第12話 襲撃炎上

「マルコと喧嘩しちゃった」


 氷の前に座りこんで、俺は今日あった出来事を打ち明けていた。


「あいつが違法植物の運搬の仕事を誘ってきたんだけど、それを反対したら村の皆とも関係が崩れちゃって」


 ある程度悪態をつくのは許容するが、あれはどう見ても犯罪の片棒を担いでいるだけだ。


「もしかしたら兄弟かもしれない奴らが、悪い道に行こうとしていたら、なんて言ったらいいんだろうな」


 膝を抱いて落ち込んでいると、これじゃ母を助けようとしているんじゃなくて、自分を助けてほしいみたいだ。

 洞窟内の湿気た空気を吸いこんでいると、更に気分が落ちる。

 俺は氷の前に薪を用意して火をつけると、オレンジ色の光が、俯いた心を淡く照らす。


「元気ないわね、どうしたの?」


 テミスの声が聞こえて振り返る。

 久しぶりに村に帰ってきた彼女は、いつも通り切りそろえられた金の髪と、短いスカートを揺らしながら焚き火の前に座る。


「おぉ、久しぶりだな」

「ええ、ちょっと留守してたわね」

「魔法学院に通ってたんだろ?」

「そうだけど、それ誰から?」

「マルコ」

「あぁ、あいつら来たんだ。どうせまた揉め事起こしたでしょ」

「起こした。違法植物を運ぼうとしてる」

「はぁ、あたしがいなくなった瞬間、そんな変な仕事受けてくるんだから」

「あいつらを止めてやってくれ。俺の言う事なんか全く聞いてくれない」

「もう散々言ったわよ。あたしだっていい加減あいつらと分かれて、別パ組みたいの」


 彼女のキレやすい性格から考えて、今までよく耐えたという感じか。


「別パのアテあるのか?」

「んー……しばらく一人でやるか、どこかのパーティー募集に傭兵として入るか」

「あんな暗闇でビビり倒すのに大丈夫か?」

「そこは気合で。それよりキレやすいのが問題なのよね。あたしわりと初対面でも躊躇なく言っちゃうから」

「実力以外にも人間関係があるもんな」

「はー……気を使わなくて良くて、前衛でレベル差そこまで大きくない奴っていないかしら」


 なぜこっちを見る。


「俺は氷割らなきゃいけないから無理だぞ」

「あのさ……あたしが安定的にEパワーをチャージしたげるから、パーティー組めって言ったらどうする?」


 テミスは少し恥ずかしげにこちらを見やる。


「それならちゃんとノルマこなせるか……」

「しかもクエストのお金も入る」


 結構、魅力的な話だが――


「安定的にEパワーをチャージというのは? 具体的に」

「やっぱりそこ聞いてきたか……。まぁ……揉ませたげる」


 何をと無粋なことは聞かない。

 俺はビキニブラの、頼りない肩紐によって支えられている胸の谷間を見やる。

 95……いや96はあるか……。バストサイズを推察していると、急に彼女の胸の隣に98のHという数値が表示される。


「こ、これは……」


 明らかに俺のHP可視化が進化し、新たに【Pスカウター】を習得した瞬間だった。

 な、なんてファンタジーに役に立たない能力なんだ。

 だが、ある意味チート能力よりほしい能力だった。

 98という数字の暴力に驚いていると、テミスは勘違いするなよと俺を指差す。


「あくまでチャージが完了するまでだからね。それ以上触ったら蹴り殺すけど」

「お、おう」

「で、どうなの? 受けるの? 受けないの?」


 彼女は恥ずかしさ隠しなのか、少し怒り気味に詰めてくる。

 俺はコクリと頷く。


「それじゃあ……お願いしようかな」

「じゃあ……よろしく」


 お互いパチパチと燃える焚き火を見つつ、なぜか沈黙が続く。

 なんだこの間は。

 なんでパーティー組む話なのに「私達試しに付き合ってみる?」「お願いしようかな」みたいな流れになっているのか。

 これ多分Eチャージのせいで、変な方向に意識が行ってしまってるんだ。

 煩悩退散と俺は彼女から視線を逸らす。


「あのさ……ちょっと試してみる?」

「何を?」

「一揉み、何%チャージされるか」

「お、おぅ。確認は大事だな」


 俺の手は吸い寄せられるように、彼女の胸へと近づいていく。

 白く美しい肌の上を流れる汗の雫が、大きな弧を描きながら胸の谷間へと吸い込まれていく

 生唾を飲み込みながら手のひらを近づけると、俺の視界にヒビの入った氷が映る。


「いや、やめておこう。母さんが見てる」

「そ、そうね、確かに」

「また今度」

「また今度ね」


 テミスも氷柱の母に気づき、慌ててローブで胸元を隠す。


「もう遅いし、一旦帰ろうかな」

「そうね、一旦ね一旦」


 気恥ずかしさを打ち消すように立ち上がり、焚き火を消して洞窟の外へと出る。

