第26話 大草原の小さな家
◆◆◆
魔王城、玉座の間――
厳かな雰囲気と邪悪なエネルギーで満ちた部屋。
床には黒い大理石が張りめぐらされ、壁や石柱には紫の炎が灯る松明が掲げられている。
玉座の前には真紅のカーテンがかけられており、その奥に座る魔王の姿を正面から見ることは出来ない。
静寂に包まれる王の間に、顔が三つある魔族の男が入室し、カーテンの前で跪く。
「鬼人参謀
「ゴザイマス!」
「ございますぅ!」
ツノの生えた正面の赤い顔、側頭部の青、黄の三つの顔が、それぞれ同時に声を発すると、カーテン奥から威圧感に満ちた返事が返る。
「申せ」
この声の主こそ、人類と敵対する魔族の王である。
「はっ、配下の者よりヴァルキリーの封印が解けたと報告がありました。解けた封印は、生命と力の紋章の二つです」
「戦士ト僧侶デスゥ!」
「デスデスゥ!!」
「ほぉ……あれは自力では絶対に解けぬもの。次代の勇者が覚醒したか」
「その可能性が極めて高いかと。しかしながら我々が目をつけていた、マルコと言う勇者の子ではありませんでした!」
「ふむ……ならば誰だ」
「わかりません! ただ報告では、右手にドリルオナーホという未知の武器を所持していたとのことです!」
「ドリル!」
「オナーホ!」
「三面宿儺よ、そのうるさい両サイドの顔を黙らせよ」
「「「申し訳ございません!」」」
三つの顔が同時に謝罪して、魔王は舌打ちを打つ。
「魔王様、至急ヴァルキリー討伐隊を結成し、復活した者の始末を――」
「構わぬ」
「よ、よろしいのですか?」
「勇者は封印されていた時間で、レベルが落ちている。余には到底敵わぬ。それより気になるのは、封印を解いたという次代の勇者」
「では、その次代の勇者の抹殺を――」
「三面宿儺。余の望みは深き絶望、悪夢、恐怖だ。小さな希望の芽を摘んだとしてもつまらぬ」
「ははっ」
「希望の芽は大きくしてから手折るのだ」
カーテン奥の魔王が、何かを捻り潰すように握りこぶしを作って見せる。
「サスガ魔王サマー! ヨッ魔界1!」
「魔王サマバンザーイ! ヨッ世界1!」
「三面宿儺よ、次その宴会みたいな煽り方をしたら、貴様の頭をもぎる」
「「「申し訳ございません!」」」
「しかしヴァルキリーの解放に成功したならば、他の封印も解きにいくだろう。……魔人タルタロスはいるか?」
魔王の呼びかけに、真っ白いローブを身にまとった魔族が、暗闇の中から姿を現す。
フードを目深に被っているものの、その手は緑色で、水かきのようなものがついている。
「ここにゲコ」
「タルタロスよ、貴様以前ヴァルキリーの神性を落とす研究をしていたな」
「はっ」
「人間より、ヴァルキリーの氷柱を奪い洗脳を行え。そして次代の勇者と戦わせるのだ。余の望みは勇者たちの殺し合いだ」
「畏まりましたゲコ。わたくしのダークヴァルキリー計画で、必ずや魔王様のお望みを叶えてみせましょう」
◇◇◇
俺たちはトンパ村から3時間ほど歩き、鬱蒼と木々が生い茂る森の前へと到着した。
中からは獣の鳴き声が聞こえてきて、危険が潜んでいることがわかる。
「ここが迷い森か。中は暗そうだな」
「虫とかいっぱいいそうで嫌な感じね」
しかしながらこの森を越えないと、目的地には到着できない。
俺とテミスが森に入ろうとすると、ママ二人が急にストップをかける。
「ちょっと待った。一旦休憩にしよう!」
「そうね、休憩にしましょう!」
「「え?」」
「まだそんなに歩いてないし、そのまま森に入っても大丈夫だよ」
「そうよ、この森そんなに広くないんでしょ? 夜になる前に、さっさと突っきっちゃいましょうよ」
「いや、一旦休もう。一旦な」
「お昼を食べましょう、そうしましょう!」
「そうそう! じゃないと森の中で飯食うことになっちまうだろ?」
「「?」」
ママンの突然の休憩に俺たちが首を傾げると、ミーティアさんがテミスにだけ耳打ちする。
「……なの」
「! 休みましょう。ほら休むわよポルノ村」
「雪村ですが?」
なんだこいつ、なんで急に手のひら返したんだ?
