第35話 覚醒エルドラ

 ミーティア達が、マグマンへと戻ったその頃、ミスリル銀山。


 俺は軽快にドリルを回して氷を砕いていたが、バッテリーが少なくなってきて回転力が落ちてきた。

 ちょっと休憩してもいいタイミングかもしれないと思っていると、不意に頭に女性の声が響いた。


(誰だ、そこにいるモヤシ)


「えっ、モヤシ?」


 突然ディスられて俺は周囲を見渡すが、今現在ここには自分以外誰もいない。

 辺りはシンと静まり返っており、あまりにも静かすぎて、逆に耳が痛くなりそうだ。

 今になって気づくが、誰もいない採掘場とは不気味である。


「はは、俺、霊的なものは信じないですよ……」


 幻聴幻聴と思いながら、休憩は一時とりやめて削氷作業を再開する。


(誰だって聞いてんだよ!!)

「うおっ!?」


 幻聴と言い張るには無理なレベルで怒鳴られた。


「そ、そっちこそ誰なんだ! どこにいる!?」


 テミスじゃないけど、悪霊系とかやめてくれ。

 もしかしたらこの銀山で死んだ、ヤンキードワーフの霊かもしれない。


(なに寝ぼけたこと言ってんだ。眼の前にいんだろ。美少女が)

「美少女?」


 当然人なんておらず、視界に映るのは氷牢の中の鎧だけ。

 全長約3メートル、頭部のない銅色の甲冑がこちらを睨んでいるように見える。

 まさか……と思っていると、胴部装甲にとりつけられたカメラアイが赤く光った。


「うおぉっ!?」

(ビビりすぎだろ)

「あの、もしかして……エルドラママが俺の脳内に語りかけてます?」

(やっと気づいたのかよ。今までずっと話しかけてたんだぞ)


 どうやら削氷が進んだことで封印が弱くなり、彼女の声が俺に届くようになったようだ。

 俺はエルドラさんが死んでなかったことを内心喜びつつ、自己紹介と、これまでの経緯を伝えることにした。


「――ってなわけで、あなたは魔王によって17年ほど凍らされてました。というか今現在も凍っています。氷結なうです」

(はぁ!? なにが氷結なうだ、ざけんなよ! じゃああたし今33かよ!?)

「あっ、16歳で凍ったんですね。まぁ冷凍保存されていたので、肉体年齢は当時のままだと思いますが」

(で、ここはどこだ?)

「えっと、エルドラママの故郷の地下都市マグマンです」

(ならママ……パインはどうした?)

「パインさんは、ママたちと一緒にマグマ結晶を探してます」

(ママ……たち? お前さっきからボクのこともママって呼んでんな? どういう意味だ?)

「えっとですね……」


 自分の出自と、勇者パーティーの誰かが自分のママであることを告げる。

 すると怖かった彼女の声が一気に弾む。


(あぁ!? えっマジか……お前攫われた赤ちゃんかよ! うわーでかくなったな!)

「そうなんです、おっきくなったんです」

(えっ、ちょっと待てよ。17年凍ってたってことは、お前もしかしてボクより年上かよ!?)

「そうなりますね」

(は~息子に歳抜かされるとは……すげぇ複雑だ)

「あの一応言っておきますが、誰がママかはまだわかってませんから」

(いーや、ボクがママだ。間違いない)


 なんでママは皆、自分がママであることに絶対の自信があるのだろうか。


「でも俺、あんまりドワーフ族に似てないって言われてますし」

(いや、もう爪とかボクそっくりじゃん)


 爪似てるとか言われたら、もはやなんでもありである。


(とにかく早く出してくれ。話はそれからだ)


 エルドラさんは待ちきれんと言わんばかりにテンション高めだ。


「それは勿論。ただドリルのエネルギーが、そろそろ怪しくて、まだちょっと時間が……」

(雪村、後ろだ!)

