第13話 勇者死す
炎に包まれた村に飛び込むと、そこには血まみれの村長がゴブリンたちと戦っていた。
数は十数匹。全員興奮しているようで、ひっきりなしに雄叫びをあげている。
しかも興奮剤のせいなのか、明らかに奴らの体力が高い。
通常ゴブリンなんて大体HP30もあれば多い方なのに、こいつらは一匹120もある。
「村長!」
「雪村か!」
「早く逃げて下さい!」
「それはできぬ、ワシの後ろにある納屋に
確かに納屋の扉をほんの少し開けて、タンゴがこちらを覗いている。
小鬼と炎に囲まれていて、この子を逃がすことができない状況と知り、俺は村長と肩を並べる。
「やり合って退路を作るしかないですね」
「無茶をするな、こ奴ら頭のネジが吹っ飛んでいて、全く死を恐れぬぞ」
「例え状況が不利だとしても、誰かのために戦うのが勇者でしょう」
「…………」
「それにゴブリンに手を焼くなんて、村長も衰えたんじゃないですか?」
軽口を叩くと村長はニヤッと笑みを浮かべる。
「抜かせ、ワシはこれでも昔は狼拳の使い手として恐れられておったんじゃ」
「では入れ歯の狼と言われないようにしましょう」
「うむ、老いた野良犬とは言われたくないのぉ」
村長は腰を落とし両拳に青白い闘気を溜めると、左拳を前に右拳を後ろに引く。拳こそが最大の武装と言わんばかりの老雄の瞳には、若かりし頃の武人としての光が灯っている。
「喝!!」
閃光めいた村長の拳がゴブリンの胴体を穿ち、5メートル近くふっ飛ばした。
倒されたゴブリンの体には拳型の穴が空き、黒い血が流れ落ちる。
「ワシは右半分を引き受ける」
「わかりました。左持ちます」
俺はドリルを小鬼どもに構える。
エネルギーは僅か5%しかなくて、回転させて戦うことはできないが、槍としては使うことが可能だろう。
ここに来て、先程の洞窟での出来事が悔やまれる。
「テミスの乳揉んどけばよかった」
これが最後の言葉にならないように、飛びかかってくるゴブリンをかわし、背中にエルボーを入れ、足にしがみついてくるものを岩に叩きつける。
ナイフを構えて突進してくる者の刺突を紙一重で避け、カウンターでドリルをその胸に突き刺す。
村長との修行も生き、1対10の戦いをなんとかさばききるものの、倒しても倒してもキリがない。
しかも一度打ちのめした敵も、ちゃんとトドメを刺さない限り再び立ち上がってくる。
「ゲゲ」
「ギギ」
「グゲゲ」
殺す殺すと言っているように聞こえるうめき声と共に、一斉に飛びかかってくるゴブリン達。
同時攻撃に対応できず、防御するしかないと思ったが村長の声が響く。
「伏せろ雪村!」
俺は咄嗟に頭を下げる。
「村長アタック!」
空中に飛んだゴブリン3匹を、青い閃光が撃ち落とす。
技名は死ぬほどダサいが、必殺拳の威力は抜群で、鋼で造られているのではないかと思う拳は、醜悪な小鬼の頭を貫通する。
「村長すごすぎです」
「雪村、こんなことは言いたくないのだが」
「はい」
「……今ので腰イった」
冷や汗まみれの村長。
どうやらぎっくり腰が発動したようだ。
まずい、この土壇場でジジイが出た。
「ゲゲ」
「ギギギ」
「俺の後ろに!」
動けなくなった村長をかばって戦うも、ウジャウジャと無限に出てくる小鬼どもは、己の身を顧みない攻撃を繰り返してくる。
その一撃一撃は致命傷にならずとも、確実に俺の体を刻み、噛みちぎり、打ちのめしていく。
「雪村、もうええお主だけでも逃げるんじゃ!」
「はぁはぁはぁ……」
血で視界が霞ながらも構えはとかない。
母の故郷をこれ以上犯させはしない。その一心で立ち向かう。
その時、炎の矢が飛びゴブリンを火だるまにする。
「雪村ぁ!」
「テミス!」
彼女が援護しに来てくれたのは嬉しい。だが、小鬼は「女だ」「女が来たぞ」と、明らかにテンションを上げている。
「あ、あたしも戦うわ! あたしだってハーフだけど勇者の子よ!」
彼女は数匹
「な、なんかめちゃくちゃ増えてない? どいつもこいつも、あたしを見る目がキモいんだけど」
「若い女が来たから、苗床にしたくて仕方ないんだよ」
「苗床ってあれよね……地下に監禁されて、ゴブリンを産む機械にされる」
「その認識であってる」
「ゲゲ」
「ギギギ」
興奮剤で脳のリミッターが外れている奴らに捕まれば、死よりも酷い結末を迎えることだろう。
「……テミス、村長と後ろの小屋にいる子供を連れて離脱しろ」
「あんたどうするつもりなのよ?」
