第2話 スキルダーツ
「目を覚まして下さい――」
「……」
雪村は誰かの声に呼ばれ、目を覚ます。
泥みたいに重かった体が徐々に覚醒していく。
「誰……?」
「堺雪村さん」
体を起こして立ち上がると、そこには神々しい光を放つ美人の姿があった。
長く美しい栗色の髪に、たわわな胸の谷間を見せつける古代ローマ人のような白い薄布の服。瞳を深く閉じ、膝を揃え長い背もたれの石椅子に座る。
一目で彼女が通常の人間ではないことを理解した雪村は、これは……まさか……と後ずさる。
「私の名は異世界転生女神、ヘルアンドヘヴンです」
女神のわりに名前の圧が凄い。
雪村は自身の体を確認すると、先程部屋にいたときと同じ制服姿である。
自称女神が手をかざすと、空中に幾何学的な文字が並ぶ。
「堺雪村さん、貴方は先程死に短い人生に幕を閉じました。死因は……死因は……ぶほっ」
わりと清楚そうな女神は、死因を読み上げようとして吹き出す。
「し、死因は……電動オナホ使用中、オナホ爆発によって死亡、オナホボカンです」
そりゃ笑うなというのが無理がある。
「現在駆けつけたあなたの親戚一同が、警察から死因を聞かされ、笑ってはいけない検死結果になっています」
「人の死体の前で、年末のバラエティみたいになってるじゃないか……」
女神は必死に笑いを噛み殺しながら話を進める。
「私は若くして、あまりにも面白く……ではなく、あまりにも悲しい死を迎えた人を、記憶を引き継いだ状態で別世界へと転生させてあげようとしています」
「異世界ってもしかして、ファンタジックな剣と魔法の世界に?」
「望むのであればそういう世界に転生させても構いません。もちろん、貴方がこのまま面白……安らかな死を受け入れるというのであれば、通常転生枠にまわしても構いません」
「通常転生枠というのは?」
「もう一度地球に転生することができますが、記憶は消え一体何の動物に転生するかもわかりません。鳥や犬かもしれませんし、あなた達が嫌う害虫になることもあります」
「もう一度人間になる可能性は?」
「えっとですね、今確率を調べるからちょっと待ってください」
女神は空中に浮かんだ文字をスワイプ(?)させると、別の資料が映し出される。
「えぇっと、貴方は20代未満で死んでるので、再転生ボーナスが1%加算、悪行等の履歴もありませんので+1%……あとは特に確率変動する項目はありませんし……2,000000031%ですね」
雪村は、なんだその極悪ガチャみたいな確率と顔をしかめる。
「ボーナスなかったら、0.00000031%しか人間に転生できないんですか?」
「はい、皆さん漫然と生きてる方多いですが、人間に生まれた奇跡を噛み締めながら生きた方がいいですよ。あっ、すみません死んだ雪村さんに言っても意味ないですね」
くすっと笑う女神。女神のキレキレのブラックジョークに口元が引きつってしまう。
「ちなみに一番転生する可能性が高い生き物ってなんですか?」
「地球ですと蟻か蚊ですね」
「やっぱり母数が多い生物に転生しやすいのか……」
「3番手だとエビ状の微生物ですが、どうします?」
「別世界に行きます」
「ですよね。では、あなたに一つだけ能力を授けます」
「おぉ、チート系異世界転生みたいだ」
女神がパンっと手を打つと、何もなかった足元から突如ルーレット台が出現する。
カラフルな色分けをされ、安っぽい電飾を施されたそれはどこかで見たことがある。
「これは?」
「スキルダーツ台です」
「スキルダーツ台?」
「今から雪村さんにはダーツを投げてもらい、当たった能力が付与されます」
「普通こういうのって能力選ばせてくれるのでは? こんな旅番組的なノリで決めるものなんですか?」
「雪村さんが言っている普通というのがよくわかりませんが、転生はいつもこうやって行われていますよ?」
「そ、そうなんですか……」
雪村がルーレットを見やると、そこには全ての攻撃を無効化、最上位火炎魔法、ドラゴン召喚、目からビームなど夢のある能力が並んでいる。
ただその中で、ラップが上手くなるとか、パティシエになれるとか、おおよそ異世界に関係なさそうなハズレ枠が存在している。