 すっかり日が落ちて、夜が満ちている。早く村へ帰ろう。そう思った時、違和感を感じた。

 暗闇の中、村の方が赤い光に包まれているのだ。


「まさか、火事か!?」

「火事にしては変よ、村全部が燃えてるとしか思えない!」


 まさか山賊に襲われているのかと思い、俺たち二人は急いで村へと走る。そこで村長の声が響いた。


「ゴブリンの群れじゃ! 皆、丘へ逃げろ!」


 遅れて村民たちの悲鳴が響く。



「ゲゲッ!」

「ギギッ!」


 村は100匹近いゴブリンの襲撃を受けており、逃げ遅れた村人が無惨な殺され方をしている。

 あるものはナイフで腹を突き刺され、あるものは石のハンマーで背中を砕かれる。あまりにも容赦のない殺戮に、胃の中が気持ち悪くなり吐きそうになった。


「ぐっ、吐いてる場合じゃない!」


 テミスと二人で、急いで村へと走ると酒場のマスターが行く手を遮る。


「よせ雪村、今から行っても無駄だ! 残った村人は皆殺されている!」

「でも!」

「奴らはただのゴブリンじゃない、皆狂ったように襲ってくる。あんなに凶暴な奴らは初めて見た! うぐ……」


 呻くマスターの脇腹に、赤く大きなシミができている。


「大丈夫ですか!」

「逃げる時に刺されたんだ……」

「どいて、あたしがヒールかけるから」


 テミスがマスターの脇腹にヒールをかけると、出血が治まっていく。


「なぜこんなことに!」

「わからん。こんなこと今までで初めてだ」


 マスターと話していると、村を真っ赤に染める炎が更に大きくなり、食料庫がベキベキと音をたてて倒壊していく。

 火の粉が散る村を見て、逃げ延びた村民たちは泣き崩れる。


「終わりだ……小麦や食い物も全部燃えてしまった」

「どうしてこんなことになったんだ!? 誰か教えてくれ!?」


 周囲を見渡すと、マルコとガイアが木陰に隠れるようにして立っているのを見つけた。


「マルコ、ガイア!」

「ゆ、雪村……」


 二人はばつが悪そうにそっぽを向く。


「何をしてるんだ! 今すぐ村を助けに行くぞ!」

「いや、あー……なんだ……その……」

「何をまごまご言ってるんだ!? まさか村を追放されたのを怒ってるのか!?」

「いやー、そうじゃなくて……。ゴブリンが来たの、ひょっとしたらオレたちのせいかもしれない」

「は!? どういう意味だ?」

「いや、あの……村長に出禁食らった後、イラっとしてオレたち運搬していた種を、ゴブリンの巣の前に撒いたんだよな」

「ラレラレ草っていう、興奮剤になる草の種だもんな」

「ちょっと撒いただけで、すんごい勢いで発芽してきてさ。やべぇっと思って燃やしたんだけど、煙がゴブリンの巣に入っちゃったんだよな」

「後で調べたら、ラレラレ草ってタバコみたいに燃やして使うって知っただもんさ」

「それじゃあ……」

「まぁ……風に乗って、ゴブリンの巣に煙が……いったかも」

「あくまでかもだから、そうだと決まったわけじゃないもんな」

「そうそう、あくまで可能性の話だから。オレたちのせいと決まったわけじゃない」


 俺は沸騰しそうな頭をなんとか制御して、マルコの胸ぐらを掴む。


「ふざけるな、マスターがあんなに凶暴なゴブリンは見たことないと言っていた。明らかにそれが原因だ。今すぐゴブリンを始末しに行くぞ」

「いや、オレたちもそう思って、一応ゴブリンを倒そうとしたんだが……」

「滅茶苦茶強くて、ありゃ一匹一匹が人喰いオーガくらい強いもんな。多分ラレラレ草の効果で、痛覚がとんじゃってるんだな」

「ひよってる場合か! お前らの責任だろ!」

「い、嫌だね。ゴブリンに殺されるのは、普通に殺されるよりよっぽど惨たらしいんだ」

「そ、そうなんだな。ここは王国騎士隊が来るのを待つべきなんだな」


 こいつら、一体何時間後の話をしているんだ。

 あまりの怒りに噛み締めた唇から血が流れてきた。


「勇者パーティーがゴブリンに負けたなんて噂が立ったら、今後の活動に響くだろ?」

「勇者パーティーが違法植物でゴブリンを狂化させ、村一つ壊滅させたってことの方がよっぽどよくないだろ!」

「大丈夫大丈夫、言わなきゃバレない。お前もそんな大事にすんなって」

「ゴブリンに村が襲われるなんてよくある話なんだな」


 俺は保身に走るマルコの顔面を殴り飛ばした。


「ふべら!」

「死人が出てるんだぞ! ここはお前らの故郷だろうが!」

「「…………」」

「お前らは二度と勇者を名乗るな!」


 何も言えなくなるマルコたちを残し、俺は炎上する村へと走る。

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