第32話 パイン
ゴンドラの上昇が止まり、俺たちはミスリル銀山の頂上付近にある採掘場で降りる。
広々とした空間には、ヴァルキリーが封印された氷柱だけが置かれてあり、他にあるのは鏡のように光を反射するミスリル銀だけ。
俺たちは中央に置かれている、巨大な氷柱を見て「えっ?」と声を上げた。
「これがエルドラさん?」
「そうだ」
氷柱に封印されていたのは、銅色の鎧甲冑である。
全長は約3メートルほどで、人が着るにしては大きすぎる。
鎧は人型をしているものの頭部はなく、かわりに胴部に逆三角形で配置された三つのカメラが存在している。
また武器らしき鉄球も一緒に凍っており、これだけを見たら魔王城に配置されている機械ゴーレムかな? と思ってしまう見た目だ。
「あの、鎧しかないんですけど、もしかしてエルドラさんって」
「そう、あの鎧の中だ」
「鎧はドワーフ製ですか?」
「その通り、正式名はヘヴィスチームメイル。蒸気機関と
パイアさんは、前面の胴部が開閉し、その中に乗り込むことができると説明してくれる。
「乗るってことは、通常の鎧みたいに着るんじゃなくて操縦するって感じなんですか?」
「ああそうだ、元は火口近くの採掘に使う鎧だったんだけど、改造して魔物とも戦闘ができるようにした。それをエルドラが使ってる」
「なるほど」
「ちなみに中身のエルドラは、我よりチビだぞ」
ってことは、身長120センチそこそこってところだろうか。
パイアさんは氷に触れると、悲しそうな、寂しそうな表情を浮かべる。
「もう15年以上このままか……会いてぇな、娘に……。せめてお前の顔だけでも母ちゃん見てぇよ」
「えっ、パイアさんってエルドラママのママだったんですか?」
「そうだぞ。エルドラは我の子だ。元々我がマグマンの総長をしていて、エルドラにその座を譲った。まぁ今はこうなっちまって、総長の座はまた我に返ってきているが」
「なるほど、あなたがエルドラママのママ」
「ん? お前、今ママって言ったか?」
「あっ、いや、それは」
俺たちはパイアさんにこれまでの話を行う。
世界樹で勇者の子として産まれた俺は、ヴァルキリーの中の誰かの子であること、もしかしたらエルドラさんがママである可能性もあると。
「なんだよ、お前言えよ! なんてこった、いつの間にか我は婆ちゃんになってたってわけかい!?」
「いや、現状誰がママなのかは答えが出せなくてですね」
「そうそう、エルドラの子だったらさすがに背が高すぎるって」
ヴィクトリアさんが説明するが、パイアさんは大きく首をふる。
「いーや、多分お前は我の孫だ。身長なんか関係ないね、あんたら東ゲートでピーチとあっただろ? あいつはドワーフとヒューマンの子だが、ヒューマンの血が強いと背が高いドワーフも産まれるんだ。間違いない、あんたウチの子だよ。名前は?」
「ゆ、雪村ですけど」
「そうかい雪村。あんた母ちゃんの封印を解くために来たのかい。泣ける話だよ」
俺は背の低いパイアさんに、お腹を抱きしめられる。
多分30歳以上年齢差があるはずなのだが、はたから見ると子供に抱きつかれているようにしか見えない。
「無理しなくてもいいんだよ。この氷は我らドワーフ族もダイナマイト使ったり、マグマぶっかけたりしても壊そうとしたがダメだった。あんたの細腕じゃ、壊せっこないよ」
「でも、やってみないとわからないので」
俺は氷に向かい合うと、ドリルを回転させガリガリと音をたてて削り始める。
すると黒い汁を飛び散らせながら、すぐに表面に穴があいた。
「えぇ……なんでそんな簡単に穴開けてんの?」
パイアさんはあっさりと穴があいたことに、驚きを通り越して虚無の表情になっている。
「この氷、黒天障壁っていう見えないバリアに守られていまして。このドリルはそれを貫通できるんですよ」
「ちょいと見せてみな」
パイアさんはピースメーカーをまじまじと観察するが、首を傾げる。
「なんだいこれは? シャフトはゴム製? ドリルは何の金属だい? 動力はバッテリーか……ん~、こんなバッテリー見たことないね」
「
「聞いたこと無い。分解して隅々まで調べたいところだけど、先に氷を砕いてもらわないといけないね」
「はい」
俺は再びドリドリドリと穴を拡張していく。
HP可視化によって表示されている、3000万の氷のHPもゴリゴリと削れていく。
「やっぱエネルギーがあると効率がダンチだな。でも、早くても氷を割るのに1週間はかかりますね」
「1週間!? 我らが15年手も足も出なかった氷が、たった一週間!?」
「調子がよければ4,5日くらいでいけるかも」
「4,5日!?」
パイアさんは驚きすぎて、泡ふいて倒れそうな勢いだった。
「本当に数日でエルドラに会えるのかい?」
「はい、ただ一応言っておかなければいけないんですけど、氷が砕けたとしても、最悪の事態があるかもしれないってことは覚えておいて下さい」
「エルドラが氷の中でくたばってるって言いたいのかい? ないない、あの子がこの程度で死ぬわけなんかないんだから。絶対生きてるよ」
俺もそうだったらいいと思う。
本格的にドリルを始めようとした時だった、ミスリル銀山が激しい揺れに襲われる。
銀山全体を揺るがす、あまりにも強い横揺れに立っていられず、俺たちは膝をつく。
「キャアッ! また地震!?」
「くそ、石喰いの野郎だ」
「石喰いって、俺たちがエレベーターで襲われた触手の怪物ですか?」
「あぁ、正確には触手は奴の口の中から伸びる、舌みたいなもんだ。本体は体が鉱石に包まれたロックワームだ」
「ロックワーム?」
「石を食べて成長する巨大ミミズで、土の中にある希少鉱石を食うわ、地底都市の天井や地盤に穴をあけるタチの悪い害獣さ」
「倒せないんですか?」
「硬い金属ばっかり食ったせいで、奴の外殻はマグマにつかっても耐えられる硬さになっちまってる。こっちがダメージを与えられないとわかって、やりたい放題さ」
石喰いが通り過ぎたのか、しばらくして地震が収まると、パイアさんは苦々しく吐き捨てる。
「このマグマンには男のドワーフがほぼいない。理由は、鉱石採取は男が率先してやるから、石喰いに喰われちまったんだ」
道理で街を見回しても、女性しかいないなと思っていたのだ。
しかしそんな無敵な鎧を纏う石喰いに、どうやって対処すれば良いのか。
テミスが先程の攻撃で策を閃く。
「そうだ! 触手は柔らかそうだったわ。雪村がわざと食べられて、腹の中からドリルで突き破るってどうかしら?」
「え?」
俺はナチュラルに食べられる役にされて震える。
テミスのわりとクレイジーな、一寸法師作戦にパイアさんは首をふる。
「ダメだ、奴の胃は金属も溶かせる強酸だ。人間なんか食われちまったら、数秒も経たずに溶解され骨も残らない」
「それは……さすがにダメね。雪村が可哀想」
「俺が喰われる前提で話進めてるけど、やらないからな」
とにかく今はエルドラさんの封印を解こう。
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