第8話 20%の女


 修行開始から半年後――


「ってな感じで、村長が新たな技を覚えたければギャルのパンティ持ってこいって言うんだ。村に若い子がいないってわかってるくせに」


 日も完全に暮れた頃、本日のドリルを終えた俺は氷の前に座って、日課となった今日の出来事を報告していた。


「母さんも食ったことあるのかな、ここの芋煮。美味しいんだ。昔はこんな芋煮嫌いって思ってたのにな。砂食って空腹紛らわせてた奴隷時代に比べたら、芋なんか超高級食材だよ」


 俺は持ってきた芋を口に含むと、芋の甘さが口の中に広がる。味があるって素晴らしい。


「村長が言ってたんだけど、年々芋が小さくなってるんだって。魔王が自然の力を歪めてるらしくて、土がどんどん硬く結晶みたいになってるらしい。このままだとこの世界は結晶化が進んで、生物が住めなくなるとか。母さんに再会できないまま死んだら嫌だな」


 俺は本日の雑談を終え、立ち上がって氷に「また明日来る」と伝える。

 振り返って馬小屋マイホームに帰ろうとすると、洞窟の隅っこにテミスがしゃがみこんでこちらの様子を伺っていた。


「何やってんだお前?」


 彼女はマルコという真の勇者たちと行動を共にしているのだが、最近は週に1回くらいのペースで村に帰ってきて俺と話をしている。

 村長の話だと、前まで月1回帰るくらいのペースだったが、どうやら俺を監視するために帰省頻度を高めているらしい。


「いや、こっちのセリフよ。あんたが氷に話しかけはじめて、いよいよやばくなっちゃったんじゃないかって」

「そのマジやべぇ奴を見る目やめろ」

「もしかして、あたしが知らないだけで氷に語りかけるの毎日やってるの?」

「この半年毎日やってるが?」

「うーわ、こっわ」

「怖いとか言うな。母との大事な会話だ」

「あんたってさマザコンなの?」

「バカにしにきたのか!」


 この半年で、これくらいの軽口は叩ける仲になっていた。

 俺も同年代の女子と話せる機会は少ないので、この週1回の定例報告回みたいなのは嫌いじゃなかった。


「ねぇなんか食べ物持ってない? 王都でクエストこなしてから直帰してきたのよね」

「貧乏人からむしるなよ。芋がある」

「頂戴」

「生だぞ」

「焼けばいいじゃん」


 テミスは氷の前に薪となる枝を持ってきて、火魔法で焚き火を作る。

 俺は薄暗い洞窟を照らす火の中に芋を放り込んだ。

 長い枝を使って火中の芋を転がしていると、彼女は隣に座って焚き火を眺める。


「…………」

「どうした? いつもは会うとウチのパーティーは終わってるとか、勇者の皮を被った盗賊とか味方ディスが止まらないのに」

「……べっつに」

「やたら大人しいな」

「最近ふと考えるのよ、あたしがこうやってモンスターと戦ってる時も、あんたは氷叩いてんのかなって」

「ドリルしてる時も多いけど、村の手伝いしてるときも多い」

「知ってる。知り合いのお婆ちゃんが、あんたは真面目でいい子だって褒めてた」

「村に若いのが俺しかいないしな。俺の次に若いのが酒場のマスター68歳だし」

「限界村すぎるわね」


 話をしている最中もテミスはずっと落ち着かない様子で、チラチラとこちらを見てくる。


「お前ほんとどうした? ケガでもしたか?」

「違うわよ……。あんたがこれだけ毎日一生懸命氷を砕こうとしてさ、真剣だってことを理解したから」

「したから?」

「あのーそのー……あれよ……前言ってたじゃん」

「何を?」

「チャージ的な」

「チャージ?」

「エロパワーで充電するアレよ! わかるでしょ!」

「……あっ、もしかしてお前パンツ見せに――」


 来たのか? と言いかけた瞬間、俺の鳩尾に膝蹴りが入る。


「人を痴女みたいに言うなバカ! ……協力したほうが、早く氷が砕けるかなと思っただけ! 本当は3ヶ月目くらいでいいかなとは思ってたんだけど、自分から言い出しにくくてズルズル時間経っちゃったのよね」