「なんで俺だけ教えてくれないの?」
「いいから、あんたは水汲んできて」
「俺だけ仲間ハズレかよー」
「ちょっと遠くの方で時間かけて汲んできて」
「意味がわからん」
俺は近くの川で水汲みを終えると、皆簡易キャンプセットを広げている最中だった。
どうやら水を汲んでいる最中に何かしていたのは間違いないが、それが何かは秘密らしい。
「何やってたんだ?」
「あんたは知らなくていいの」
「ご、ごめんね雪ちゃん」
「悪いな」
ママ二人はどこか恥ずかしそうに苦笑いを浮かべる。
やっと会えた母に、こうあからさまな隠し事をされると切ない気分だ。
ミーティアさん達三人が昼食の用意をしている中、俺は疎外感を覚えつつ焚き火を作る。
火を起こし終え、その場に腰を下ろすと、ガラス瓶が6っつ並んでいた。そのうち一つを手に取ると、中には乳白色の液体が揺れている。
「牛乳か? こんなの持ってきたっけ?」
瓶の蓋にはラベルが貼られており、白ラベルが3本、黒ラベルが3本。
いっぱいあるし一本ぐらい飲んでも大丈夫だろうと、ほぼ満タンに入った黒ラベルの瓶をグビッと煽る。
「ぬるい……が、美味い」
口当たりはまろやかなのに、クリームのようなコクが有る。
少し薄味かなと思ったが、飲めば飲むほど甘みを感じる。
「あぁ……爽やか。新鮮だこれ。口の中が大草原の小さな家」
俺の目に雄大な草原と乳牛、牧畜家族の姿が浮かぶ。
体力もみなぎってきて、HPが回復している気分だ
しかも不思議なことに、ピースメーカーのチャージゲージがなぜかマックスになっている。
「えっ、なにこれ?
E缶かよと思いながら、今度は白ラベルの瓶を一本頂く。
「今度は甘いな……多分別の牛からとったものだな」
先程の牛乳が清涼飲料水だとしたら、こっちはデザートのような練乳。
一口飲むだけで甘みが口の中を支配するが、不思議とクドくない。飲み終わりは先程と同じく爽やか。
「あぁすっごいコレ。すっごい。甘いのにゴクゴクいける」
多分相当高級な牛から搾ったものだろう。どこでこれを手に入れたのだろうか?
入手先が気になりつつ、もう一本もう一本と飲んでいるうちに6本全部飲み干してしまった。
「やっちまった……。全部飲んでしまった」
これがもし本当に高級ミルクだったら、多分怒られるな。
「雪ちゃ~ん」
予想通り、ミーティアさんが空になった瓶を見て目を丸くしている。
「あれ? ここにあったミルクは?」
「ごめん、全部飲んじゃった。不思議な味でやめられない止まらないだった」
「あぁそう……飲んじゃったのね」
「ご、ごめん。何か料理に使う予定だった?」
「いいのよ全然、まとめて捨てるつもりだったから」
「えぇ!? こんな美味いものを捨てる!? もったいないよ、俺全部飲むよ」
「え、えぇっとね、それはただのミルクじゃないの」
ただのミルクじゃない? やっぱり、尋常じゃなく美味かったし……。何か入っていたのか?
「もしかしてやばい奴? 裏モノとか……脱法エリクサーみたいな」
「違う違う! ん、んとねぇ」
ミーティアさんが言い淀んでいると、事情を察したヴィクトリアさんが首をふる。
「別に言ってもいいんじゃねぇのか? 隠すような話でもないし」
「?」
「あーなんだ……お前が今飲んだのは、あたしとミーティアの母乳だ」
「…………マジ?」
牛乳瓶と、ママ二人を交互に見やる。
「えーっと、味が違ったんだけど、この黒ラベルが……」
「あたしのだ」
「じゃあこの白ラベルが」
「ママのよ」
なるほど、さっきからこれを隠そうとしてたのか。
「「「…………」」」
立ち込める微妙に気恥ずかしい空気。
「だから、あんたは知らなくていいって言ったのに」
「はい、すみません」
呆れるテミスに謝罪しかできなかった。
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