第22話 TONPA Ⅲ

 冒険者訓練ジムを離れて、俺とテミスは再び王都の広場へと帰ってきていた。


「ヴィクトリアさんの収入が2万B。ママのお布施が10万Bくらいあったけど、教会が8割くらいもっていくからやっぱり2万Bくらい……」

「元勇者が安くで使われてるな」

「全くよ、これじゃいつ改築できるかわかんないわ」


 恐らく家の改築には、少なく見積もって200万から300万Bくらいはかかるだろう。


「俺たちも働かないとな」

「そうね……ねぇ、思ったんだけど、あたしら人に使われる仕事って向いてないじゃない?」

「人を社会不適合者みたいに言うな」

「やっぱりギルドのクエスト受けて、ランク上げて行きたいわ。誰か一人でもランクレベル2に上がれば、仲間は別にレベル1でもクエストに帯同できるし」


 テミスの提案で、俺たちは再びギルドへと戻り、レベル1の依頼書を漁る。

 見渡す限り地雷の依頼書ばかりだが、その中で一つだけマシなものを見つける。


「王都地下水路に大量発生したスライムを駆除せよ。報酬4万Bね」

「それよくないか? 現場が王都ってのも近くていい」

「そうね、これにするわ」


 テミスは受付で依頼を受け、水路の鍵を貰うと、俺と一緒にスライムが巣食う地下水路への入り口へと向かう。


「ここか」


 路地裏にある格子状の排水口を鍵で開け、梯子を降りて周囲を見渡す。

 水路は石造りのトンネルで、メインの水路には緩やかに水が流れている。

 トンネル内の冷気と湿気が、スライムたちにとって理想的な環境となっているようだ。

 水の音以外は静寂が広がっており、足元の石畳を少し歩くだけで、足音が空間に反響する。


「ここか、ちょっと寒いな」

「もっと臭い場所かと思ったけど意外と綺麗ね」

「税金がちゃんと使われてるんだろ。それより足滑らせて水路に落ちるなよ」


 トンネル内は暗く、壁には青白い光を灯した魔法灯が備え付けられているが、魔力切れを起こしているのかチカチカと点滅しているものや完全消灯しているものも多い。

 俺は常備しているランタンに火を入れると、オレンジの光が周囲を照らし、俺たち二人の影を壁に描いた。


「あ、あのさ……あたしあんま暗いとこダメなのよね」

「知ってる。前々から思ってたが、暗いとこダメな奴が冒険者やっちゃダメじゃね?」

「しょ、しょうがないでしょ、人間は暗闇を恐れる生き物なんだから」

「なんでそんなに暗いところ怖いんだよ?」

「幽霊が出たら怖いでしょ」


 意外と少女らしい理由だな。


「幽霊怖いんだな。可愛らしいところも――」

「だって霊体だと殴り殺せないし」


 めちゃくちゃパワー系だな……。


「怖かったら俺に全力で抱きついて構わない」

「それだけは絶対嫌」

「おい、早速出たぞ」

「えっ、何幽霊!?」 

「自分の依頼を思い出せ」


 ランタンで水路の天井を照らすと、ゼリーのような軟体モンスタースライムがボタボタと落ちてきた。

 一匹一匹はさして大きくもないが、細胞分裂で増殖するため数が多い。


「うじゃうじゃと」

「えぇっとスライムは水属性だから、サンダーストライク!」


 テミスの下級雷魔法がトンネル内を眩く照らし、這っていたスライムを焼き尽くす。

 俺も恐怖心なく、近づいてくるスライムを蹴りで潰していく。

 一見粘液が這いずってるようなスライムだが、体のどこかに核となる球体部分が存在し、そこを破壊することであっさり倒すことが出来る。


「さすが雑魚モンスター、HPも10くらいしかないし超弱いな」

「あんまり油断してると、急に天井から覆いかぶさってくるわよ」

「大丈夫大丈夫、所詮ザコ……」


 俺がTHE油断していると、天井からでかいスライムが顔に覆いかぶさってきた。

 水でできたヘルメットを被らされ、息ができずゴボゴボとスライムの中に泡を吐く。


