第16話 勇者失格
テミスにママ呼びしているところを見られ、なんとも微妙な空気が流れる。
彼女も見舞いに来てくれたのだが、「元気そうで残念だわ」と肩を怒らせて帰ってしまった。
その後入れ替わりで、村長が孫のタンゴとワルツを連れて部屋を訪ねてきた。
「雪村や」
「村長、ご無事で」
「お主のおかげで、ワシも孫も無事じゃ。ほれタンゴ」
「キムラー、ありがとー」
「キムラー、兄ちゃん助けてくれてありがとー」
「ケガなくて良かった」
村長はママ二人にも頭を下げる。
「村を救ってくれて感謝する」
「いえ、長き封印でご迷惑をおかけしました」
「いや、ワシらはお主たちを保管することしかできんかった。献身的に氷を砕き、お主たちを救った息子を可愛がってくれ」
「「勿論」」
「雪村、お主の使っていた小屋は焼けてしもうたんじゃが、空き家になった家がある。大して広くなくて申し訳ないんじゃが、回復したら母と使うとええ」
空き家になったって言うのは、多分家主がゴブリンの被害で命を落としたってことだろうな。
「それと……もしかしたらじゃが、この村はなくなるかもしれん」
「えっ?」
「今回の事件で大きな被害が出た。残った住民も、何人かは家族の元に行くと決めている。ワシももしかしたら、王都で暮らす息子の元に行くかもわからん」
「そうですか……」
「ワシは都会は嫌いなんじゃがな。ジジイには田舎がお似合いなんじゃ」
村長は本音の混じった軽口を言って、孫と共に部屋を出ていった。
高齢化した限界村が半焼したんだ、復興させるには相当な労力が必要だろう。
老人達が復興は諦めて、それぞれ家族の元に帰るのも無理はない。
「トンパ村、なくなるかもしれないのか……」
◇
翌日、部屋を貸してもらっている宿で、母と添い寝をしていた俺は目を覚ます。
二人のママに挟まれて寝ていたはずが、ヴィクトリアママがいなくなっている。
どこにいったのだろうかと起き上がってみると、体がまだズキッと痛み、軽い吐き気に襲われた。
死の淵から生還した後遺症という奴だろう、回復魔法もかけてもらったからといって即時全快ではないらしい。
宿から出るとまだ朝早い為、人影は全く見えずチュンチュンと囀る小鳥の声だけが響く。
体を引きずるようにしてヴィクトリアを探すと、焼け焦げた家の影でガイアと話している姿が見えた。
ガイアはヴィクトリアの実の息子であり、本来彼女にとって俺よりも重視しなければいけない存在だ。
生還して初対面となる二人がどういう話をしているのか? あまり行儀は良くないが、聞き耳を立ててみることにした。
「――っつーわけだ、あたしはユキについてやる。お前はどうする? あたしたちと一緒に暮らしたいか?」
「いや……別に、雪村がいるならいいんだな」
「……そうか。今回の件、ミーティアの娘から聞いてる。お前がゴブリンを誘導したんだってな」
「オレだけじゃないんだな。マルコもなんだな」
「村人に謝らないか? 母さん、お前と一緒に頭を下げてもいい。許してもらえないかもしれないが、お前のやったことで死者が――」
「急に出てきて母ヅラやめてほしいんだな! あんたはオレが赤ん坊の頃には既にいなかったんだな!」
「…………」
「オレの中では、もう死んだものとして処理されてるんだな。それが15年以上経って、今更ノコノコ出てきてほしくないんだな!」
「そっか……そうだよな。ごめんな、今までいなくて」
「あんたなんか他人なんだ」
一瞬ショックでヴィクトリアの目が見開かれた。
「ごめんな……ダメな母さんで」
「オレはもうあんたと会いたくない。オレはオレの人生を勝手に送る。あんたも好きにするんだな」
「……あぁそうだな。元気でな」
ガイアはヴィクトリアママの元を走り去っていくが、彼女はその場で立ちすくみ目元を手でぬぐう。
「やっと会えた母親泣かすなよ……」
母を泣かし、罰からも逃げるガイアにムカっ腹が立つが、別れることを選んだ以上俺には何も言えない。
俺はそっと出ていくと、ヴィクトリアに声をかける。
「泣かないで……ください。……息子じゃないかもしれませんが俺がついてます」
「ユキ……ユキ……お前だけがあたしの息子だよ……。あたしを待っててくれてありがとう。あたしの愛情全部お前にやるから……あたしを忘れないで」
声を殺して泣くヴィクトリアママに力強く抱きしめられたまま、しばしの時間を過ごす。
10年以上母を待ち焦がれた俺と、10年で母を忘れたガイア。
もし俺が赤子攫いに攫われず、ヴァルキリーたちが魔王に封印されなければ、俺とガイアが肩を並べ勇者の子、第2世代として戦っていたかもしれない。
その可能性も今完全に潰えたが。
俺は少しだけ一人になりたいというヴィクトリアママとわかれ、マルコの姿を探す。
あいつもガイア同様、罪から逃れるつもりだろうか?
すると村の出口付近で、テミスと話をするマルコの姿を発見する。
二人はかなり険悪な雰囲気で、特にテミスは視線が鋭く、強い怒気を放っている。
「マルコ、あんた今回の件、村の全員に謝罪したの?」
「一応村長には言ったさ。でも別に何も言われなかったし、村長はこのことは村だけですましてくれるって言ってたからラッキーだった」
「それはちっとも良いことじゃないわ。あんた達、もうこの村にはいられないってことよ」
「いいぜ別に、元から出禁にされてたし。こんなちんけな村、自分から出て行ってやるさ」
「あんたは自分がやった事の大きさを理解していない。本当なら投獄されるべき事なのよ」
「ふ、ふざけんなよ。勇者の子を逮捕しようって言うのかよ!?」
「あんたはその肩書のせいで、甘やかされすぎて生きてきた上、法の制裁も免れようとしている。ここで逃げたら、あんたは一生村を壊滅させた罪を背負うことになるわよ」
「大事にしすぎなんだよ。村も壊滅って言ってるけど半分くらい残ってるし、死んだのも15人くらいだろ? あれだけのゴブリンに襲われて、その程度の数なら被害は少ないほうだろ?」
なめた態度をとるマルコの胸ぐらを、テミスが掴み上げる。
「人口50人の村で17人も死んで、半分の人は住む場所を失った。残った村人はこの村を泣く泣く捨てて、家族の元に戻ろうとしている。実質この村は消滅するのよ。ママの故郷をあんた達が壊した」
「…………」
「人的被害が少なくてすんだのも雪村とママのおかげ。たまたま助かったみたいな言い方しないで」
唇を噛み締めて凄むテミスに、マルコは沈黙するしかない。
「出ていけばいいんだろ出ていけば。お望み通り出て行ってやるし、二度とここには戻らないって約束もしてやる」
「そんな話してない。王国騎士団に行けって言ってるの」
「ゴブリンを凶暴化させ、村を襲わせたのはオレですって自首しろってか? 残念ながらゴブリンを狂化させた草はオレが焼き払ったし、当のゴブリンは全員死んだ。証拠は何も残ってない」
「ほんとクズね」
「なんとでも言え。お前は……一緒には来ないわな」
「当たり前でしょ」
「じゃあ正式に、お前とはここで解散だ。精々村を救った勇者様に熱上げてろよ」
「あんたこそ雪村の言ったセリフ忘れないでよ」
「なんだよそれ?」
「二度と勇者を名乗らないで」
「チッ」
マルコは否定も肯定もせず、強く舌打ちしてから村を出ていく。
それを無言で見送ったテミスは、苛立ちから地面を蹴り上げた。
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