第11話 ボンクラの逆恨み

 マルコとガイアが入ってきた瞬間、酒場がピリつく。


「相変わらずジジイしかいない湿気た村だな。おいマスター、角砂糖サイダー砂糖大盛りで」

「おれもなんだな」

「あと肉をくれ。腹が減った」

「肉なんかないよ。ウチは食材が安定供給される王都とは違うんでね」


 あれ? シカ肉あるのでは? と思ったが、恐らく(お前らにやる)肉なんかないよという意味だろう。


「ったく、本当によくそれで酒場名乗れるな」

「湿気すぎてカビが生えた村なんだな」


 二人は悪態をつきながらテーブル席に腰掛けると、周囲を見渡す。そこで俺と目と目が合う。


「おっ、雪村じゃないか。お前まだバカみたいに氷叩いてるのか?」

「叩いてるぞ。結構ヒビとかいっぱい入ってて、もしかしたら近いうちに割れるかもしれない」

「ははははは、ほんとにやってんのかよ。自分の母ちゃんかどうかもわからないのに」

「よくやるんだな、ウハハハハハ」


 二人がバカにした笑いをすると、酒場にいた村長や老人客たちがピリつく。

 マスターが炭酸サイダーの入った木製のマグを、テーブルにどんっと叩きつけるようにしておいた。


「おいなんだよ!」

「かかったんだな!」

「雪村をお前らみたいな、ごろつき勇者と一緒にするな」

「はぁ?」

「そうじゃ。この子は毎日一生懸命、母親を助けようとしとるんじゃ。お主らみたいに、勇者の名前で金稼ぎするような連中と一緒にせんでくれ」

「なんだとジジイ!」


 いきり立って村長の元に行こうとするマルコの前に、マスターが立ちふさがる。


「雪村は長くこの村を手伝ってくれている。この村でこいつに世話になってない住民はいないんだよ」

「それに比べ、お主達は幼少期から勇者の肩書を利用してやんちゃし放題じゃ。修行は投げ出す、母親は放置、外では詐欺行為。勇者が聞いて呆れるわ」


 マルコは老人たちの鋭い視線に舌打ちをすると、席に座り直した。


「たまに近く通ったから帰ってきたのにこれかよ。陰湿なジジイどもだぜ」

「全くなんだな」


 空気が悪い中、俺はマルコに声をかける。


「なぁマルコ、テミス知らないか? 最近来てないんだが」

「あぁ? オレたちもあんまり会ってねぇけど、多分魔術学院だ」

「学院?」

「テミスの母校で、魔法の師匠がいるんだよ。なんか覚えたい魔法があるときは、通いで習得やるんだ」

「なるほどな」

「そんなことより雪村、くだらねぇ氷割りなんかやめて、オレたちと仕事クエストしねぇか?」

「仕事?」

「ああ、運び屋だ」

「何を運ぶんだ?」

「そりゃわからねぇ、依頼主次第だ。ただ一回運ぶだけで、10万Bになる仕事もある」

「10万B!?」


 10万Bとは、成人男性が王都で働いて稼ぐ、約1ヶ月分の給料である。

 それをたった一回の運搬で稼げるなんて信じられなかった。


「それ絶対やばいやつだろ?」

「オレたちは、ただ言われたものを言われた場所に運ぶだけだ」

「まぁ草の種とかな、ぐふふ」


 それだけお金が貰える草の種とは、どう考えても栽培が規制されている禁忌植物で間違いない。


「やめた方がいいと思うぞ。それ捕まるやつだろ」

「草は違法、種は合法なんだな。ぐふふ」

「ぐふふってお前、それ完全にグレーゾーンだろ。絶対やめたほうがいいって、教会や騎士団に目をつけられるぞ」

「手っ取り早く金を稼いでるだけだろ? 何が悪いんだ」

「そういうのを闇バイトって言ってな、自分だけが良いって考えは後になって身を滅ぼすんだよ」 

「はぁ? 意味わかんねぇ説教かよ」

