第10話 黒い粒子

 氷砕きを再開して数日、週一回村にやって来ていたテミスの帰省ペースが3日に一回にアップしていた。


「お前暇なん? ずっとドリルしてるとこ眺めてるけど」

「別に暇じゃないけど」


 テミスはそう言うが、座って俺を眺めているだけなので暇にしか見えない。


「マルコたちはいいのか?」

「んー……わりと今絶縁状態だから」

「この前のあれでか?」

「そう。本当にあいつらデリカシーがないの。勇者の子っていう肩書が、あんなモンスターを作っちゃったのよ」

「まぁでも仲間なんだったら、これからもやっていかないとな」


 そう言うとテミスは「仲間ねぇ……」と大きなため息をつく。


「あ、あのさ……あんたお金なくて貧乏よね?」

「事実だけど、金ないやつに貧乏よね? って聞くと喧嘩になるぞ」

「だったら、あたしとクエスト行かない? 王都にあるギルドで受けてきた、ダンジョン攻略がいくつかあるんだけど。あんた前衛で、あたし後衛」

「いいけど、俺ダンジョン攻略とかやったことないからな」

「ようは迷路みたいな洞窟や塔とかに入って、お宝見つけてきたり、ターゲットとなるモンスターを倒すだけよ。言ってあたしもそこまで経験ないから」


 それじゃ行きましょうというテミスと共に、俺は初めてのダンジョン攻略へと向かう。



 翌日――攻略が終わり、氷の前へと戻ってきた俺は、昨日あった出来事を母に伝える。


「びっくりしたよ。昨日テミスと初めてダンジョンに行ってきたんだけど、ダンジョンって生き物なんだってね。死んだ冒険者のエネルギーを吸って、新たな階層を作ったり部屋を作ったりしてるって聞いて怖くなったよ。ダンジョンがでかければでかいほど、そこで人が死んでるってことなんだね」


 ダンジョン初攻略の俺は、興奮気味に状況を伝える。


「石の塔ってところに行ってきたんだけど、テミスがわざとやってんのかっていうくらいトラップに引っかかって大変だったよ。中でも階層が全部真っ暗になるトラップは、めちゃくちゃビビった。テミスが、あたし暗いのダメなのよねとか言い出してずっとくっついて歩いたよ」


 なんで俺興奮してるんだろうって冷静になって考えたら、多分初めてファンタジー世界でファンタジーっぽいことしてるからだろうな。


「まぁそのおかげで、Eパワーがめちゃくちゃチャージできた」


 へっぴり腰のテミスがずっと俺の腕を掴んだ状態で、密着してたからだと思う。

 俺は久しぶりにドリルの先端をピースメーカーに装着し、電源ボタンを押す。

 するとチュィィィンっと軽快な音をたてて、ドリルが高速回転する。


「こうやってドリルを試すの初めてだな。どれくらい削れんだろ」


 今回はエネルギー満タンなこともあり、力強くドリルが回転している。

 先端を氷に押し当てると、真っ黒い呪いの粒子が飛び散る。

 俺の顔や体にビチャビチャと黒い粒子が飛び散るのが鬱陶しいが、魔力粒子なのですぐに透明になって消えていく。


「おぉすごいぞー、ちっちゃいけど穴があいていく」


 約30%程エネルギーを使ったぐらいでドリルを止め、氷のHPゲージを確認する。


「おぉ!? 1万くらいダメージはいってないか!?」


 エネルギーゲージ30%で1万ってことは、100%の充電で約3万ほどのダメージを与えられるということである。


「凄い効率だ……あれ? でもちょっと待てよ、昨日丸1日かけてダンジョン潜ってたから、効率的にはそんなかわらないんじゃ……。いや、でも疲労なしでダメージを与えられるのは大きい」