「ごぼごぼごぼごぼ!(助けてくれー!)」

「言わんこっちゃない! サンダーストライク!」


 テミスが俺の顔面に張り付いたスライムに雷を御見舞すると、当たり前だが俺も一緒に感電する。


「あばばばばばばばば!」


 激しいスパークで、一瞬俺の骨が透けた。

 数秒後スライムは蒸発したものの、一緒に感電した俺の髪型もチリチリに焦がしてしまう。


「助けてくれたのは感謝するが、やりすぎじゃないか?」

「ぶっ……ご、ごめん……」


 テミスは笑いを必死に噛み殺す。

 俺は水面で自分の顔を確認すると、見事なアフロが出来上がっていた。


「いや、そうはならんやろ……」

「なってるじゃん」


 爆発コントみたいになった自分の髪に苦い表情を浮かべていると、水の中から急に飛び出してきたスライムが、今度はテミスの胸部に張り付く。


「ちょっ、離れろ!」


 彼女の体からシュウシュウと音が鳴り、白い煙が上がる。


「まずい酸液だ!」


 酸はスライムの唯一怖い攻撃で、素早く引き剥がさないと肉を溶かされ食われてしまう。

 俺は慌ててピースメーカーからドリルを外して、バキュームモードでスライムを吸い込む。


「大丈夫か!?」

「大丈夫だけど、あっち向いて!」

「まさかどこか酸で火傷したのか!?」

「スライムにブラジャー溶かされたから、前を向けと言ってるのよ!」


 頬を赤くしたテミスにパーンっとビンタされてしまった。

 どうやら繊維だけを溶かすスケベスライムだったらしく、人間の肌には無害だったようだ。



 俺を先頭にして、テミスはローブを破いて作った即席ブラで探索を続ける。


「なぁ、マルコ達ともこんな感じでクエストやってたのか?」

「あいつらはこういう暗いところとか、汚いところには行かないわ。勇者には相応しくないとか適当なこと言ってね」

「そんな選り好みしてたら受けるクエストないだろ」

「うん、だからひたすら待つ。待ってばかりだから、レベルが全く上がらない」

「つまらないパーティーだな」

「ええ、だからあたし今ビビってるけど、正直ちゃんとクエストやってる感じがして楽しいのよね」

「向上心が強くていいな。お前はきっと強くなるよ」

「そ、そぉ? ありがと……まぁあんたと……るから安心してるっていうか……」


 テミスはゴニョゴニョと何か言ってるが、後ろにいるせいでイマイチ何を言ってるか聞こえない。


「ん? ……なんだ」


 俺はスライムの痕跡を見つけ、その場にしゃがみこむ。

 べったりと横に広がった粘液は、スライムが這いずった跡で、これまでの痕跡とは比較にならないほどデカい。


「これは……」

「スライム100体分はありそうな這いずり跡ね……」

「ボスだな」


 恐らくここにスライムを繁殖させた、最初のスライムがいる。

 俺たちはぬめり具合からして、まだ近くにいそうなボスを探す。

 しかしどれだけ探しても見つからず、いるのは小さなスライムばかり。


「いないわね。もう2時間くらい探してるわよ」

「水路も多分1周したな。ここから先だと浄水処理施設だし」

「水の中に平べったくなって沈んでるとか?」

「それだと見つけようがないな」


 これみよがしな証拠を残してるくせに、どこにいるんだ?

 二人でう~んと考えていると、俺の視界に地下水路の壁に備え付けられた排水管が映る。

 街の各地から流された水が、常時ザバザバと流れているのだが、一箇所水が流れていない場所がある。


「…………?」


 なんでこの排水管水が流れてないんだ? と中を覗いて確認すると、水が湾曲している。

 一瞬何かわからなかったが、透明の何かが詰まっていることに気づき、俺は驚いてのけぞった。


「うぉっ!? ボススライムが詰まってる!?」

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