第9話 氷柱の母

 俺はドヤ顔するマルコとガイアを見て閃いた。


「おぉ! やった、これで効率が3倍になる!」

「なんだこいつ? 何一人ではしゃいでんだ?」

「君ら勇者の紋章を持っているんだろ? 俺と一緒にドリルしよう!」

「何言ってんだコイツ?」

「あぁちょっと説明が飛躍したな」


 俺は勇者の紋章を持つものならば、この氷を砕けるという旨を話す。


「――というわけで、勇者の紋章を持っている人間なら、この氷にダメージを与えて砕くことができるんだ」

「はぁ……ダメージを与えているという根拠はどこだよ?」

「彼、相手のHPが見えるのよ。氷柱の体力が数字として見えてるんだって」

「ははははは、面白いことを言うやつだな。やばい幻覚薬でもやってんのか?」

「本当だ、お前の頭の上にHP76という、勇者にしてはかなり低い数字が表示されている。そっちの戦士は98、前衛を張るには随分心もとない体力だ。君ら魔術師メイジのテミスよりHP低いぞ。大して鍛錬とかしてないだろ?」


 しかも半年前も多分これくらいのHPだったはずだ。つまりなんの成長もしていない。よっぽど修行が嫌いなんだろう。

 俺の言葉にマルコとガイアは、明らかに焦りの色を浮かべる。


「て、適当なことを言うな!」

「そ、そうなんだもんな! オレたちは強い勇者なんだもんな!」

「適当なことは言ってない。俺も勇者の子だからな」


 俺はピースメーカーに刻印された稲妻の紋章を見せる。

 だがマルコは、その機械化された腕を見て首をかしげた。


「確かに稲妻の紋章はあるが、なんだこの腕? 武装機械腕エクスアームか?」

「機械みたいなもんだが、産まれた時からついていた腕だ」

「「そんな奴いるかよ」」

「よく言われるが本当なんだ」

「大方紋章の形を知ってる機械技師が、その機械腕に掘っただけだろ?」

「それを自分の腕に装着して、勇者って言い張ってるだけなんだもんな」


 失せろ偽勇者と、ザコ勇者二人に言われる。

 しかしその意見をテミスが否定する。


「こいつの力は本物よ。雪村、ドリルで氷を叩いてみて」


 言われた通り氷を叩くと、黒い粒子が飛び散る。


「なんだこの黒い水は?」

「こいつの勇者の力が、魔王の障壁とぶつかりあって散ってるのよ」

「へー」

「胡散臭いんだな」


 魔王の封印魔法を物理で壊すというわりと凄い事を、マルコとガイアは大して信用した様子もなく、淡白な返事を返す。


「じゃあ仮にテメェが勇者の子だとしたら誰が母親なんだ? この稲妻の紋章は父親の紋章だ。当然母親の紋章も受け継いでいるはずだろ。ガイア見せてやれ」

「これがそうなんだもんな」


 ガイアは左腕に刻まれた紋章を見せる。曲線を描く二本の大きなツノを持つ、雄牛の顔に見える紋章。

 これは戦士ヴィクトリアの力の紋章であり、彼が勇者とヴィクトリアの間にできた子供であるという証明だった。


「母は……わからない。もしかしたら背中に紋章があったのかもしれないが、消えてしまった」

「紋章が消えることなんかねぇよ、嘘をつくな」

「嘘じゃない」


 俺は自分の着ている上着を脱ぎ、上半身裸になる。

 その背中を見て、全員が息を呑んだ。


「なんだこの傷は……」

「俺はここに来る前、奴隷として囚われていた。その時、奴隷商に拷問を受けた」


 俺の背中は、ズタズタという言葉がふさわしいくらいムチの跡だらけになっている。

 皮と肉を裂いた傷は、一生消えることなく残り続けるだろう。

 もしここに紋章があったとしても、判別することはできない。


「グ、グロいから早く服を着るんだな」

「ちょっとそんな酷いこと言わないでよ!」


 別に事実だから気にしていないが、テミスは俺のかわりに怒ってくれていた。


「ま、まぁでもわからないってことは、ないってことと一緒だよな」

「なんでそうなるのよ。こいつの力は明らかにハーフ勇者のあたしより高いわ」

「テミス、お前えらくお気に入りだな」

「そういうんじゃない。もしかしたら兄弟かもしれないってだけ」

「テミスはこいつに惚れてるんだな」

「別にオレたち、お前の男の趣味をどうこう言ったりしないぜ。ククククク」

「でも奴隷はやめたほうがいいんだな、フヒヒヒ」

「ほんとあんたらのそういうところ大っ嫌い!」


 前々からテミスからパーティー仲が悪いとは聞かされていたが、本当に仲が悪いんだな。


 話が脱線し二人が言い争いになりそうになったので、俺は仲裁に入る。


「まぁまぁ俺が兄弟かどうかなんて信用しなくてもいいから、目で見たものを信じてくれ。ほら、ここちょっと氷にヒビ入ってるだろ? 俺が氷を毎日叩いていたら、段々割れてきたんだ」

