第2章 母を求めて世界へ
第24話 王都からの使者
家の改築を終えて数日後、自宅に村長が訪ねてきた。
「やぁ、雪村」
「あっ村長、おはようございます」
「パイオツカイデーなママとはうまくやってるかね?」
「村長セクハラしてたら怒られますよ」
「今日は彼女らに用があるんじゃ。王都から人が来ておる」
村長の後ろからブルーのマントをなびかせた、騎士服姿の中年男性と、若い騎士が二人姿を現す。
先頭の隊長らしき人は、30代中頃だろうか? 彫りの深い顔に立派な口ひげを生やし貫禄がある。
「わたくしは王都、マチルダ騎士団副団長のセルゲイ・ゴンザレッサです。
「はい……中へどうぞ」
騎士団の人を家の中に招くと、俺はママとテミスを集めた。
場所がないのでキッチンに全員集合すると、テーブルにはママ二人とセルゲイさんがつき、俺たちは後ろで立って見守る。
「おっ? お前セルゲイか!?」
ヴィクトリアさんは、セルゲイさんと顔見知りだったのか目を見開いて驚く。
「おぉ、ヴィクトリア殿。本当に永久凍土の封印は解けていたのですね」
「お前老けたな。しかも副団長って出世してるし」
「はは、17年が経過しておりますからね。あなた達がヴァルキリーの称号を得られた時、私はまだ騎士団の十人隊長でした。私は歳を取りましたが、お二人は昔見た時と同じくお美しいままだ」
「それで王国騎士団が何の用だ?」
「率直に申し上げます。再び魔王討伐の為、指揮をとっていただけないでしょうか?」
セルゲイさんはデスクに地図を広げ、現在の魔族の勢力図を説明していく。
「北西部に魔族を封じ込めていましたが、魔王復活後ジワジワと勢力を拡大し、今では人間の勢力圏のすぐ近くまでやって来ております」
地図上にマークを書いて、わかりやすく説明してくれる。
「ジーナス王国では、敵の侵入を防ぐためにウォール1~3が建設されましたが、ウォール1は決壊、ウォール2も厳しい状況にあります。現在急ピッチでウォール4の建造を行っていますが、人間の生活圏はかなり縮小することになります」
「それで、あたしらにまた魔王と戦ってきてほしいと?」
ヴィクトリアさんの言葉にセルゲイさんは頷く。
「魔王復活後、ジーナス王は幾度となく討伐命令を出しました。しかし魔王城にたどり着くことすらできず敗走。騎士がこのようなことを言うのはどうかと思いますが、あなた達の世代以降英雄となれる冒険者が存在していないのです」
「…………英雄ねぇ」
「どうか再び、我々にお力添え願えないでしょうか? 現在戦闘が頻発するウォール2制圧に来ていただけると、兵の士気も高まると思います」
セルゲイの頼みに、俺は不安な思いだった。
母たちは戦いに駆り出され、またやられてしまうのではないだろうかと。
敵は封印が解けたと知ったら、今度は生ぬるいことをせず、直接命を奪いに来る可能性は高い。
それに魔王討伐という崇高な使命を背負って旅に出るとなると、未熟な俺とテミスは戦力外として置いて行かれるだろう。
しかしながら、だからと言って行かないでくれとも言えない。
「雪ちゃん……」
落ち込んだ俺を心配して、ミーティアさんが顔を覗き込んでくる。
「大丈夫だよ俺は。世界を救うんだし、仕方ないよ」
仕方なくなんか無い。
10年以上母を求め、1年以上かけて氷を砕いたのに。
それがまたいなくなってしまうことに耐えることができるのか。
でも、耐えることに慣れてる俺は頷いてしまう。
仕方ないという、自分を強制的に納得させる魔法の言葉を呟いて。
しばらく沈黙が続いた後、ヴィクトリアさんは大きく首を振った。
「セルゲイ、頭下げてもらって悪いんだけど無理だ」
ミーティアさんも同じく頷く。
「我々の能力は、封印前に比べて遥かにレベルダウンしています。現役のトップパーティーには及びませんし、それにメンバーも欠けています」
「しかしお二人の覇気を見れば、十分実戦に耐えうる猛者であらせられると思います。報酬も王から望むものを提供すると」
「我々は失った時間を取り戻したいのです。私達が封印されていた時間は、想像以上にいろいろなものを奪いました。これで今また魔王討伐に出ると、最後に残った一番大切なものまで失いかねません」
ミーティアさんが、不安げな俺とテミスをチラリと見やる。
「遠くまで来てもらってすまねぇな。あたしたちが今一番やりたいことは子育てなんだ。正直、片時も離れたくない」