「時間を稼ぐ」
「稼ぐって、その体で? 死ぬわよ」
「いいから早くしろ!」
テミスは村長とタンゴの元に走ると呪文をかける。
「ライトウェイト、ライトウェイト」
軽量魔法で軽くしてから二人を持ち上げる。
担がれた村長は動けないながらも声を荒げる。
「離せ、離すのじゃ! 老いぼれの為に若者が犠牲になるようなことがあってはならんのじゃ!」
「雪村、あんた英雄気取って死んだら怒るわよ!」
「大丈夫だ! 俺のファンタジーやっと始まったところだからな!」
それに母親を助けるまで絶対死ねるかよ。
テミスは火の手が上がる裏手に水魔法を発射。退路を確保すると村長とタンゴを連れ、この場を離脱する。
俺は追いかけようとするゴブリン達に立ちふさがる。
「絶対にここから先は行かせないぞ」
「ギギ!」
「ゲアア!!」
「そこをどけ」と言いたげに腕に噛み付いてきたゴブリンを、振り回して燃え盛る家の中に投げ込む。
俺を無視して追いかけようとした奴の背中を蹴りつける。
不意打ちで脇腹を刺されても、構わず首を折る。
お互い命を削った戦いをしている最中、一際でかい筋肉質なゴブリンが姿を現す。
他が1メートル弱なのに対して、こいつは2メートルほど。
首に人間の頭蓋で出来たネックレスをつけ、右腕には丸太を切り出した棍棒が握られている。
「リーダーのホブゴブリンか」
奴のHPは圧巻の530。対する俺のHPは、すり減らされて44。嫌な数字だ。
通常ならば距離をとって安全に倒す相手だが、火事で狭まった
暗闇と炎を背にして立ちふさがるその巨躯は、俺にとって死神を連想させる。
撤退したほうがいいに決まってる。しかしテミス達の後を追わせるわけにはいかない。
「GRRRRROOOOOO!!」
大地が振動するような、蛮雄の叫び声。
威圧され潰されてしまわないように、俺も雄叫びを上げる。
「俺はお前らになんか負けない! お前程度倒さないと、母さんに胸張って勇者の子供だって言えないだろう!」
当然だが言葉は通じていない。ホブゴブリンは手にした棍棒を振り上げ、重戦車の如く突撃してくる。
家でも一撃で倒壊させそうな棍棒に、俺は真っ向勝負でドリルを合わせた。
「うおおおおおおおお!!」
「GUOOOOOOO!!」
大地よ割れよと振り下ろされた棍棒。それに対して、俺は残しておいた5%のバッテリーをフルパワーモードで使い、高速回転させたドリルで棍棒を砕く。
だが打撃の衝撃に耐えきれなかった俺の腕が折れ、あらぬ方向へと曲がる。
棍棒とドリルの対決は相打ち。だが敵は武器を失っただけだが、こちらはピースメーカーと腕のつなぎ目から血が噴出し、見えてはいけない物が飛び出ている。
「GUOOOOO!!」
勝ちを確信したホブゴブリンは、折れた棍棒を放り捨てると拳で殴りつけてくる。
たった一撃、側頭部に拳を貰っただけで、意識が吹っ飛びそうになった。
頭が朦朧とする。
このまま気絶したら確実に殺される。
手足の感覚がない。
ドリルを失った今、俺があの怪物に勝てる見込みは一つもない。だが村長から習得した技が頭をよぎる。
「闘気を拳に……」
無意識に青白い闘気が左手に満ちる。まるで青い炎が灯ったようだ。
その炎は俺の命を燃やして、ボンっと燃え上がる。
集中しろ、俺にはもう一発しか撃てない。
対するホブゴブリンは、勝ちを確信しそのツラには余裕が見える。
奴は高く拳を掲げると、くたばれと言いたげに振り下ろす。
「人間を舐めるなよ」
俺はたった一発の必殺拳に己の全てを賭ける。拳が青い光を放ち、ゴブリンの拳を迎撃する。
土壇場で出したとは思えない蒼炎の拳は、ゴブリンの岩のような拳を砕く。
だが俺の左手も無傷ではなく、完全に粉砕されてしまう。
両腕がだらりと垂れ、血が滴っていく。俺にはもう迎撃する力も逃げる体力もなくなっていた。
片腕を砕かれたホブゴブリンは怒り狂い、無事な腕を引いて正拳突きを放つようにその拳を突き出す。
太い拳が胸に突き刺さり、バキバキと嫌な音と共に肋骨が砕ける音がした。
俺は膝をつき、倒れそうになるもそこで踏みとどまった。
「俺は……負け……ね。俺は勇者……」
両腕を砕かれ、内臓に骨が突き刺さっていても闘志だけで立つ。
しかし、徐々に俺の視力が消え、何も見えなくなっていく。
これはまずい、見えないと戦えな――。
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