第27話 霧の怪物 前編
「私達その、産後すぐに氷漬けにされちゃったから、まだ母乳が出るの」
「3,4時間おきに搾乳しないと染み出してきて大変なんだよ」
ヴィクトリアさんとミーティアさんが気恥ずかしそうに笑うと、なんだか気まずい雰囲気になる。
「ご、ごめん」
「いいのよ全然、むしろ雪ちゃん専用飲み物みたいなところあるし」
「本当は、お前が赤ちゃんの時にあげる予定だったものだしな」
「ええ、本当ならミルクをあげて、すくすくと育ててあげるはずだったのに……」
ヴィクトリアさんとミーティアさんの顔が暗くなる。
赤ん坊の俺を赤子攫いに盗まれた、自責の念が一気に押し寄せてきているようだ。
「ママがもっとしっかりしてれば」
「お前は奴隷なんかにされずにすんだのに」
ずーんと暗くなる二人を見て、テミスがショートエルボーを入れてきた。
「ちょっと、ママが落ち込んじゃったじゃない。なんとかしなさいよ」
「なんとかって」
「もっとちゃんと慰めて」
「被害者の俺が慰めるっておかしくない?」
「いいから早く!」
「えーそうだな……お、俺も授乳して育ちたかったな、なんて……はは」
冗談めかして言ったはずが、ママたちは更に追い打ちをかけられたように沈みこむ。
「そうよねそうよね」
「ママが不甲斐ないばかりに……。言い訳するわけじゃないんだけど、お前がいなくなった時は皆パニック起こしたんだぜ」
「そうそう、ほんとノイローゼになるくらい皆で探し回ったのよ……」
確かテミスによると、ミーティアさんは7日間徹夜で俺を探し回ったっていう話だ。
「魔王軍の報復とか、第三国の人質作戦とか疑ってさ……。ほんとダメなママだよな」
「正直、復活した魔王に負けたのは、全員ノイローゼになってたってところも大きいと思うわ」
「なんで誰も見てなかったんだとか、ユキを独り占めしようとしてんじゃないだろうなって、パーティー内でも疑心暗鬼だったからな。誰がメインで育てるんだってワクワクしながら話してたのに、一転して一気に地獄よ」
俺にとって辛い過去だが、我が子を奪われた母にとっても絶望の記憶である。
ママ達のキラキラした日常が、一瞬で灰色になったことはわかる。
「余計落ち込ませてどうすんのよ!」
「そんなこと言われても困る!」
あの歯抜けの赤子さらい、魔王軍よりよっぽど人類滅亡に一役買ってやがる。
そこでふと思い出したが、あの赤子攫い今どうなってるんだろうな。
多分碌な死に方はしていないと思うが、まだ赤子攫いを続けているのだとしたら許せない。
◇
休憩を終え、4人で迷い森へと足を踏み入れる。
地面はぬかるみ、うねった木々の根っこが邪魔で歩きにくい。
鬱蒼と茂る枝葉が傘となって、日差しを覆い隠している為薄暗い。
10分ほど歩くと、薄っすらと霧まで立ち込め始めた。
「なんか嫌な雰囲気ね。迷い森って名前も不吉だし」
「村長が言ってた、この森は年がら年中霧が出ていて、視界の悪さを利用して霧の怪物が襲ってくるって」
「霧の怪物って何よ?」
「んーなんだろ、ジャイアントスパイダーとか、フォレストスネイクとか。あー悪霊系もありえるな。まぁでもこっちにはヴァルキリーのママがいるし」
出てきそうなモンスターを指折り上げていると、女性陣全員の腰が引けていることに気づく。
「どしたの?」
「えっとね、ママ虫が苦手で、霧の中からジャイアントスパイダーとか出てきたら、泡ふいて失神しちゃう」
「あ、あたしは爬虫類全般がちょっとな。あのギョロっとした目が……」
「悪霊とかほんとやめてよ。絶対よ」
それぞれ苦手なモンスターがいるらしく、なぜかレベルが一番低い俺を先頭にして前に進んでいく。
霧が少し深くなった頃、捻れた木の下に首のない白骨死体を見つける。
「ちょ、ちょっと死体よ」
「霧の怪物に襲われたか……」
「何落ち着いてんのよ。く、首がないじゃない」
「首ならそこにあるぞ」
俺が転がった頭蓋骨を拾うと、テミスは「ぴっ」と悲鳴にならない声を上げる。
「ちょっと早く捨ててよ! 何平然と持ってるのよ!」
「仏さんに酷いこと言うなよ」
俺は胴体部分と頭蓋をドッキングさせ、手を合わせて拝んでおく。
