第38話 ママハード

「行くぞユッキー!」

「はい!」


 俺はバギーの天井に出ると、エルドラさんのハンマーに抱きつきながら、先行するワゴンを見やる。

 今からこのハンマーをぶん投げてもらって、逃げる敵の車に飛び移ろうとしている。策を考えたのは俺だが、正直正気の沙汰とは思えない。


 昔映画で、敵の戦闘機に飛び移る為に俳優がミサイルに乗って突撃していくという、アクションなのかコメディなのか判断に困るシーンを見たことあるが、まさかそれと似たようなことをするとは思わなかった。


「エルドラママ、奴隷商の車にハンマーをぶつけないで下さいね」

『難しい注文だな。ハンマーを敵の車の真上まで伸ばせばいいんだろ?』

「そうです」

『ボクそういうちゃんと狙ってとか、位置計算してとかやったことないから』


 ほんと壊す専門なんだなこの人。


『ママ、じゃないお袋、もっと近づかないとハンマー届かない!』

「これでも全速力なんだよ!」


 パイアさんは、ボコボコの道にハンドルをとられそうになりながらもバギーを運転する。

 サスペンションが衝撃を吸収してくれているが、気を抜けばアレスごと振り落とされそうだ。


 俺たちのバギーは隆起した岩を飛び越えながら進み、逃げる奴隷商のワゴンは岩の間を縫うように疾走する。

 熾烈なチェイスが続く中、ピーチが大声を張り上げる。


「やべぇ姉御! 出口が見えてきた!」


 彼女が指差す先に、地上へと続く洞窟がある。

 あそこに入られると、低い天井のせいでハンマーを投げることができないし、道幅も車一台分しかなくて追い越すことも出来ない。

 実質奴らにとってのゴールだ。


「パイアさん、洞窟まで距離がないです!」

「わかってるよ! こうなったらニトロのリミッターを解除する!」


 運転席のパイアさんは、ギアハンドル隣の黒と黄色のテープでマスキングされたレバーを引く。

 すると車両後部のニトロターボが轟音を轟かせ、ノズルから青白い炎を吹く。

 直後、後輪駆動のバギーは、一瞬前輪を浮き上がらせ加速する。


「ぐぉっ速いぃぃぃ!!」

「こんなこともあろうかとニトロターボを改造した、アトミックターボを積んでおいた。エンジンがぶっ壊れちまうかわりに、限界を越えて加速を行う!」

「ぐおおおお、殺人的な加速だ!」


 車外にいる俺は風圧をもろに受けて、顔のパーツがふっ飛んでいきそうだ。

 蒸気エンジンの命を燃やしたアトミックターボは、たった10秒ほどで奴隷商の車の真後ろまで追いつく。

 一瞬ジャンプで飛び移れそうなくらいまで肉薄したが、バギーのエンジンルームから強烈な破裂音が2回響いた。

 それと同時に何かが焦げる嫌な臭いと、黒い煙が上がった。

 限界を超えた速度を出したことで、エンジンが焼ききれてしまったのだ。

 もう少しで届きそうというところでバギーは失速。

 逆にグングン引き離されていく。


「エルドラママ、今しかない!」

『ぶん投げるぞユッキー!』

「はい!!」

『行ってこぉぉぉい!!』


 俺がハンマーにしがみつくと、真紅の鎧アレスが奴隷商のワゴン目掛けてチェーンハンマーを投擲する。

 持ち手部分に格納された鎖が一気に伸び、俺の体はハンマーヘッドと共に空を飛ぶ。

 チェーンが伸び切るとハンマーは丁度ワゴンの真上で止まり、俺はハンマーが引き戻される前に車の天井に飛び移った。


「こええええ! 畜生、生きてるって素晴らしい!」


 映画ダイハード並のスタントをこなして、心臓がバクバクと鳴り響く。

 直後俺を送り届けたパイアさんのバギーは、エンジンから火をふいて一気に後方に下がっていった。

 俺は彼女たちに感謝しつつ、天井を匍匐で這いながら運転席の真上までいく。


 車の中の奴隷商は、何が起きたかわかっておらず迎撃はない。

 俺はピースメーカーにドリルを装着し、天井から運転席に向けてドリルを突き刺した。


「うぉああああああ、なんザマスか!? いきなり天井からドリルが生えてきたザマス!!」


 くそっ外したか。

 ドリルを引き抜くと、穴のあいた天井から車内が見える。

 運転席に座っているのは黒ローブの奴隷商、助手席にザマス。後ろにテミス達、人質が10人ほど転がされている。

 天井を見上げたザマスがギョッとする。


