第18話 ミーティア 愛の暴走特急 前編


 ある日の夜――

 俺は尿意を催し、皆が雑魚寝している寝室を抜け出そうとするが、ミーティアさんががっちり体をホールドしている為、なかなか抜け出せない。

 俺の左腕をしっかり抱きしめ、両脚をこちらの脚に絡ませてくる。

 白く薄い布地のネグリジェを着ているため、ほとんど肌の感触と体温がダイレクトに伝わってくる。


(こんな寝方、よっぽど仲良いカップルでもしないぞ)


 膀胱に溜まった尿達が、俺たちを解放しろー! と暴動をおこしかけている。

 一刻を争う状況だが、トイレ程度で起こしていては彼女が睡眠不足になってしまう。

 なんとか絡みつく両手両足を外して布団から出ると、大きなあくびをしながらトイレへと入る。

 用を足し終わったが、俺は立ちながらうたた寝をかますという器用なことをして、10分程時間が経った。

 頭がカクンと落ちて覚醒。


「やば、トイレで寝てた」


 慌てて手を洗って部屋へと戻る。

 すると――


「雪ちゃん、雪ちゃんどこなの? ママはここよ? 雪ちゃん」

「えっ?」


 ミーティアさんが蝋燭を持って、屋内をグルグルと徘徊したり、窓を開けて外を見たりと俺を探しているのだ。


「あっ、雪ちゃん!」


 戻ってきた俺を見ると、彼女はほっと胸をなでおろす。


「どこに行ってたの? ママ心配したわ」

「トイレ行ってただけだよ」

「そう、本当に良かった。じゃあ一緒に寝ましょう。こっちに来て」

「う、うん……」


 心底安堵した表情で、両手を広げるミーティアさん。

 さすがに心配しすぎなママが気になった。



 翌日、俺は家の外で薪割りをしながら、テミスに昨日の話を打ち明けていた。


「まさかトイレ行ってる間に、心配してウロウロ探し回ってるとは思わなかった。寝る時も身動き取れないくらいホールドされるし、さすがに度を越えてないか?」

「んー……トラウマなのよ」

「トラウマ?」

「あんた赤ちゃんの時攫われたじゃん。その時あんたと一緒に寝てたのがママだったの」

「そうなんだ」

「あんたを攫った赤子攫いは、ママたちに睡眠香っていう薬を使って寝かせた後、連れ去ったんだって。一緒に寝てたはずのママはパニック起こしちゃって」

「寝起きに子供いなくなってたらパニックだわな」

「赤ちゃん返して! 赤ちゃん返して! って、7日間徹夜で探し回ったらしいわ」

「7日!?」


 いや、でも赤ちゃん奪われた母親はそうなっちゃうのかもしれないな。


「ママは二回子供なくしてるのよ。一回目は世界樹での妊娠、二回目はあんた」

「えっ、世界樹妊娠ってあの光の玉形式のやつだろ?」

「うん、なぜかわかんないんだけど、光の玉をお腹に入れて妊娠はしたんだけど、魂が抜けてしぼんじゃったの」

「そんなことが……」

「だからオルトリンデさんが産んだあんたを、本当に自分の子だと信じてた」

「だけど、起きたら攫われてたと」

「ママにとって、寝起きで子供がいなくなってるのはトラウマなのよ」

「なるほどな……。それはわかるんだが、あの体で毎晩抱きつかれたり風呂に突撃されるととても困る」


 俺のPスカウターには、111のLとかいうわけのわからない数字が出ている。Pスカウターおかしくなったのか? と思ったが、ミーティアさん以外正常なので、多分おかしいのは彼女の胸の方だろう。

 そんな話をしていると、家の中からミーティアさんの声が響く。


「雪ちゃーん、ママと一緒にお昼寝しましょう~。雪ちゃーん、どこ~?」

「俺このままだとガラガラ持って乳母車に乗せられそうだぞ」

「子連れ勇者で面白そうじゃん」

「恥晒しだよ」



 翌日、俺はある策を考えた。

 あまりにも高まっているミーティアさんの好感度を、一度正常レベルになるまで下げようと思ったのだ。

 幻滅とは言わないにしても、ちょっと手がかかる子なんだな、世話するの疲れるかもぐらいに思わせたい。


(そのためには、激ウザ息子を演じる必要がある)


 ということで、俺はミーティアさんを連れてジーナス王都までやってきた。

 初めての二人での外出に、ミーティアさんは喜んでいた。


「嬉しいわ、雪ちゃんからママを誘ってくれるなんて」

「ん、まぁね」


(喜んでるところ悪いが、激ウザ息子をやらせてもらう。ひょっとすると、この子は私の息子じゃないかも……と考え直すようになってしまうかもしれないが)


