第28話 霧の怪物 後編
ホワイトマンティスは、目の前に現れては消えるを繰り返す。
こちらを誘っているのだろうが、バカにしているようにしか思えない動きだ。
「この野郎、おちょくりやがって! お前もドリルのサビにしてやろうか!」
俺はドリルを回転させ、一歩前に出た。
その瞬間、白刃が飛んだ。俺の首だけを正確に狙った一撃。
幸い俺がぬかるんだ地面に躓いたせいで、頬を切っただけだがそのままもう一歩踏み込んでいたら、首は落ちていただろう。
マンティスは圧倒的優位にも関わらず、積極的な攻撃は仕掛けてこない。
奴はプロの暗殺者よりも冷静に、己が確実に殺せるタイミングでしか攻撃をしない。
この霧の中で奴は、プログラミングされたマシンみたいに俺たちの首だけを狙っている。
「なによこいつ、前に現れたと思ったらすぐに後ろに出てくるし。そんなに素早く動いてるわけ!?」
「撹乱して、俺たちが逃げられないようにしてるんだ」
この森は奴の狩り場で、俺たちはただの獲物だ。
逃げることもできず、テミスと俺は背中を合わせるしかない。
「一か八か、リミットブレイク試してみるか?」
「あんたこの霧の中で電撃浴びたら、普通に死ぬわよ」
そうか、霧の水分を全身に浴びてるから、捨て身のリミットブレイクやったら死ぬな。
この霧が出ている限り奴の絶対優位は変わらない。あり得ないが、突然この霧が晴れてくれないとどうしようもない。
その時俺は、ピースメーカーの液晶に見慣れぬ機能が実装されていることに気づく。
「マキシマムサイクロンモード? なんだこれ?」
新たに増えたボタンを押してみると、ピースメーカーの内部タービンが尋常ではないスピードで回転を開始する。
それと同時に、左手の甲にヴィクトリアさんと同じ、【力の紋章】が浮かび上がる。
雄々しい雄牛のような紋章が光り輝くと、その力が全てピースメーカーへと流れていく。
「これは……まさか、ヴィクトリアママの能力が使えるようになったのか?」
俺はドリルを取り外し、回転を逆回転モードへと切替る。
本来はバキューム機能で吸い込むことが主な目的だが、逆回転にすることで風を巻き起こせるのだ。
俺はアームキャノンを構えるように、霧に包まれた森に腕を伸ばす。
「背中押さえてくれ!」
「なにするつもり!?」
「霧ごと吹き飛ばす!」
ピースメーカーマキシマムサイクロンモードを使用すると、凄まじい螺旋風が吹き荒れ、周囲の木々を激しく揺らす。
力の紋章によってその力は更に増幅し、激しい風の刃が地面を切り裂き、荒れ狂う暴風が霧を吹き飛ばしていく。
「うぉぉぉぉすごい威力だ! でもエネルギー消費もすごい!」
ほんの僅か30秒程度で、100%あった充電は空になってしまう。
しかしそのパワーは絶大で、霧粒子は全て吹き飛ばされ、真っ白いカマキリ2匹が姿を現す。
「こいつら1匹じゃなかったのか!」
道理で前に出てきたり、後ろに出たりしたわけだ。
「よくやったわ雪村、これで戦えるわね!」
「悪いが俺は今の竜巻で、完全に全ての力を使い果たした。後は頼んだ」
マキシマムサイクロンは、使用者の体力と魔力も全て使ってしまうらしく、俺はもう一歩も動けんとその場に倒れ込む。
「バタンキュー」
「嘘でしょ!? ここからが戦闘開始よ!?」
「ちなみにそのカマキリはHP390あって、お前のHPの3倍あるから気をつけろ」
単純計算、あのカマキリはテミスの3倍強いと思っていい。
霧が晴れて驚いたマンティスは、待ち伏せをやめてカサカサとこちらに近づいてくる。
「ダブル……ファイアアロー!」
テミスは両手に火球を作り、それぞれのカマキリに向かって放つ。
ボンッと派手に着弾し、奴らが怯んだのは良いが、大して効いてない。
「今の効いた!?」
「いや、両方に10のダメージずつしか入ってない。お前の魔法クソ弱いな」
「うるさいわね! あいつらの魔防が高いのよ!」
