂、大型すべり台が見える。
「お、おぉ……これレジャー施設では?」
25メートル湯船の真ん中には水を吐き出すライオンの彫刻があり、風情ある水音が静寂の中響いていた。
俺は体をさっと流すと、湯気の上がる湯にゆっくりと足をつける。
肩までつかると疲れた肉体が湯に包まれ、疲労が身体から抜けていく。
「いい湯だ……」
見上げれば空には星が輝いており、この美しい空を独り占めできるのは贅沢だと思う。
「あぁ、こんな広い湯を使えるなんて。ほんとドワーフ達に感謝しないと……」
プールみたいに広い湯船に、一瞬泳いでみたい気持ちになるが、それはさすがに行儀が悪いかな。
いやでも大型滑り台とかあるしな。明らかに遊ぶ用だろ。
遊びたい気持ちに体がウズいていると、突然脱衣所からガタガタと騒がしい音が聞こえてきた。
「なんだ?」
「邪魔するぜ!」
水鉄砲片手に勢いよく飛び込んできたエルドラさんに、俺はブッと吹き出す。
彼女が入ってきた瞬間、見せられないよと言わんばかりに湯気がもうもうと立ち込めた。
「ちょっ、エルドラママ! 今は俺が入ってるんだけど!?」
「知ってる、なーに親子なんだから気にする必要なんかないよなぁ!?」
「おい毒チワワ、なに抜け駆けしてんだ」
「ぐわっ、離せ牛姉!」
エルドラさんの首根っこを掴んだのはヴィクトリアさんだ。
その後ろから、タオルを持ったミーティアさんも続く。
二人共、先程と同じく湯気で見えてはいけいないところは見えない。
「ほーらユキ、ママと一緒に入ろうな」
「親子ですもの、これくらい当然よね」
なんとなくママ達が入ってくるんじゃないかなと察していた。
だけど、今回はドワーフが作ってくれた風呂。この広い湯殿は明らかに大量入浴を想定している。
ってことは、恐らくまだ人が来る気がする。
「ぃよっす孫、湯加減はどうだ!」
「風呂ッス、やっと風呂入れるッス!」
「いやー姉御、アタシ乙女として風呂入んないのは耐えられねぇよ」
「オーガみたいな見た目して、なに乙女気取ってんだい」
やっぱりか。
俺の予感は当たり、ドワーフ達が続々と風呂へとやってくる。その数は10や20ではきかず、100や200をゆうに超えるだろう。
どのドワーフも、俺を気にしてる雰囲気は全くない。
というかむしろ皆挨拶してくる。
「「「二代目、風呂失礼します!」」」
「あ、はい……」
これでは完全に女風呂に間違えて入ってしまった野郎である。
濃い湯気でよく見えないが、皆ごくごく普通に風呂を楽しんでるぞ。
エルドラさんに関してはパインたちと滑り台で遊んでるし。
「二代目、石喰いを倒したって話聞かせて下さいよ!」
「いや、あの倒したのは俺ではなくエルドラさんたちで」
「あたし二代目が腹にダイナマイト巻き付けて、わざと喰われて爆発したって聞きました!」
「じゃあここにいる俺は誰なんだ」
「仁義通さねぇ奴は、俺がぶっ殺すって」
「そんな任侠モノみたいなことしてないよ。ダイナマイト口の中に投げ込んだのは事実だけど」
「「「おー」」」
まずい、湯船の中とはいえドワーフがズイズイと近づいてくる。
胸って本当に湯に浮かぶんだな。
北半球しか見えていないが、ドワーフ達の双丘に目が釘付けになってしまう。
これはよくない。早々に離脱したほうが良さそうだと思っていると、俺の隣に誰かが座った。
ドワーフより少し背の高い、金髪ツリ目のパッツンショート。
「お前まで」
テミスが俺を睨みつける。その頬が赤いのは羞恥なのか、風呂で血行がよくなっているのか。
「あんたが変な気起こさないように監視しに来たわ」
「この場で俺を男と認識してるのは、多分お前だけだぞ」
「ママをエロい目で見たら、その目えぐり潰すわよ」