「説教じゃなくて忠告だ。母さんも泣くぞ」

「うるせぇな、奴隷が偉そうなこと言うんじゃねぇよ!」


 奴隷歴のある人間にとって”奴隷のくせに”は、最大の侮辱であり差別の言葉だった。

 村人も俺が奴隷として囚われていたことは知っており、優しさでそのことには触れないようにしてくれていた。

 そのタブーをあっさりと飛び越えてきたマルコたちに、村民たちのピリつきがピークに達する。


「おい、あんまり雪村バカにするなら他所行ってくれるか?」

「お主らが外で問題を起こすたびに、ワシらは肩身の狭い思いをしていた。母親を見に来るのじゃないなら、もうこの村には戻って来んでくれ」


 村長から出禁の言葉を言い渡されると、マルコはマグを床に叩きつけた。


「言われなくても二度とこんな村に帰るかよ! オレたちが世界を救った時、泣いて土下座するのはお前たちだぞ」

「謝ったって許さないんだもんな」

「行くぞガイア」


 二人は乱暴に扉を開けて、酒場を出ていった。


「お主らが世界を救うことなんてありえんよ」

「ったく、ボンクラ息子どもが。塩でもまいとくか」


 マスターは外に出て、本当に塩をまき始めた。



 酒場を出たマルコは苛立ちに満ちていた。


「くそっ、老いぼれ爺どもがよ!」

「マルコ、おれ面白いこと思いついたんだな」

「なんだよ?」

「今運んでるこの種って、モンスターが興奮化するラレラレ草なんだな」


 ガイアは運搬を依頼された、植物の種が入った布袋を取りだす。

 パンパンに入った袋の中には、クルミほどの大きな種が少なくとも100個は入っているだろう。


「それがどうしたんだよ」

「こんなに種がいっぱいあるなら、一個くらいなくなってもわかんないんだな。それがたまたまゴブリンの巣の前に落ちたとしても」

「発芽して、匂いを吸ったゴブリン数匹が村を襲いに行くか……。ジジイどもを驚かせるには丁度いいな。オレたちをバカにした報いだ。よしやろうぜ」


 村民を逆恨みした二人は、村の近くにあるゴブリンの巣へと向かう。

 食い物の残骸だらけで汚い洞窟の前に、ラレラレ草の種を植える。


「依頼主が、こいつは日に当てると30分程度で発芽するから気をつけろって言ってたな」

「そんなすぐ発芽すんのかな?」


 二人が見ていると、種はあっという間に芽を出し、ニョキニョキと蔦が伸びていく。その成長スピードは早いというより異常で、まるで地を這う蛇のようだ。

 蔦から伸びる葉っぱには、禁止薬物の元となるピンク色の蕾が次々に実っていく。


「うお、やばっ!?」

「よ、予想より成長が早いんだもんな!?」

「やばいぞ、さすがに伸びすぎだ!」

「モジャモジャになってきたんだな」

「これ、もしかして陽の光を遮らないと無限にのびていくんじゃないか!?」

「マ、マルコやばいだもんな。巣からゴブリンが出てきたもんな」


 二人が巣の前で騒いでいたせいで、真っ暗な洞窟から緑色の体色をした小鬼が数匹姿を現す。


「くそっ、ファイアアロー!」


 さすがに無限に生え続けるラレラレ草に恐怖を覚え、マルコは火魔法で焼き払うことにした。


「ダメだ、失敗だ! ゴブリンがこっちに来る前に逃げるぞ!」

「マルコ、草からピンクの煙が上がってるもんな」

「知るか、行くぞ!」


 興奮化成分のあるピンクの煙は、風に乗ってゴブリンの巣穴へと運ばれて行く。

 彼らはこの巣の中に、100匹以上のゴブリンがいるとは知らなかった。

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