ぬかるんで足場の悪い道を歩いていくと、どんどん霧が濃くなり1メートル前も見えなくなってきた。
「やばい、全然前が見えない」
「道あってる?」
「わからん……ってあれ? ママ達どこいった?」
「えっ?」
周囲を見渡すと、俺の服をつまんでいたテミスを除きママの姿が見えない。
「まさか、この至近距離ではぐれたの?」
「近くにいるとは思うけどな」
「マーマー、どこー?!」
テミスが声を上げるが、森は静寂を返すだけだ。
「やめてよママ、いい歳してはぐれないで」
「向こうも全く同じこと思ってると思うぞ」
その時、視界の端に黒い影が映る。
「ママ?」
テミスが振り返るが誰もいない。
遅れてブブッと大きな羽音。明らかに人ではない。しかもかなりでかく、人間サイズはある虫の羽音。
目には見えないが、肌にピリピリと突き刺すような殺意を感じる。霧の中にいる捕食者がこちらを睨んでいる。
「雪村~ちょっとあんたの出番よ? あたし虫は大丈夫だけど、あくまでそれは普通サイズの話よ?」
「来るぞ、こいつが霧の怪物だ」
霧の中からまず最初に見えたのは、真っ赤なHPゲージ。
遅れてゆらっと姿を現したのは、真っ白なカマキリ、ホワイトマンティス。
体長は1.5メートルくらいで、人間の頭くらいある不気味な目がこちらを獲物として捉えている。
でかい体を針金みたいな4本の足で支えており、特徴的なカマは折りたたまれている。
俺とテミスが、その不気味な中に美しさを感じるフォルムに固まっていると、純白のハンターは針金足をゆすり金色の尾羽根を開く。
「やばい攻撃態勢に入った!」
俺はテミスを引き倒すと、刀みたいなカマが振られる。
空を切ったはずのカマは、テミスの後ろにあった木を真っ二つに引き裂いた。
「「…………」」
俺たちはその破壊力に、無言で顔を合わせる。
「ふざけんなよ! なんだあの斬鉄剣みたいな切れ味!」
「ちょちょちょっと、あんなの当たったら首が吹っ飛ぶわよ!」
「あいつHPが390と高い。相当人を殺し慣れてるぞ!」
このまま襲われると思ったが、ホワイトマンティスは追撃をかけてこず、霧の中に引き下がっていく。
それと同時にHPゲージも消えた。
「逃げた?」
「違う、霧の中から俺たちを襲うつもりだ」
「嘘でしょ? だから霧の怪物なの?」
「元々カマキリは待ち主体のハンター。相手がノコノコ射程に入ってきたところを一気に狩りにくる」
「じゃあ動かなきゃいいの?」
「動かなかったら、ゆっくりと近づいてくるだけだ」
「どっちみち終わりじゃない! 嫌よ、あたしこんな森で虫に食べられて終わりとか」
「俺だって冗談じゃない」
「あんたHP見るスキルで、相手がどこにいるかわからないの?」
「多分あいつステルススキルを持ってる。野生の気配消せるスキルだ、そのせいでHPゲージも近づかれるまで見えない」
「虫のくせに、こざかしいスキル備えてんじゃないわよ!」
テミスが凸指を立ててファッ◯ューと吠えると、彼女の目の前を白いカマが通り過ぎる。
すると彼女のブラがストンと落ちた。
俺は後ろにいるから、背中越しに見える横乳しか見えなかった。
「おい、後ろ乳しか見えなかったけど、今Eゲージマックスだからサービスしても意味ないぞ」
「してないわよバカ! 危うくおっぱいごと切り落とされるところだったわよ! くっ、ファイアアロー!」
テミスはブラを腕で押さえながら下級炎魔法を使用する。しかし炎が命中した手応えはない。
ホワイトマンティスは当たらない魔法をあざ笑うように、ゆらりと影を露してはすぐに消えていく。
本当に一撃必殺のアサシンのようで、一歩足を踏み出すだけで奴の間合いに入ってしまいそうだ。
俺たちは自然と背中合わせになり、全方位を警戒する。
「どうすんのよこれ、ママはいないし、敵は見えないし、ブラはずり落ちそうだし」
「前二つはどうにもならんが、最後のは俺が押さえておいてやるぞ」
「カマキリなんとかしてくれたら、考えといてあげるわ」
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