 一度冷静になってもらうことも必要だろう。

 俺は彼女と、二人並んで王都の繁華街を歩く。


「おーい、そこのカップルさん。リンゴ買ってかないかい!」


 青果屋の店主に呼びかけられて足を止めると、ミーティアさんがちゃんと訂正する。


「ウフフ、私達親子なんですよ♡」

「はははは、そいつは面白い冗談だね」


 店主には全く信じてもらえず、面白い冗談に免じて岩リンゴを一つタダで貰えた。

 そりゃそうだよな、明らかに年齢が10代と20代だし、ちゃんと親子だと気づく人間はこの場にはいないだろう。


 さて、そろそろ始めるか……。


 俺は悪い笑みを浮かべ、ウザ作戦1を開始する。


「ママァあれ食べたい、あれ買ってぇ」


 おしゃれなカフェで販売されているマンゴーやバナナ、パイナップルがぎっしりと乗ったフルーツサンド。

 お値段高めのサンドを、買って買ってとわめく息子はさぞかしウザかろう。

 しかし――


「わかったわ、ママに任せて!」


 ミーティアさんは胸を叩くと、ズドドドっとカフェに突入していく。

 数分後、キラキラ輝くフルーツサンドを買って戻ってきた。


「はい、雪ちゃん」

「あ、ありがとう……」

「いいのよ、欲しい物があったらママに任せて」

「う、うん」


 くっ作戦1失敗か。いや、この程度でなんとかなるなんて思ってはいなかった。作戦2に移行する。


 俺たちは噴水広場にあるベンチに腰を下ろし、フルーツサンドを口にする。

 しかしそこで、俺はわざとポロポロフルーツをこぼす。


「うわぁん、ちゃんと食べられないよぉ。食べさせて」


 ウザ息子作戦2、食うの下手くそ&ウザ甘え。

 5歳くらいの子供が言うなら別になんとも思わないだろうが、俺の歳でこんなことされると嫌だろう。

 これには優しいママも「それくらい一人でできなきゃダメ」と叱るはず。


 が――

 ミーティアさんはキュゥゥン♡と瞳の中にハートを浮かべる。


「そうね、食べにくいわね。ちゃんと食べられるようにするわ」


 フルーツサンドを一口サイズにちぎり、俺の口に運ぶ。


「はーい、雪ちゃんパクパクしましょうね。ハァハァハァ」


 なんでママ息荒くなってんの?


「う、うん」


 彼女はフルーツが落ちないように注意し、指先を俺の口腔内に差し入れてくる。手が汚れるなんてお構いなしで、本当に嬉しそうに微笑みを浮かべお世話をしてくる。

 この段階で俺は気づく


(ま、まさか……ミーティアママって、手がかかる子供の方が燃えるタイプなのか?)


 今クイズ番組の正解音が鳴った気がする。


「はーい、雪ちゃんもぐもぐごっくんできて偉いわ~。お口周りフキフキしましょうね」

「う、うん……」


 噴水広場にいる人達の視線が痛い。

 くっ、こうなればやりたくはなかったが作戦3だ。

 これまでの作戦が生ぬるく感じる、もっとも手軽でもっともママを引かせることができる。


「ママっておっぱい大きいよね」

「そうね、ママになってからぐんっと大きくなったわ」

「へーそうなんだ、重そうだね」


 俺はぷにっとミーティアさんの胸を人差し指でつく。

 レベル3、エロガキが発動。いくら息子とはいえ、胸を突かれたら好感度暴落不可避。

 これならどうだと思い顔色を伺うと、彼女は少しだけ頬を紅潮させ、「あらあらまぁまぁそうねそうね」と照れを見せる。

 おっ、やはりこれは効いたか? ノータイムで、ビンタからの膝蹴りが飛んできてもおかしくない両刃の作戦だったが、これくらいしないと彼女には効果がない。

 だが、そんな俺の予想の斜め上を行く返事をするミーティアさん。


「雪ちゃんおっぱい欲しいのかしら? それならさっきのカフェに授乳スペースがあるの。そこでなら」

「いえ、大丈夫です」


 素にかえって敬語で断ってしまった。

 他のママさんが赤ちゃんに授乳させているところに、俺とミーティアさんが入っていったら、もはやプレイである。

 何をやっても許される状況に、この人怒らせるとか不可能では? と思ってしまう。

 もし彼女が本当の母で俺が一から育てられていたら、マルコを凌駕するとんでもないバカ息子に育っていた自信がある。






――――――――

母親を好きすぎる子をマザコン、子供を好きすぎる親ってなんて言うんでしょうね。


多分明日も更新あるので年越し感はありませんが、今年一年ありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。皆様良いお年を。

フォロー星よろしくね(・ω<)

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