 テミスはゴニョゴニョと誰かに言い訳するように呟くと、スカートのポケットに手を入れ薄布を取り出す。

 彼女の羞恥で染まった赤い顔を見れば、その黒色の三角形が何かは言わずともわかる。


「これでチャージできるんじゃないの?」

「お、おぉ……ギャルのパンティだ。村長がもってこいって言ってたんだ」

「村長に渡したら蹴り殺すわよ」

「お前……もしかして今穿いてないのか?」

「穿いてるわよ! それは予備よ予備!」


 ありがてぇなと思いながらパンツを受け取って広げてみる。

 シンプルながらもレースの装飾とフロント部に赤のリボンがついている、色も黒でセクシーだと思う。

 だが、予想外にピースメーカーの興奮度エレクトチャージ率が悪い。

 満タンには程遠い、20%充電された程度で止まってしまった。


「全然充電されてなくない?」

「まぁ……パンツを手に持った程度の興奮度エレクトなんて、これくらいかなって感じだが」


 パンツ自体も前回見たやつだし。


「勇気を持ってパンツ渡したのに、これじゃ大して興奮しないって言われると結構屈辱ね」

「大丈夫だよ。これだけでも十分ありがたいって」

「なんかムカつくわね。もっとハァハァしながら頭に被ったりしてEゲージ貯めなさいよ」

「大丈夫、これから20%の女とか言わないから」

「ちょっと待って真剣にムカつくんだけど。どうやったら上がるのコレ?」

「まぁ脱ぎたてとかだとガツンと上がると思うけど。大丈夫、無理すんなって」


 最近こいつの性格がわかってきたのだが、無理するなとか負けてもしょうがないよ、とか言うと(お前には)できなくてもしょうがないよと脳内変換されるらしく、そっちの方がプライドを傷つけられて熱くなる。だからわざと俺は大丈夫を連呼している。


「待って脱ぐわ」

「いいっていいって、こっちも無茶してほしくないし」

「いやいい脱ぐ、本気でムカつく。マジで絶対100%まで充電させる」


 そう言ってテミスはスカートの下に手を入れると、ゆっくりとパンツを下ろしていく。

 彼女の顔が赤いのは羞恥からか、それとも焚き火に照らされているからか。

 その光景だけで、ピースメーカーのEゲージは40%まで充電されていた。

 黒いパンツが太ももまで姿を現したときだった、突然後ろから男の声が響く。


「おいテミス、こんなとこで何やってんだ?」


 振り返ると、そこにいたのは以前王都で出会ったザコ勇者マルコ(本物)とザコ戦士(本物)である。


 テミスはさっとパンツを穿き直し、何事もなかったかのように振る舞う。


「べつに、何でもないけど」


 そりゃ今からパンツ脱いで、俺をエレクトさせようとしていたとは言えないだろう。


「なんだ逢引かよ。オレはてっきり男に興味ないのかと思ってたぜ」

「周りの男が終わってるからそう見えただけよ」

「おいおい、同じ勇者の紋章を持つ兄弟に辛辣だな」


 俺は兄弟と言ったマルコとテミスを交互に見やる。


「王都で一回見たでしょ、勇者のマルコと戦士ガイア。二人共、正真正銘勇者の血を引く子供よ」

「本物の勇者……」


 こいつがゲームヴァルキリーマムで、主人公が持つ紋章を宿す男。

 王都で会った時のほがらかな笑みは営業スマイルだったのか、今は人を見下した目をしており威圧的な態度が見える。


「そう、オレこそが魔王を一度倒した勇者の子。見ろ、その証である稲妻の紋章を」


 マルコとガイアは、手の甲に刻印された稲妻の紋章を見せる。


「勇者が二人……」


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