第9話恋人

学生にとっての休日である土日が訪れていた。

朝早くに目を覚ました僕は昨日の間にカナリアへ誘いの言葉を口にしていればよかったと軽く後悔していた。

スマホを手にした僕はどの様にして休日もデートに誘えば良いのか迷っていた。

何度も文字を打っては消すを繰り返す僕は情けなく根性がないように思えるだろう。

けれどそれほど本気なのだ。

僕は今回の件で初めて自分の中で抱く感情に正面から向き合っていた。

恋をしてきたことはいくらかあったはずだ。

だがそのどれとも今回の件は違う感情に思えた。

僕はどうしてもカナリアを幸せにしたい。

僕もカナリアと居られたら幸せだって思える。

そんな双方向に伸びていく感情に気が付いた時。

僕はきっと此処から先、カナリアのことを愛するのだろうと簡単に思った。

まだ出会って数日でカナリアの全てを知っているとは言えない。

僕の知らない顔も僕の知らない一面もいくらでもあるはずだ。

でもきっと僕はそれを知ってもカナリアを最終的に愛するのだろう。

そんな未来が見えたような錯覚を覚えた僕はチャットを送るのでは無く思い切って電話を掛けてみることにした。

数回のコールの末にカナリアは電話に出る。

「おはよう。私も連絡しようと思っていたところだったの!すごい偶然だね!」

「おはよう。今日も出掛けない?」

「うん!何処に連れて行ってくれる?」

「えっと…思い出の場所に連れていきたいんだ。ただの公園なんだけどね」

「公園?良いよ。侍のこともっと知りたいからっ♡」

「ありがとう。じゃあ正午に集合でいいかな?」

「えっと…もう支度が済んでいるんだけど…」

「そうなの?じゃあうちに来ておく?」

「良いの?ご両親は?」

「今日も仕事に行ったよ」

「そう。じゃあお邪魔していてもいいかな?」

「良いよ。僕は少しだけ支度を済ませるから。ちょっとだけ待ってもらうことになるけど」

「うん。大丈夫。すぐに向かうね」

「了解」

そこで電話を切ると僕はすぐに支度を整えるために階下に向かう。

数分が経過するとカナリアは僕の家に訪れてリビングのソファに腰掛けていた。

僕もカナリアも少しだけ気まずいと言うか、ぎこちない雰囲気に包まれていた。

もしかしたらカナリアに告白することがバレているのかもしれない。

カナリアも僕と同じ気持ちなのだろうか。

二人して気恥ずかしいような態度で無言の状態が続いていた。

支度が整うと僕はカナリアに声を掛ける。

「支度が済んだよ。早いけど…もう出る?」

僕の言葉にカナリアは静かに頷くと白い肌が少しだけ赤く染まっているように思えた。

僕とカナリアは外に出るとそのまま駅の方角へと向けて歩いていく。

全くどの様な流れだったのか理解できないが…。

隣を歩いている僕らは手が触れるとどちらからともなく手を握りあった。

本日は会話もない僕らは歩いて目的地に向かっていた。

お互いの手の温もりを感じながら目的地である公園にたどり着く。

人気はまるで無く過疎化している公園のベンチに腰掛けて二人きりの時間が過ぎようとしていた。

「思い出の公園って?」

カナリアが先んじて口を開くので僕は何と言えば良いのか分からなかったが正直に口を開く。

「まりを助けたのはこの公園なんだ」

僕の言葉にカナリアはウンウンと頷いている。

「僕はあの時、初めて他人の役に立ったというか…他人のために自然と体が動いたんだ。なんて言えば良いのかな…そんな幼い頃の自分の正義感から来る行動を今でも誇りに思っているんだよ。だから僕にとってこの場所は思い出の公園で…でもその思い出の場所をもっと良い思い出の場所に更新したいんだ。だから今日はここにカナリアを連れてきたんだ」

「………どうして私を連れてきたかったの?どの様にして思い出を更新したいの?」

カナリアは僕を導くように最終的な言葉を待っていた。

僕は意を決するとカナリアのことを真っ直ぐに見つめて告白の言葉を口にする。

「僕は…初めてカナリアを見た時…なんてきれいな人間が居るんだって感動した。そんなカナリアと僕は何の因果か分からないけれど仲良くなることが出来た。僕はもう次のステージに向かいたい。この感情を抱えたまま友達だけの関係ではいられない。カナリアも同じ気持ちだったら僕は本当に嬉しいよ。この上ないほどに光栄だ。だから付き合ってほしい」

僕の短くも長くもない告白の言葉をカナリアは存分に噛みしめるように今を堪能していた。

「私も同じ気持ち…だから…付き合いたい…恋人になりたい…良いかな?♡」

気恥ずかしいけれど甘えるように僕のことを上目遣いで見るカナリアを抱きしめると僕は思い出の場所でカナリアと初めてのキスをした。

僕の中の思い出は更新されていきカナリアにとっても思い出の場所になってくれたら幸いだ。

「ありがとう。私を見つけてくれて…」

「僕こそ。最初からフランクに話しかけてくれて…本当に嬉しかったよ」

僕らは再び抱き合うとお互いの体温を感じていた。

だが急に腹の虫が鳴くと僕らは現在時刻が正午あたりであることに気付く。

「お昼にしようか」

「うん。今日は何処に連れて行ってくれるの?」

「今日は…」

そうして恋人になっても僕らの本質的な関係性は変わらずに本日もカナリアをおすすめの場所に案内するのであった。

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