「んげ!? ユーは負け犬ボーイ!」

「誰が負け犬だ、車止めろ!」

「どうやってここに来たザマス!?」

「空飛んでだよ!」

「意味がわからないザマス! 負け犬ボーイを振り落とすザマス!」


 奴隷商がハンドルを左右に切って、車が激しく揺さぶられ落ちそうになる。

 しかし、なんとかしがみついて踏みとどまる。

 こんなところで落とされてたまるか。


「ぐわっ、なんザマスか! やめるザマス!」


 急にザマスの狼狽えた声が響いて、俺は穴の空いた天井から車内を覗く。

 中では縛られたテミスとミーティアママが、ザマスと奴隷商に噛み付いて運転妨害をしていた。


「こんの、車止めなさいよ!」

「雪ちゃんに酷いことしないで!」

「噛むなザマス!」


 金メッキは二人を突き飛ばすと首筋から血を流していた。


「なんて野蛮なメスザマスか! このケダモノめ!」


 俺は奴が気を取られている隙に、助手席側のドアを開け、車の中へと滑り込む。


「よぉザマス、さっきはよくもやってくれたな」

「んぎ、負け犬ボーイまで入ってくるとは!」

「落ちろ!」


 俺はザマスの髪の毛を無理やり引張り、外へ落とそうと試みる。


「や、やめるザマス! 毛が抜けるザマス!」

「毛の心配より落ちることを心配しろ!」

「た、助けるザマス! ミーが死んだらルインズ商会は資金源をなくすザマスよ!」


 ザマスが助けを求めると、運転席の奴隷商がナイフを取り出し、俺を突き刺そうとする。

 だが、


「雪ちゃんに酷いことしないで!」

「ぐおっ!」


 ミーティアママ渾身のヘッドバッドが奴隷商の鼻面に炸裂。

 ハンドル操作を誤ったワゴンは隆起した岩に乗り上げ、大きく傾き横転した。

 スピードが乗っていたせいで、砂や砂利を巻き込みながら2度、3度、地面をのたうつように回転してなんとか止まる。


「死ぬかと思った」


 派手にクラッシュし、ワゴンの外に放り出された俺は頭を上げる。

 横たわった車体はフレームやシャフトがひしゃげて、見るも無惨な状態だ。天を向いたタイヤが、カラカラと音を立てて回転している。


「皆、大丈夫か!」


 ベコベコになったワゴンから、捕らえられていたパインやドワーフ達が這い出してくる。


「うへー死んだと思ったっス」


 皆血を流してケガをしているものの、死者は出ていない様子だ。

 テミスとミーティアさんも遅れて這い出てきて、ホッと胸をなでおろす。


「あんた助けに来てくれるのはいいけど、もうちょっと加減しなさいよ」

「俺じゃなくて運転下手くそな奴隷商に言え」

「ごめんね、ママが暴れちゃったから」

「いや、ナイスヘッドバッドだったよミーティアママ」

「そ、そうかしら? 雪ちゃんが刺されそうになって頭が真っ赤になっちゃった」


 普段虫も殺さないミーティアさんも、子供が殺されそうになったら頭突きするんだな。

 俺は彼女たちのロープをほどき、魔封じの首輪を引きちぎる。

 魔法を使えるようになったミーティアさんは、ケガ人の傷を治していってくれる。


「全員生きてるのは奇跡ね」

「全員ではないがな」


 運転していた奴隷商の男が、フロントガラスを突き破って外に飛び出し、岩に体を打ち付けて死んでいた。

 ちゃんとシートベルトしないから……。

 そしてこっちは――。


「ふひ、や、やめるザマス。ミーは腕が折れて、もうなにもできないザマス!」

「……こういうやつほど長生きするんだよな」

「あんたのトラウマ克服のために、殺しちゃったら?」

「そんなこと言わず! もう悪いことしないザマス! というか悪いことしてるのはルインズ商会であって、ミーがやってるのは金儲けだけザマス!」

「やかましいわ、他人の命を金に替えてるくせに」


 ザマスは「もうそんなことしませんザマス」と土下座する。

 絶対その場しのぎの謝罪だと思うが、泣いて謝ってる人間を殺すのは難しい。


「とりあえずこいつは捕縛してマグマンに戻ろう。何か情報持ってるだろ」

「そうね、話を聞いたら皆を苦しめた罰として焼き殺しましょう」

「磔にしてマグマの中に沈めるのもオススメっス」

「ヒエッ! お許しザマス!」

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