「おい、奴らの位置がわかるんだ。お前は全力で逃げたら助かるかもしれないぞ」
「嫌よ、そんなことしたらあんたが殺されるでしょ! あたしだって勇者の子なんだから!」
テミスは再び両手に炎を纏わせると、マンティスに向かってファイアアローを放つ。
渾身の一撃は、先程の3倍のダメージを叩き出すも致命には至らず。
マンティスたちは、炎魔法をくらっても構わず突っ込んでくる。
刀のようなカマが振り下ろされる瞬間――
「ウチの子に何してんだオラァ!!」
猛牛のごとく突進してきたヴィクトリアママが、巨大な戦斧を振り下ろしマンティスの頭をかち割る。
「お前もだぁぁぁぁ!!」
返しの刃で、もう一匹のマンティスの胴体を真っ二つにする。
HP400近くある、霧の怪物を一撃というのはさすがだ。
「た、助かった」
「雪ちゃ~ん!」
ミーティアさんは俺達に抱きつくと、おーいおーいと泣く。
「急にはぐれちゃって、ごめんねごめんね」
「いや、俺たちも気づかないうちに見失ってて」
「ユキ、お前がこの霧を吹き飛ばしたのか?」
「うん、なぜかヴィクトリアママの能力が使えるようになって……あれ?」
先程まで、左手の甲に輝いていた力の紋章が消えている。
それと同時に、ピースメーカーのマキシマムサイクロンモードも使用不能になっていた。
「なんでだ? さっきまで使えたのに」
そもそもなぜ力の紋章が使えていたのだという話だが、俺には心当たりがあった。
「多分なんだけど……俺ミルク飲んだらママの能力が使えるかも」
「「えぇっ!?」」
「ミーティアママ、今ミルクある?」
「ちょっと待っててね」
―搾乳中―
「は、はい……」
ミーティアさんから乳白色の液体が入った瓶を受け取ると、俺はそれを一気飲みする。
すると今度は、左手にハート型の命の紋章が浮かび上がる。
それと同時に、完全に空っぽになっていた体力がグングン回復していく。
先程切られたはずの頬に触れると、傷は完全に塞がっていた。
「ミーティアママの能力は
「なるほど、ママたちの能力がミルクによって使えるようになる。それが雪ちゃんの能力なのね」
「すげぇ能力じゃねぇか!」
「うん、ちょっと気恥ずかしいけど」
母乳でパワーアップて……。
「これ、もしユキが全ヴァルキリーの能力を使えるようになったら、マジで魔王倒せるかもしれねぇぞ」
「そうね、ユキちゃんはまるで神話のオーディン様のよう」
「オーディン?」
「ええ、大昔ヴァルキリー達とともに、聖戦を戦い抜いた神様のことよ」
さすがに褒めすぎて親バカ気味になっているが、俺が言わなくてもテミスが否定する。
「ママ、さすがに褒めすぎよ。コイツはスケベなことしか考えてないんだから。本物のオーディン様が聞いていたら怒るわ」
「そうかしら、オーディン様は神様の中でも人間味に溢れていたらしいし」
「そうそう、グングニールって言うとんでもない槍を持ってたって話だぞ」
俺はヴィクトリアさんの話に「へー」っと頷くと、右腕のドリル付きのピースメーカーを見やる。
「お前がグングニール……なわけないよな」
女神の悪ふざけで取り付けられた電動オナホだし。
そんなことを思っているとヴィクトリアさんが手を打つ。
「よし、じゃあこれから乳搾る時は、ユキを直接呼べばいいんだな」
「そうね。直に私達のパワーを沢山飲んでもらいましょう」
「待って、直はさすがに困る! 俺何歳だと思ってるの!?」
「大丈夫よ雪ちゃん、ママの服は授乳させやすくしてあるから」
あぁなるほど、だからミーティアさんのローブは乳暖簾になってたんだ。
彼女の服の謎が解け、すっきりした気分になるが俺は大きく首をふる。
「いや、そういう問題じゃなくてダメだってば!」
「えっ、じゃあ哺乳瓶使う?」
哺乳瓶片手に戦う勇者とか嫌すぎる。
※雪村が新スキル【継承】を獲得。
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