 何よりたった30分ほどで1万ダメージを与えられるという、時間効率が良い。

 こうして俺はテミスとダンジョンに通ったりドリルしたり、農業したりドリルしたり、村長と修行したりドリルして更に半年が経った。


 一番最初に削氷を始めてはや1年、氷の耐久力は当初の3000万から2050万にまで減らしていた。

 10年かかると思われていたが、このままいけば3年で割ることが出来るかもしれない。

 なぜこれほど進みが良いかというと、氷のところどころにヒビが入り始めるとキラっと光る部位が現れたのだ。

 そこにドリルを打ち付けると10ダメージ以上はいることもあり、効率が跳ね上がった。


 テミスにこのことを相談すると、王都にあるスキル鑑定屋で鑑定してもらうことになった。

 鑑定職人によると【HP可視化】スキル以外に【弱点可視化】というスキルが備わっているとのこと。

 詳しくは敵のHPを一定以下にすることで、相手の弱点部位を見抜くことができるスキルらしい。

 光って見えるのは、その弱点が露出していることを意味していた。

 鑑定職人が言うには、【魔物観測情報ライブラ】のような魔法を使える魔物学者や、人体構造を熟知した医者が似たようなスキルを覚えることがあるらしいが、俺のような低年齢で覚えるのは極めて稀とのこと。


 そのスキルのおかげで氷の弱点を狙い続けた結果、わずか1年で1000万というダメージを与えることに成功。大きく時短することができていた。


 しかも――


「うぉっ!?」


 削氷してる最中、輝く弱点部位にドリルを打ち付けたところ、ビシッと激しい音をたて、縦割れのヒビが氷に入った。

 氷柱のHPバーには500万ものクリティカルダメージが入っていた。


「残りHP1500万……。こりゃ後1年、もしかしたらもっと早くに氷は割れるかもしれない……」


 俺はヒビが入った氷を見て笑みを浮かべる。

 会える、絶対に母に会えると。



 翌日、俺は村にある小さな酒場で腕休めをしていた。

 ゴールは着実に近づいている、しかしだからといって無理をすれば腕が壊れてしまう。

 酷使を続けている腕と肩は軋み、ドリルを振り下ろすたびに悲鳴をあげ続けている。

 他にも謎の体調不良を起こしていた。理由はわからないが、氷を叩いた時に出る黒い粒子を浴びた時・・・・・・・・・、特に調子が悪いような気がする。

 ここまで来たらじっくり、でも早く、安全に進めていこうと決めていた。


 軽食もやっている酒場でパンとチーズを食べていると、村長が5歳くらいの子供を二人連れてやってきた。

 名前はタンゴとワルツといって、村長の孫である。

 二人は俺を見つけると、駆け足で近づいてくる。


「キムラー!」

「キムラー!」

「雪村な。木村じゃないって何回言ったらわかるんだ?」

「「キムラー!」」


 もう木村でもいいかと思っていると、村長がフォッフォッフォっと顎髭を触りながら近づいてくる。


「タンゴとワルツは雪村のことが好きじゃな」

「そりゃそうだ、雪村はウチで砂糖菓子を買って子供にやってるからな」

「なんと」


 マスターに裏で子供たちを餌付けしていることをバラされ、俺は頬をかく。


「クエストでお金が入った時だけね……」

「そんなことで散財せんと、ちゃんと貯めておけ」

「キムラークワガタとってー」

「クワガタ―」

「おぉ、いいぞ。……ゴホッゴホッ」


 立ち上がろうとして、俺は二人の前で咳き込んでしまった。

 体調不良を察した村長は即座に配慮してくれる。


「タンゴ、ワルツ外で遊んでくるんじゃ。雪村はちょっと調子が悪いんじゃ」

「「はーい」」


 タンゴとワルツが外に出ると、村長とマスターは心配そうに俺を見る。


「雪村、お主は無理しすぎなんじゃ」

「そうだぜ、削氷順調なんだろ? ちょっと休んだらどうだ?」

「はい、でも……母が助けを待ってるんで」

「お主という男は……。後でウチに来るんじゃ、薬をやる」

「あんまり食ってないだろ? パンとシカ肉があるから後で持ってきな。飯食って体力回復させんだぞ」

「ありがとうございます」


 村長とマスターの配慮に感謝しかない。

 二人に頭を下げていると、店の扉がバンっと開かれた。

 乱暴に入ってきたのは、勇者の子マルコとガイアだ。

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