「すみません、多分今の私たちより強い人はたくさんいると思いますので、どうかその人たちを支援してあげてください」
二人に断られ、セルゲイは肩を落とすが渋々納得する。
「では、ヴァルキリー復活に協力していただけませんか?」
「ヴァルキリー復活?」
「ええ、魔王の力が強くなったことで、結晶化現象が起きているのはご存知でしょうか?」
「それって村長が言っていた、地面が全部石になってしまうっていう」
「その通りです。本来大地というのは、ライフエナジーと呼ばれる命の力が渦巻いている為、木や土が朽ちても新たに再生します。しかし、魔王の力でライフエナジーが減少すると、大地は一度朽ちると再度再生することができなくなります」
「ライフエナジーが枯渇した場所は、結晶化してしまう」
テミスの言葉にセルゲイさんは頷く。
「その通り。もう二度と新たな生命が芽吹かない
ライフエナジーとはこの星の自律神経みたいなもので、正常に働いていればちゃんと朝が来て夜が来る。
当たり前の営みができるが、それが弱くなるとずっと昼になったり、ずっと夜になったりするようだ。
そうなれば当然、作物や動物たちは大きなダメージを受けることになるだろう。
「この地域もライフエナジーが減少傾向にありましたが、
ミーティアさんは胸の谷間、ヴィクトリアさんは拳に描かれた紋章を見やる。
「勇者の紋章は集まれば破邪の力となります。減少したライフエナジーを元に戻すことができるでしょう」
「ヴァルキリーたちを氷の中から助けることができれば、ライフエナジーが復活すると」
「はい、生命の紋章ミーティア、力の紋章ヴィクトリア、氷銀の紋章レイ、爆熱の紋章エルドラ、機甲の紋章エグゼ、宝海の紋章グレース、砂の紋章ファティマ、知識の紋章マキラ、闇夜の紋章ルヴィア、強運の紋章エクセレン」
これが昔魔王を倒したと言われる10人のヴァルキリー達。
「そして稲妻の紋章オルトリンデ。彼女は亡くなっていますが……」
「そのことだが。ユキ」
ヴィクトリアさんに言われ、俺はピースメーカーを見せる。
「これは稲妻の紋章……あなたは」
「オルトリンデの子です」
「なるほど、王都で干ばつが続いていた地区に、数日前からまとまった雨が観測されるようになったのです。恐らくこの稲妻の紋章のおかげでしょう」
俺はこの紋章、天候にすら干渉するの? と力の強さに驚く。
「やはりライフエナジーの力は、あなた達勇者の力によって活性化している。どうか、お願いできないだろうか? 魔王軍に対しては我々騎士団が戦おう。その間、あなた達は封印された勇者を復活させ、ライフエナジーの力を強くしてもらいたい」
「…………」
「10余年もあなた方を放置していた我々が言うのは、虫の良い話とわかっております。ですが、どうかお力添えを頂きたく思います」
セルゲイさんは深く頭を下げる。
恐らく魔王の侵攻を食い止めるのに精一杯で、とてもライフエナジー減少をなんとかする余力なんてないのだろう。
ママたちだけで答えがだせず、視線は自ずとこちらに向く。
俺は少しだけ俯いて考えるが、すぐに顔をあげる。
「やります。俺は……母を全員救いたい」
本当の母がミーティアさんやヴィクトリアさんの可能性もあるが、ちゃんと全員助けた上で考えていきたいと思った。
「雪ちゃん……」
「ごめん、二人が俺の本当の母の可能性は勿論ある。でも、やっぱり全員を助け出したい。冷たい氷の中にずっと閉じ込められてるって、可哀想じゃないか」
「そうね、わかったわ」
「あたしらだけ助かって、めでたしめでたしじゃないもんな」
「勇者たちの協力に感謝致します」
セルゲイさんはもう一度深く頭を下げると、今判明しているヴァルキリーが封印された氷柱の場所を地図で教えてくれる。
「封印を解く順番はそちらに任せますが、所持している紋章によって強くなるライフエナジーがかわります。火、砂、夜など自然に干渉する紋章を早めに解放するといいかもしれません。また、地表毒素によってその地域の人々が苦しめられているなど、緊急を要する場合は臨機応変に対応願います」
「わかりました」
どのママから助け出すか、決めなきゃいけないんだな。
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