こっわ。
しかしママたちは、そんなこと全く気にもしない。
「雪ちゃ~ん、ママがこっちで綺麗綺麗してあげるわ~。こっち来て~」
嬉しそうに手をふるミーティアさん。何がとは言わないが、揺れとる揺れとる。
湯気がきつくて助かった。これで湯気が少なかったら、俺は目潰しされていたことだろう。
「まぁ湯気規制かかってるから大丈夫か」
とメタいことを考えながら立ち上がると、急に強い風が吹いた。
その瞬間、俺の周囲の湯気が飛び――
「お、おぉ……立派な孫じゃねぇか」
「これが二代目の二代目ッスか」
「あらあらまぁまぁ」
全員の視線が俺の下半身に集中していることに気づき、俺は乙女のような悲鳴を上げた。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「おっ、ユッキーが逃げたぞ! 逃がすな!」
◇
風呂場から逃走した後、俺は火照った体を冷ましてから自宅へと帰る。
夕飯も食べ終わっているので後は寝るだけ。
自室へと帰ると、当たり前のように待っていたママたちが布団の中で手招きする。
「雪ちゃん、おねむの時間ですよ」
「ほら間に入れよ」
並んで横になるミーティアさんとヴィクトリアさんが、スペースを開けてくれる。
「「おいでおいで」」
さすがに俺もいい歳だよ? ママに添い寝してもらって寝るとか、ほんとないと思う。
世間的にもマザコンって言われるのはわかっている。
しかしそれはあくまでよその話。よそはよそ、ウチはウチ。
例えマザコンと言われようが、マザコンですが何か? と言い返していきたい。
俺は彼女たちの間に潜り込み、石鹸の匂いがする胸の中に顔を埋め、二人に抱かれて眠りにつく――
「ユッキー! ボクも来たぞ!」
「…………」
突如扉を突き破るようにして現れたエルドラさんが、俺の上にフライングボディープレスを決める。
「おごぉっ!」
「ユッキーは甘えん坊だな! ボクがくっついて寝てやるからな!」
「う、うん……ありがとう」
「当たり前だろ! ボクはママだぞ!」
ちんまい体を精一杯こすりつけてくるエルドラさん。
本当に一人孤独で砂漠の中で暮らしていた時に比べると、今は涙が出そうなくらい幸せだ。
優しいママ、力強いママ、ヤンキーママ。
「あっそうだ。テミスー! いるだろー」
扉に向かって言うと、キィっと音を立ててテミスが姿を現す。
「なによ」
「こっち来いよ」
「……スペースないじゃん」
「無理やり入れよ」
「…………」
枕を抱いたテミスは、少し強引に布団へと入ってくる。
「狭いんだけど」
「諦めろ」
「ウチもリフォームしてもらって」
「この前したとこだろ。それより扉の前で待機するくらいなら、最初から部屋入ってたらどうだ?」
「待機とかしてないし」
文句を言いつつも一緒に眠るテミス。
素直じゃないけど、可愛らしい妹もいる。
次はどんなママに会えるのか楽しみだと思いながら、眠りに落ちるのだった。
ヴァルキリーマム2章 了
――――――
たくさんの家族に包まれ、幸せエンドでした。
ここまでで約13万字くらいで、文庫本1冊強くらいですね。
本当はここまで毎日投稿するつもりだったんですけど、途中で息が切れてしまいました。すみません。
一ヶ月半ほど、お付き合いいただきありがとうございました。
次章に関してはまだ未定な部分が多くて、ちょっとお時間をいただくかもしれません。
ここまでで良かったと思っていただければ、評価フォローなどしていただければ幸いです。
それではまた、どこかでお会いいたしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます