第14話 ママ
◇
ついぞ少年は虚空を見つめたまま動かなくなった。
命VS命の戦いはホブゴブリンに軍配があがり、雪村はその生命を閉じていく。
「GUOOOOO!!」
拳を掲げ勝利の雄叫びをあげると、手下のゴブリンたちもそれに呼応して不気味な鳴き声を上げる。
その様は、まるで村全体が魔王軍に占拠されたような雰囲気だ。
「GUOOOOO!!」
ホブゴブリンは雪村の頭を、自身の頭蓋骨ネックレスコレクションに加えようと、首からねじ切ろうとした時だった。
銀色の光が縦に過ぎ去る。その瞬間、醜悪な頭が真っ二つに裁断される。
突如体が半分ずつ左右に分かれたリーダーを見て、興奮剤で昂ぶっていたはずのゴブリンたちは、冷水をかけられたように呆然とした。
「テメェこの野郎、ウチの子に何してくれてんだ」
女の低い声が響く。
振り返ると蒼い月の下、大斧を持った獣人の女戦士が、瞳を真っ赤に輝かせ恐ろしい形相で睨んでいる。
長い黒髪をなびかせ、側頭部には湾曲した立派なツノ、怒りに歪む口元には鋭い牙が覗く。
鍛えられた体と、冗談みたいに大きい胸を最低限守る
血の付いた身の丈ほどもある大斧を軽々と肩に担いだその姿は、悪魔にも見えてしまう。
彼女こそ、氷柱に封印されていた
「ゲゲゲ!」
「ゲゲ……」
突然の乱入者に驚くゴブリンだが、所詮女が一人増えただけ。
しかも胸と尻はこれでもかとふくらんでいるのに、腰は内臓が入っているとは思えないほどくびれている。
体は極上な上、
あれは俺のモノだ、先をこされてなるものか、あの女を孕ませた者こそ群れのリーダーに相応しいと小鬼達が殺到する。
その生殖本能に支配された脳では、相手との実力差を推し量ることはできない。
「ギロチンアックス!」
女戦士は武技を使用して肩に担いだ大斧を叩き下ろすと、扇状範囲に斬撃が飛び、10匹以上のゴブリンの首がまとめて飛ぶ。
その時点で相手との力量を測れば良かったのに、小鬼は「前の連中が死んだ、チャンスだ」と勘違いし更に殺到する。
「ぶっ殺してやるよ、緑ゴキブリ共」
当然ギロチンアックスの二発目が飛び、さらに10個の頭が宙を舞う。
そこでようやく生存本能が生殖本能を上回り足を止める。
「ミーティア! こいつらはアタシが見てる、今のうちに回復だ!」
「はい」
今度は修道衣に身を包んだ女性が姿を現す。
それは氷柱に閉じ込められていた、もう一人の母ミーティア・ブリュンヒルデ。
ブラウンの長く美しい髪、長いまつ毛が伸びる瞼は深く閉じられており、潤いのある唇には大人の女性としての色気がある。
服装は胸周りは肌が露出したトップレス状態に、前垂れ状の布がかかっているだけ。下は腰まで深くスリットが入ったスカートで、白い太ももを包む黒のガーターベルトが覗いている。
吹けば飛ぶような乳暖簾という防御力の低さに、僧侶が聞いて呆れると思うが、れっきとした高防御力の勇者装備である。
彼女は金色の杖を掲げると、キラキラと眩い光が集まる。
「セイントリザレクション」
消えゆく命だった雪村の体を光の粒子が包むと、次の瞬間千切れかかった腕や、体の傷全てが完全に消え去っていた。
「おいミーティア、目覚めないぞ。まさか失敗したんじゃないだろうな!?」
取り乱すヴィクトリアにミーティアは首をふる。
「大丈夫よ、意識を保てるだけの体力がないだけ。すぐに目覚めるわ」
「ならその間にこいつらを始末するか」
2人の元勇者は、ゴブリンと対峙する。
「ヘヴィアックス!」
ヴィクトリアが両手で持った斧を、右に左に交互にスイングし、その度にゴブリンの頭が吹っ飛んでいく。
「セイントチェーン」
ミーティアが光魔法を唱えると、ゴブリンの足元に魔法陣が浮かび、そこから首や腕に光り輝く鎖が絡みつく。
身動きできなくなったゴブリンを、ヴィクトリアが次々に兜割りで頭をかち割っていく。
「よっくもウチの子をやってくれたなオイ!」
あまりの怒りに、半分我を失っているヴィクトリアの斧は、醜悪な小鬼を全滅させるまで止まらない。
地面を蹴り、大斧を振り回しながら突撃するその様は、まるで猛牛。近づくもの全てを叩き斬っていく鋼のサイクロン。
対するミーティアは、意識の戻らない雪村を慈愛に満ちた表情で抱きしめ続けている。
「ゲゲッ、ピギャッ」
彼女は最後のゴブリンの前に立つ。すると小鬼はあろうことか、武器を捨てて土下座をしてきたのだ。
撤退する脳はないくせに命乞いする知識はあるのかと、ある意味感心するところだが、勿論許すはずもなく銀光が振り下ろされる。
◇
「ん……」
俺は宿で目を覚ました。
一番最初に目に入ったのは、酒場のマスターである。
「おっ、目を覚ましたようだね」
「……ここは?」
「村の宿だよ。幸い昨日の襲撃で燃やされなかったんだ。すぐにママさんを呼んでくるよ」
「……ママさん?」
マスターが部屋から出ていくと、俺は昨日のことを思い出す。
ゴブリンたちが襲ってきて、村がめちゃくちゃにされ、自分も死んでもおかしくない傷を負ったはず。
ホブゴブリンの拳が突き刺さった腹を見ても、傷も何もない。ゴブリンに噛まれた跡も、ハンマーで殴られた跡も、へし折れたはずの腕も元通り。
昨日のことが実は夢だったんじゃないかと思う。
俺はベッドから立ち上がって窓を見やると、焼け落ちた家や畑、ゴブリンの死体を片付ける村人の姿が見えた
「……夢じゃないか」
ため息をつくと、ガチャリと音がして誰かが入ってくる。
「良かった! 雪ちゃん!」
突然抱きついて豊満な胸を押し付けてくるシスター服の女性。
いや、これシスター服か? 横乳見えてるし、セクシーの度を越えていると思うが。
一体何事かと思い目を白黒させる。
「おっ、大丈夫かユキ? 口開いてんぞ」
そう言って覗き込んできたのは、剣闘士風のビキニアーマーを着た獣人戦士の女性。
俺は彼女たちに見覚えがあったが、どうにも思考が追いつかず口をパクパクと金魚みたいに開く。
「あの……あなた達は……」
「ミーティアママよ」
「ヴィクトリアママだ」
なんで目の前に? とか氷はどうなったの? とか聞きたいことは山程あるのだが、産まれてから今日まで切望した女性が目の前いることに興奮しすぎて、ふらっとベッドに倒れ込んだ。
「まぁ雪ちゃん、大丈夫!?」
「そのまま寝とけ、ミーティアが回復させたが死んでもおかしくない傷だったんだぞ」
「あの、つかぬことをお聞きしますが、どうして俺の名を?」
「それはテミスちゃんから教えてもらったから」
あぁなるほど、ってことはあいつはこのことを把握しているのか。
「皆さんなぜここに? 氷の中に封印されていたはずでは?」
「えっとね、勇者の紋章って数が増えると強くなるっていう特性があってね。雪ちゃんが、多分ゴブリンと戦ってる時に覚醒したんだと思う」
「覚醒?」
「ええ、紋章に認められたって言うのかしら。紋章が君になら勇者の力を与えてもいいよって」
「勇者の紋章として覚醒すると、あたし達の持っている紋章とリンクして力が増幅するんだ」
つまり、俺の紋章が覚醒したおかげで、ママたちの持っている紋章が強くなったってことなのか。
「それだけじゃなく、雪ちゃんが氷を砕いてくれたことにも意味があったわ」
「あぁ、お前が氷の体力を半分以下にまで削ってくれただろ? 多分それをしてなかったら、お前が覚醒したとしてもあたしたちは氷の封印を破れなかったはずだ」
なるほど、紋章の覚醒と封印の弱体化によって外に出られたってことか。
「雪ちゃん良かったわ。ママたち凍っていたけど、ずっとあなたの声は聞こえていたのよ」
「お前は気づいてなかったけど、霊体としてアタシたちはずっとあの洞窟の中を彷徨っていたんだ」
「誰も来なくなっても、雪ちゃんが一人で毎日氷を砕き続けている姿を見ていたわ」
……そうか、報われたのか。
この1年の孤独な戦いは決して無意味ではなかった。
折れそうな時もあったけど、再会を夢見てドリルを続けて良かった。
そう思うと、涙をこらえることができなかった。
「良かった……本当に良かった」
「雪ちゃん、雪ちゃん。あなたのお話ずっと聞いていたわ。あなたと会えて嬉しいわ」
「なんだよ、泣くなよ、ユキもミーティアも。アタシまでなんか泣けてきただろうが」
ママ二人も涙を拭う。
全員が落ち着いた時、俺はどうしても聞いておかなければいけない質問を切り出す。
「あ、あの、お二人ともママと言ってくれたのですが、実のところ本当の俺の母親ってどなたなんでしょうか?」
戦士のヴィクトリア、僧侶のミーティア。
一体どちらが自分の母親なのか。それとも二人共違うのか。
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