第21話 TONPA Ⅱ

 それから数日後――

 

 俺は荷物運びのバイトをクビになっていた。


「右手ドリルじゃ荷物持てないじゃん、という圧倒的正論でクビになってしまった……」


 この数日いくつかバイトを受けてみたものの、皆「右手ドリルじゃねぇ……」と断られてしまっている。


「もうこの腕で採用してもらえるとこなんて、土木現場しかないだろ……」


 土木現場でも右手ドリルの奴は断られるだろうが、今のところ王都周辺で工事の予定はない。

 困ったなと思っていると酒場のバイトがあったので、それを受けてみることにした。

 募集中の酒場は個人経営の小さな店だが、冒険者や昼間から飲んだくれてるおっさんに人気だ。

 スイングドアを開けると、ムアっとヤニの臭いが漂う。


「あの、すみません」

「君はクビだ! 出て行ってくれ!」

「こんなとこ、こっちからお断りよ!」


 何やら雲行きがおかしく、奥からエプロンを放り投げ、怒り心頭中のテミスが出てくる。


「何やってんだお前?」

「クビになったところよ、あんたもここはやめておいた方がいいわよ」


 事情のわからない俺は、テミスと共に王都の広場へと出る。


「どうしたんだ?」

「もう最悪よあそこ。オーダー取りに行ったら客にスカートめくられて、ムカついたから金的入れたらクビになった。セクハラを挨拶とでも思ってんじゃないの?」

「あぁ、キレたナイフのテミスさんにはきつい仕事だな」

「はぁ……」


 彼女は一頻りキレて落ち着いたのか、今度はしゃがみこんで頭を抱える。

 怒ったり落ち込んだりと感情が忙しいやつだ。


「あたしってすぐキレるのよね。あんたはどうしたの?」

「俺も右手ドリルじゃ荷物運びできない、ってクビになった。そんで酒場の面接受けに来たら、キレちらかしたお前に遭遇した」

「なるほどね……ママたちうまくやってるのかしら」

「ヴィクトリアママは多分大丈夫だろうけど、ミーティアママはセクハラされてないか心配だ」

「見に行きましょうか」


 ママたちがどういう仕事をしているか気になった俺たちは、ミーティアさんの仕事先である、教会へと向かう。

 掃除の仕事でもしているのかと思われたが、教会の隣にある施設に長蛇の列ができている。

 施設と言っても、証明写真機みたいに一人ずつしか入れない小さなボックス型の個室で、そこに入れ替わり人が入っていく。


「なにかしら?」

「ここで多分何かしてるんだろうな」


 俺たちは列に近づくと、そこには懺悔室と書かれていた。


「あーママ話聞くの上手だし、ここにいるんじゃない?」

「なるほど……でも懺悔に来てるの男が多いな。まさか懺悔室で懺悔という隠語で、いかがわしいことが行われているのでは?」

「そんな職者みたいなこと起きないわよ」

「いーや気になる、俺は見てくるぞ」


 俺が列に並ぶこと1時間――

 自分の番になって懺悔室に入ると、密閉された個室には椅子が一つだけ。正面の小さな格子窓に、ミーティアさんとおぼしき女性の口と胸元だけが見える。

 体の一部分だけしか見えないのだが、逆に切り取られた部分が胸と口だけなのでいやらしく見えてしまう。

 恐らく男たちはこれが目当てで、長蛇の列を作ったのだろうと理由を察する。


「では懺悔をどうぞ」

「……懺悔」


 しまった、確認するために列に並んだ為、そんなものは今のところない。

 問いかけているミーティアさんの方も、俺とは気づいていないようなので、ここはバレないようにするのがいいだろう。


「え、えっと……俺は特に懺悔はないんですけど、シスターって懺悔とかあるんですか?」

「えっ、私ですか?」


 ミーティアさんは逆に質問されると思わず、一瞬虚を突かれたように黙る。


「そうですね……私の懺悔は、子供に長く会えず、苦しい思いを強いたことですね……」


 あぁ……やっぱりそのことを悔いてるんだな。


「あとは、王都で声をかけてくる男性に対して、息子がいるからと言っても信じてもらえないので、主人がいるのでと息子のことを主人役にしてお断りしてることですね……」

「…………」


 別にいいけどね。それでミーティアさんをナンパしてくる男が減るなら。


「あとはその……雪ちゃ……息子が自分の娘や、他のママ、女性と楽しそうに話していると、少しだけ、ほんの少しだけヤキモチを焼いて……しまいます。愛情が強くて息子を苦しめているのではないかと……」