「では行きますよ」
女神はルーレットの端を持って、勢いよく回転させる。
すると雪村の手中に金色のダーツが出現した。
ルーレットの回転が早く、狙ってスキルを得るというのが難しい。
「……まずいなパティシエに当たると、異世界でケーキ作る以外に物語の広げようがない」
雪村の頭に『異世界パティシエ』や、『異世界ラッパー』という、異世界じゃなくてもできそうなラノベの表紙が浮かぶ。
大きく一度深呼吸した後、人生のタイトルが決まるダーツを放り投げる。
「どりゃああああっ!」
金色の矢は、勢いよくカッと音をたてて突き刺さった。
命中したスキルは――
「えーっとこれは……敵のHPを可視化ですね」
「なんですかそれ?」
「名前の通りのスキルですよ」
ルーレットが消えると、雪村の体の中に淡い光の玉が吸い込まれていく。
すると、女神の頭上に緑色のHPバーが表示されるようになった。
「頭の上に緑のバーが見えます」
「体力やライフ、HPなど呼び方は様々ですが、この緑のバーはダメージを受けると減り、回復すると増えます。これが完全になくなると死んでしまいます。ちなみにあなたにも」
言われて上を見ると、雪村の頭上にも緑色のバーと40という数字が見える。
「40という数字は、体力をわかりやすく数値として表示したものです」
「これってアクションRPGや、オンラインゲームとかでわりとよくあるシステムでは?」
「はい、それがあなたの能力HP可視化です。HPバーは緑色だと友好対象、敵対している場合は赤で表示されます。また毒などの状態異常ダメージを受けている場合は黄色で表示されます」
「なるほど……」
一通り能力の説明を聞いて雪村は思った。
(は、ハズレくせぇ……)
無敵の肉体とか、強力な電撃が使えるとかベタに強い能力を欲していたが、結果は恐らく戦闘ではなんら役に立たないであろうHP可視化。
落胆するのも無理はなかった。
「あら、雪村さんどこか不服そうですね?」
「いや、不服というか……そうですね、ちょっと思ってた感じと違う能力になっちゃったので」
「じゃあそうですね……特別に武器を持って転生させてあげましょうか?」
「いいですね! チート武器! エクスカリバーください!」
「ちょっとそういうのはないんですけど、あなたの死因となったこの電動ホールを、右腕にくっつけるという能力を特別に付与しても構いません」
女神がパンっと手を打つと、あの時の電動ホールが彼女の手の中に出現する。
「なんでそんなことしようと思ったん? 今武器の話ですよね?」
「これ腕につけたら、ハンドキャノンみたいでカッコよくないですか?」
「アホかお前は。汚い6マンみたいになるわ」
雪村の頭に右手がバスターになったヒーローや、満天堂で活躍するメトロイト的キャラが浮かぶ。
「いりませんか? ちゃんと不具合の熱暴走も直しておきましたが」
「結構です。俺の異世界生活、どうやってもコメディから抜け出せなくなるんで」
「残念ですね……」
わりと本気で残念がっている女神に、本当に彼女の言うことを聞いて大丈夫なのだろうか? と不安になる雪村だった。
「じゃあ武器はなしでいいですか?」
「はい、そんなデバフつけられるくらいなら無しでいいです」
「では最後に、あなたが転生する世界ですが……」
「まさかそれもダーツで決めるとか言いませんよね?」
「もちろん。惑星ファウンデリアにしましょう」
「え? 惑星ファウンデリアってヴァルキリーマムの世界じゃ」
「そうです。中世ヨーロッパ的世界で、魔法やモンスターが存在します。あなたをそこで、ヴァルキリーの子供として転生させます」
「ちょっと待って、ヴァルキリーマムってゲームじゃ」
「転生が始まりますよ」
質問する間もなく雪村の体が光に包まれ、別の空間へとワープしていく。
彼の体が消え去る直前、女神の唇が動いた「良いママに会えるといいですね」そう言った気がする。
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