「確かに、少し入ってるもんな」

「元からあったんじゃねーの? ちょっと深いキズレベルだろ」

「このヒビは絶対もっと大きくなる。君らも一緒に氷を砕こう」


 俺とマルコとガイアの3人でやれば、3分の1の時間ですむと説明する。


「テメェの言うことを信じたとして、具体的に割れるまでどれくらいかかるんだよ?」

「俺一人だと氷一つ10年くらいだが、3人でやれば3年くらいですむ。だけど氷は2個あるから6年だな。勿論毎日8時間以上叩いてもらうぞ」

「バカバカしい」

「話にならないんだな」


 マルコとガイアは鼻で笑う。


「バカバカしい? たった3年で母親が一人助けられるかもしれないんだぞ?」

「あのな、こいつら・・・・が氷漬けにされたのはもう15年以上前の話なの。オレたちが物心つく前には氷の中だったわけよ。育ての親は別にいるし、今更氷を割ってどうなるわけ?」

「どうってお前、本当の母親に会いたいだろ?」

「別に」

「べ、別に!? 嘘だろ!? お前ら本当に勇者の子かよ!?」


 この世界では産みの親を助けようと思うのは、当然の反応じゃないのか!?


「だから育ての親は別にいるんだよ。今更本物の母親とか出てこられても困るわけ。オレもガイアもテミスも、全員母親は死んだものとして今まで生きてきたし」


 マルコのセリフに、最初テミスがこの洞窟にやって来た時、墓参りと言ったのを思い出した。

 彼らにとって、母親のことは既に決着して過去のことになってしまっているのだ。


「それに例え氷を割ったとしても、死んでる可能性が高いだろ」

「そんなの割ってみないとわからないだろ」

「お前相手のHPが見えるんだろ? 今HP見えないの?」


 俺は気になっていたところを突き刺される。

 確かに氷のHPは見えるが、肝心の閉じ込められている母親たちのHPは見えないのだ。

 それは氷によって隠されているのか、それともHPが0だから見えないのか。後者の可能性は、気づかないふりをしていたのだ。


「まぁお前も奴隷にされて辛い人生を送ってきたんだろうけど、氷のことなんか忘れて自分の人生送ったほうが良いぞ。一人で氷割るのに10年かかるらしいが、そんだけやって死体が出てきたらお前の人生本当に無意味だぞ?」

「生きてる可能性を捨てるのか?」

「可能性だけで言うなら死んでる方がよっぽど高い。それにお前、誰が自分の母親かわかってないんだろ?」

「……だから氷を割って、直接話を聞けば」

「お前両方ハズレの可能性考えてないだろ?」

「……両方ハズレ?」

「仮にお前の父親が勇者だとして、勇者パーティーは全員で11人だぞ」

「じゅう……いち?」

「そう。魔王に殺された勇者を除き、氷漬けにされた勇者パーティーは10人。しかも全員が女だ。勇者が封印された氷柱は、ここにあるので全部じゃない。世界各地に存在する」

「…………」


 俺も少しだけだが、おかしいとは思っていたのだ。閉じ込められているのが、戦士と僧侶だけ、これに勇者を含めた3人パーティーだとしたら随分と少ないなと思っていた。

 だが、他にもパーティーメンバーがいるとしたら、その疑問は解消される。


「ここにいる2人以外にも8人母親候補がいる。それ以外にも、お前の母親はただの娼婦だったという可能性もある」


 俺はぐらっと倒れそうになる。

 可能性だけで言うなら、マルコの言う通りこの中に自分の母親がいない確率のほうが高い。

 1人助けるために10年を費やしていたら、全員助けるには100年もかかってしまう。

 ミーティアとヴィクトリアのどちらかが自分の母親だと信じていたからこそ、孤独に氷を穿ち続けることができたが、もしかしたらどちらもハズレかもしれないと思うと話はかわってくる。


「ユキムラだっけ? テメェが望むならオレたちのパーティーの荷物持ちにしてやってもいいぞ」


 マルコは荷物持ちにしてバカにしてやろうという感じはなく、心底お情けで仕事やるから、無駄なことはやめろと言っているのだった。


「…………」


 しかし俺はドリルを握り直した。


「俺は……やるよ。氷を砕く」

「やれやれ好きにしろ。10年バカみたいに氷叩いてろよ」

「頭おかしい奴なんだもんな」


 そう残してマルコとガイアは洞窟から去っていった。


「雪村……」


 テミスは氷の前で立ち尽くした俺に近づくが、今は話したい気分じゃない。


「しばらく一人にしてくれ」

「…………」


 俺はその日、氷の前から動くことが出来ず、洞窟の中で一晩過ごすことになった。


 その翌日の朝、心配したテミスが再び洞窟を訪れた。

 その時にはガキンガキンと氷を叩く音が響いていた。


「……ドリル再開したんだ」

「あぁ、悩んでても仕方ないしドリルすることにした」

「誰が母親かわかんないのに……」

「あぁ、もうわかんないなら全員が自分の母親だと思って俺は氷を砕く」

「健気ね」

「マザコンなだけだ」


 そう言うと、二つの氷柱が一瞬光りを放つ。

 その光は弱々しいながらも、確かに母達の中から発せられたものだった。


「今光ったよな?」

「ええ、間違いなく。ママたち生きてるよきっと。あんたに早く助けてって言ってるんだと思う」

「ああ、頑張るさ」


 希望の光を見つけ、俺はドリルを氷に打ち付ける。

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