「…………」


 ママも子育てに悩んでるんだな。

 そりゃそうか、俺からすると急にママができたようなもんだけど、ママたちにとっても急におっきな息子ができたんだもんな。

 俺は小さく息をついて答えを返す。


「きっとそれは今までシスターが、子供に与えるはずだった愛情が爆発しているだけだと思います。遠慮せずに話しかけていったらいいと思います」

「……ありがとうございます」


 俺は余計なこと言ったかなと思いつつ懺悔室の外に出ると、備え付けられたお布施箱に大量の硬化が溢れていた。


「大人気じゃんママ……」



 次に俺たちはヴィクトリアさんの働き先を確認しに行く。


「え~っとここね」

「冒険者訓練ジム?」


 俺たちが見上げる建物は、様々なトレーニング器具が並ぶジムで、彼女はここで技術指導コーチを行っているらしい。

 見学という名目で中へと入ると、木人がずらっと並ぶ屋内闘技訓練場で、ヴィクトリアさんが指導を行っているのが見えた。

 生徒は10人ほどで若いのから中年まで様々、全員男である。


「ゴブリンがこう来るだろ、こう来たらこうやってズバっと斬って、左に避けてガスっとやるんだ」


 彼女は訓練用の木剣を使って、エアゴブリン戦をしているが、正直何をやってるかさっぱりわからない。

 だがその躍動感のある動きに、生徒たちは皆釘付けになっている。

 それもそのはず、木剣がブオンブオンと風を切って振られる度に、その巨大な胸も重力に合わせて揺れる。

 生徒たちは瞬き一つせず、全員胸の動きに注視していた。


「ヴィクトリアさん、ビキニアーマーで指導するのやめたほうがよくない?」

「やめると生徒激減しそうだが」


 テミスが白い目で見ていると、生徒の中年男性が「先生、次はオーク戦をジャンピング斬りを交えてお願いします!」とリクエストを出す。

 するとヴィクトリアさんは「オークはこうズババンと足を攻撃し、グラついたところをジャンプ斬りだ!」と胸を弾ませながら、2メートル近く飛び上がってジャンプ斬りを見せる。

 生徒は皆「「おー!」」っと拍手しながら感動している。なんて健全な指導なのだろうか。

 そう思って眺めていると、ヴィクトリアさんが俺たちに気づいた。


「よし、しばらく自主練だ」

「「「はい!」」」


 自主練を始めた生徒の間を縫って、ヴィクトリアさんがこちらにやってきた。


「よぉユキと魔女っ子」

「ここで授業をやってるんだね」

「おう、午前と午後に一回ずつ講義があって、報酬は2万Bだ」

「おぉ」


 世界を救った勇者がやる仕事と言われると安いかもしれないが、この世界での成人の日給は大体6000B。それに比べたら3倍以上である。

 

「ユキ、お前もちょっとやってみるか?」

「えっ、いいんですか? 俺実は、ああいうベンチプレスみたいなの使って訓練やってみたかったんですよね」


 ベンチプレスとは、シートに寝転がった状態で、重量のあるバーベルを腕の力だけで持ち上げる訓練である。

 これ確かゲームヴァルキリーマムの自主トレで、筋力値を上げるメニューとしてめちゃくちゃ優秀だった記憶がある。


「あんた右腕ドリルなのに、どうやってベンチプレスすんのよ」

「あっ」


 テミスの冷静な突っ込みに、俺はしょぼんとなる。

 世の中のものは両手を使うものばかりで、がっかりしてしまう。


「大丈夫だって、ほらユキこっち来てここに寝転がりな」


 俺はヴィクトリアさんに連れられて、ベンチプレスのシートに寝転がる。

 俺の目の前にはバーベルの鉄の棒が見えており、左手だけで持ってみても全然上がらない。


「うぐぐぐぐぐ……無理ぃぃ!」

「よし、ユキちょっとそこどけ」

「はい」


 俺はシートからどくと、ヴィクトリアさんが寝転がる。


「ほらユキ、あたしの上に寝転がりな」

「えっ?」

「あたしが補助してやるから」


 言われて俺は彼女の体の上に寝転がる。

 ママをクッションにしているみたいで気が引けるな。

 しかもおっきな胸の谷間に、俺の頭がすっぽりはまって、ヘッドギアみたいになっていて気恥ずかしい。


「お、重くないですか?」

「全、然。小石乗せてんのかって感じだぜ」

「でしたらいいんですけど」


 俺は再度バーベルのグリップを握る。

 すると右腕側を、ヴィクトリアさんが下から腕を伸ばして握ってくれる。


「よし行くぞ、あたしは左右のバランス取るだけで、あんまり力入れないからな」

「はい」


 俺は再度左腕に力を込めると、バーベルが上がっていく。


「お、おぉぉぉ、上がったけど、これママが上げてない?」

「あたしはほんとにバランスとってるだけだって。このまま30回上げるぞ」

「30!? ぐぐぐ、1……2……3……」


 きっつ……。10回越えたくらいで、腕の筋肉が痙攣してる。


「……29……30! 限界だ!」


 左腕の力が抜けてバーベルを落としかけたが、すかさずヴィクトリアさんが左側も支えてくれる。


「おーし、よく頑張った」

「ハァハァハァハァハァ、めっちゃきつい!」

「いい子いい子だな」


 ヴィクトリアママはよく出来ましたと、強く抱きしめて頭を撫でてくれる。


「頑張る男の子はカッコイイぞ、ユキ」

「あ、ありがとうございます」


 こうやって褒めてもらえると、凄くやる気が出るな。

 その光景を見守っていた生徒たちが声を上げる。


「先生、ボクにも補助お願いできませんか!」

「オレもお願いします!」

「ダメだダメだ、これはウチの子限定なんだよ! お前らは両手しっかりあるんだから、甘えるんじゃねぇ!」


 生徒を一蹴するヴィクトリアさん。こりゃコーチとして大人気になりそうだな。

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