「えっ?」


 突然エルドラさんに注意されて振り返ると、矢が俺の横顔をかすめていく。

 間一髪かわせたが、頬からツーっと血が滴った。


「ふ~む、外してしまったザマス」


 銀山の外へと繋がっているゴンドラから降りてきたのは、ボーガンを持った金メッキ。

 奴は悪びれる様子もなく、こちらへと近づいてくる。


「お前は……」

「ここはミーの私有地ザマス。さっさと出ていくが良い貧乏人」

「どういう意味だ?」

「聞こえなかったザマスか? このミスリル銀山の採掘権はミーにあるザマス」


 丁寧に言われても意味がわからない。


「お前街から出禁食らってただろ。ドワーフたちはどうしたんだ?」

「ミーの用心棒が既に制圧したザマス」


 金メッキの後ろから出てきたのは、黒のターバンに黒のローブを着た暗殺者風の男。

 俺はその男を見た瞬間、体が石のように固まった。

 全身は動かなくなったのに、心臓だけはバクバクと激しく鼓動を打つ。

 俺のトラウマ。俺やママたちの人生を狂わせた連中。


「ルインズ商会の奴隷商……」

「その通りザマス。マグマンは既にルインズ商会がおさえたザマス」

「なっ!?」

「あそこにいるメス共は、皆奴隷として強制労働行き。ミーは誰にも邪魔されず、ミスリル銀を独占できる。サイコーザマス」

「ふざけるなよ、そんなことさせるか!」


 俺がドリルを振りかざすと、奴隷商の男が腰に携えたムチを取り出し、パーンっと地面を叩く。

 その音を聞いた瞬間、俺の幻視痛が発動し、強い吐き気と目眩に襲われる。

 この音は俺の一番のトラウマ。幼少期に俺の背を打ち続けた痛みの記憶。

 俺は頭上の自分のHPバーを確認すると、何も食らってないのに徐々にHPが減っていっている。

 また見慣れぬペインと書かれた、状態異常デバフアイコンが表示されている。


(ユッキー大丈夫か? ユッキー? お前あれか、この前言ってたファントムブロー的な奴か?)


「ファントム……ペインね。そんな必殺技みたいなのじゃないから」

「おやおや、戦う前からゲロ吐きそうなくらいフラフラザマスね? そんなんでやりあえるザマスか?」


 奴隷商が再びパーンっと地面を打つ。

 その瞬間、俺は幻視痛に耐えながら飛びかかる。


「その音をやめろぉ!!」


 怒りに身を任せた突進。だが奴隷商は軽く躱すと、体勢を崩した俺の首にムチを巻き付ける。


「ぐっ!」

「……コイツ……だ」


 奴隷商が何かつぶやくと、金メッキがニヤニヤした笑みを浮かべる。


「ほぉ~貧乏人、お前脱走奴隷ザマスね」

「違う!!」

「嘘をつかなくてもいいザマス。ムチへの恐れ、奴隷商への憎しみ、なにより貴様の目は負け犬の目ザマス」

「ふざけるなぁぁぁぁ!」


 目の前が真っ赤になった俺は、首にムチを巻き付けたまま再び突進する。

 しかし、奴隷商に地面に引き倒され、腕を固められた。


「……少しでも動けば……折るぞ」


 耳障りな奴隷商の声に、血管内の血液が沸騰しそうになる。


「殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」

「まるで狂犬ザマスね。お前は再び奴隷監獄送りザマス」

「嫌だ、あそこは嫌だ!」

「嫌でもダメザマス、行くザマス~」


 金メッキは嫌味たっぷりで言う。

 こいつは他人の人生をぶっ壊しても、なんとも思わないタイプのクズだ。

 他者を壊し生き血を啜る外道。

 こいつらを倒さない限り、俺はこの痛みから解放されない。


「殺してやる、お前……だけは」

「その這いつくばったイモムシ状態でミーを殺す? プップクプーザマス」

「……大丈夫だ……ボクがかわりに殺してやる」

「ん?」


 いきなり響いた声に、全員が振り返る。

 この場にいるのは俺と金メッキと奴隷商、そして氷柱の中のエルドラさん。


「なんザマスか、急に熱気が……」


 突然熱波が採掘場を包む。

 熱源と思われる場所にある氷柱が、ドロドロと溶解しており、中から真っ赤な鎧が姿を見せる。

 凍っていた時は銅色だったはずが、彼女の魔力に応じて炎の力が鎧全体を包んでいる。


「な、なんザマスかあれは!」

「あんまりにもよぉキレちまったから、中から封印破っちまったよ。自分の子供が殺されかかって、ブチギレねぇママはいねぇよなぁ!?」


 真紅の鎧に刻印された爆熱の紋章。

 滾る炎を象った紋章は真っ赤に光り輝いており、鎧全体からは煙が上がっている。

 氷は内側からの熱でほとんど溶けてなくなってしまったが、足元にわずかに残った氷を引きちぎるように右足を前に出す。


 ズシンっと重厚感のある足音が響き、背面部蒸気排出パイプから白い煙が舞う中、赤いカメラが光り輝く。

 赤熱する鎧が手にするのは、同じく赤く炎を上げる巨大なハンマー。

 ドラゴンとも互角にやりあえそうな武器を振り上げ、少女の声が響く。


「我が名は悪を焼き尽くす爆熱の炎エルドラ! 我が鋼鉄爆砕の槌プロミネンスで、お前ら全員にヤキ入れてやる!」

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