第20話 TONPA Ⅰ
俺達は、未曾有の危機に瀕していた。
「もー嫌なんですけど!」
「んなこと言っても仕方ないだろ」
今現在狭い小屋のような家で、ヴィクトリア、ミーティア、テミスの四人で暮らす俺達。
キッチンと寝室の一部屋しかない、ほぼ仮設住宅ではプライベート空間が全く無く、朝になると悩ましい格好をしたママたちが俺の前で着替えを行う。
それはテミスも一緒で、毎朝コソコソ隠れながら着替えをするのに嫌気がさしているようだ。
「当たり前のように虫は入ってくるし、カエルはうるさいし、雪村はいるし」
「俺を害虫と同じくくりにするのはやめろ」
「ベッドないから起きたら体痛いし、雪村はいるし」
「遠回しに俺に出ていけって言ってないか?」
「それもこれも……」
お金がないのである。
ミーティアさん達が勇者パーティーとして活動していた時に、稼いだ資金は行方不明になっている上、彼女達の装備はかなりガタがきていて修理することもできずにいる。
大事な装備すら直せないのだから、住まいをなんとかする余裕なんてもっとなかった。
ちなみに先日のデート資金は、ミーティアママが大事にしていた賢者の指輪を売って工面したらしい。
「それもこれもママや雪村が、村の仕事をなんでもタダで引き受けるからよ」
「皆困ってる時に金くれなんて言えるかよ」
「だからってタダ働き続けてたら、こっちが死ぬわよ」
「でもテミスちゃん、村からは生きるに困らないくらいの食べ物を貰ってるし……」
「芋ね、食料じゃなくて芋って言って。3食出てくる芋芋芋」
ミーティアさんの反論をがっちりねじ伏せるテミス。
「ん~じゃああたしの装備している、力のネックレス売るか? ヒドラの牙から作ったアクセサリーだし、そこそこの額になるだろ」
ヴィクトリアさんの提案に、テミスは両腕をクロスしてNOを示す。
「そんなレアアイテム売らないでください! ママたちが装備しているのは非売品の物ばかりなんですから! 一度質に流れたら二度と買い戻せませんよ! まぁママはもう指輪売っちゃったけど」
「ご、ごめんね……」
「皆さんに提案します。王都のギルドに行ってクエストを受けましょう。そうすれば、お金なんてあっという間に貯まるから」
「確かに勇者のママたちがいたら、依頼なんて一瞬だと思うけど」
「そう、美味しいクエストを受けて、一人一部屋の家に改築します」
「テミスちゃん、ママは別に今のままで大丈夫よ」
「あたしも別に困ってないし」
「改築します!!」
「「は、はい」」
二人はテミスの圧に負けて、ギルドで依頼を受けることにしたのだった。
その日のうちに俺達は、王都にあるギルドへと出向いた。
冒険者ギルド、世界ギルド協会が運営する冒険者や傭兵に仕事を斡旋するクエスト案内所。
ランクごとに受けられる依頼が異なっており、元勇者であるミーティアさん達は最高ランクの
酒場と合体したギルドには屈強そうな冒険者達が並び、依頼が貼り付けられたクエストボードを腕組みしながら睨んでいる。
「さて、まずはママたちのギルド再登録ね。多分ギルドカードの更新期限すぎちゃってるし」
ギルドカードとは、ギルドで依頼を受けるのに必要な免許証のようなもので、そこには今まで自分がこなしてきたクエストが記録される。
このカードなしで勝手に依頼を受けることは原則禁止されており、年1回の更新が義務付けられている。
「すみません、ギルドカードの更新をしたいんですけど」
「はい、どなたの更新をされますか?」
テミスはてきぱきと、ミーティアさん達の更新作業を行っていく。
その間、俺はムキムキの傭兵達に紛れ、クエストボードに貼り付けられた依頼書を眺めていた。
「ポッポコ遺跡で暴走中のゴーレムの討伐、報酬300万B、要
一回の依頼で300万も貰えたら、あっという間に資金は貯まるだろう。敵もママたちならなんとかなりそうだし、と思っていると急にテミスのヒステリックな声が響いた。
「嘘でしょ!? なんとかならないの!?」
「規則ですので……」
何事かと思い俺は受付に近づく。
「どうしたんだ?」
「ママたちのギルドカードが失効してて、1から始めなきゃダメって言われたの」
「1からって
「違う、
「俺と同じじゃん」
テミスはギルド受付に食い下がる。
「世界を1度救った勇者たちなのよ? 今更ルーキーと同じ迷子の犬探しとか、キノコ採取やれっていうの?」
「しかしですね、ギルドカードは年に1度の更新が義務付けられていて、一定期間のクエスト受注履歴がないものは失効するんです。こちらの方々はレベル5という最上位ランクでしたので、失効期限を10年まで延長していたのです」
「まぁ……15年以上放置してたら、そら失効するわな」
「せめてご家族の方が延長届を出していれば、保留にすることもできたのですが」
俺が「お前のせいじゃん」と視線でテミスに言う。
「し、知らなかったのよ、そんな制度があるなんて。大体あたしだけじゃなくて、ガイアたちも悪いんだから」
「あいつらにそんなこと期待するなよ」
「一応所長にかけあってみます」
親切なギルド職員は一旦受付から引っ込むと、すぐに戻ってきた。
しかしながら結果は優れないようだ。
「申し訳有りません。やはり15年も経っていますと、ランク基準もかわっていますし、レベル5だった方をそのまま同じレベルでという待遇にはできないようです。一応レベル0を免除し、レベル1からのスタートということになりますが、よろしかったでしょうか?」
「レ、レベル1……レベル1も0も大してかわんないわよ!」
大声をはりあげるテミスに、ママ二人がまぁまぁとなだめる。
「いいじゃねぇか、またランク上げていけば」
「そうよテミスちゃん、ランクはそのうち戻るわ」
「そんな簡単に戻らないわよ。ランクテストは半年に1回、最短でレベル5に戻るには2年かかるんだから」
「そうなの?」
「そうなの。少なくとも半年はレベル1の依頼しか受けられない」
俺は受付を離れ、クエストボードでレベル1の依頼書を探す。
「ゴブリンの巣穴駆除3万B、繁殖期のオーク討伐4万B……」
きついわりに報酬がしょぼい依頼がずらっと並ぶ。
俗に言うまずい仕事ばかりだ。
「レベル1は下積みだから、きついことやらされるのよ。ママたちが失敗することはないと思うけど、物理的に時間がかかるものばかりで数をこなせないわ」
「なるほど……となると」
「バイトしかないわ。ゴブリンの巣穴駆除するくらいなら、バイトの方が100倍楽で儲かるわ」
「冒険者夢も希望もないな」
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