第8話角屋の妖怪?
今朝の出来事があったせいと言うわけではないのだが…。
カナリアは本日の授業中少しだけ大人しいように思えた。
いつもだったら授業でわからないところがあるとすぐに隣の僕に質問してくるのだが本日はそれが一度もない。
少しだけ不安に思った僕はカナリアに声を掛ける。
「わからない所無い?」
僕の言葉を受けてカナリアは複雑そうな表情を浮かべる。
「何?遠慮しないでいつもみたいに聞いてよ」
もう一押ししてみてもカナリアは少し俯くだけだった。
そんなときは少しだけ引いてみることも大切だと何かで読んだような気がした。
それを思い出した僕は声を掛けるのをやめてノートの切れ端に文字を書いてカナリアに手渡す。
「どうしたの?やっぱり朝のことが気がかり?」
そんな簡易的な手紙にカナリアはどうやら返事を書いているようだった。
「尺寺院家とは立場が違うから一緒になれないって話だった?」
カナリアからの返事に僕は彼女が何に引っかかっているのか理解できないでいた。
「そうだよ。相手の両親に避けるようにお願いされているから」
「じゃあ…もしも同じ立場だったら付き合っていたの?」
なるほどと僕はカナリアが不安になっている正体に遅ればせながら気付く。
「そういうわけじゃないよ。単純な話で…恋愛関係に発展しなかったんだ。僕は普通にまりのことを面倒で手の掛かる後輩としか思えなくて…」
「もしも…私も向こうでは少しだけ立場が上な存在だと知ったら…どう思う?」
カナリアはここでもしもの話を入れ込んできて僕は首を傾げざるを得なかった。
「そのもしもの話に意味があるかは分からないけど…僕はカナリアと特別に仲良くなりたいって思うはずだよ。僕からももしもの話をするけれど…。僕がカナリアが一年間通っていた向こうの高校に転校したとして…僕はカナリアを一目みて…すぐに特別仲良くなりたいって感じたはずだよ」
殆ど告白のような言葉を文字にして書き記すとカナリアはやっと破顔して何かを許してくれたようだった。
カナリアは机をずいっと僕の方に寄せて一緒に教科書を見るとすぐに質問してくる。
「これはどういう意味なの?教えて?侍っ♡」
やっと本調子に戻ったカナリアに僕はほっと胸をなでおろすと、そこから一日分の会話を取り戻すように仲良く過ごすのであった。
そして放課後がやってきて。
僕とカナリアは揃って校門を抜ける。
「今日は何処に連れて行ってくれるの?」
期待の眼差しを僕に向けるカナリアにどの様に応えたら良いのか、近頃はそんな事をずっと考え続けている日々だった。
僕はきっと自分の気持ちに気付き始めている。
ただ少しだけ臆病になっているのは確かだ。
こんなに仲良くなれたのに…。
僕の勘違いで全てが終わってしまうのは非常にもったいない。
もしも終わらないで僕らの関係が別のステージに発展したとしたら…。
そんな事を考えては頭を振って正気を取り戻していた。
「どうしたの?侍?今日は何か変だよ?」
カナリアの言葉に優しい笑みを向けると首を左右に振って誤魔化した。
「今日は…そうだな…。駄菓子屋に行ってみようか。安価で結構楽しめる場所なんだ。僕らが子供の頃に毎日のように通った場所なんだよ」
「出た!アニメで見たわ!駄菓子!一度行ってみたかったの!」
「そっか。こっちの子供には馴染み深くて。ユニークな商品もあるから。結構な時間を潰せると思うよ」
「そうなのね!やっと行けるわ!夢が叶ったみたい!」
カナリアは明らかに口調が変わったようで、それはハイテンションによって引き起こされた事象のようだった。
僕とカナリアは駅の方角に向けて歩き出す。
商店街には入らずに一本先の通りを曲がった場所にある駄菓子屋を目指した。
「ここにはよく来たんだ。角にあるから通称角屋って言うんだ。おじいちゃんとおばあちゃんが二人で経営しているんだけど。僕の両親が子供の頃からあるんだって。凄く昔からある場所なんだよ。不思議じゃない?」
「へぇ〜!そんなに歴史のある場所なのね!素敵!」
僕とカナリアは角屋に入っていくと奥の方からおじいちゃんとおばあちゃんが出てくる。
「あぁ…ばあさん。迎えが来たようだ…」
「そうね。おじいさん。天使様が迎えに来てくれたわ」
二人は阿吽の呼吸でその様なやり取りを繰り広げてカナリアに手を合わせていた。
「おじいちゃんおばあちゃん。カナリアは天使様じゃないよ。まだまだ長生きしてくれないと子どもたちが困るよ」
僕は二人に向けてツッコミのようなものを繰り広げる。
二人は僕を見ると驚いたような仕草を取った。
「なんだ。四楼か。って…こんな美人さんと知り合いになれたのかい?」
おばあちゃんはカナリアをまじまじと見つめておりおじちゃんもウンウンと頷いている。
「この店を初めて何十年経ったか…そんなことは忘れてしまったが…今まで来たお客様の中で一番の美人さんだわな」
おじいちゃんもカナリアの美貌を褒めるとおばあちゃんも納得したように頷く。
「冥土の土産になったわね。今まで出会った女性の中で一番の美人さんだ。天使様と間違えるほどにね。四楼。あんたはちゃんとこの娘を捕まえておくんだよ?逃げられたら今後の人生で恋人ができないと思ったほうが良いよ」
おばあちゃんは縁起の悪いことを言うとぐさりと胸に刺さる言葉を投げかけてくる。
「分かってるけど…本人がいる前で言わないでよ…」
「なんだ。その気なんかい…。やめておけ。お前には高嶺の花過ぎる。分不相応なことをすると後でしっぺ返しが来る」
おじいちゃんは呆れるようにお節介なことを言うので僕はいつものように苦笑して応える。
「いえ。私は四楼が良いです。私だけの侍なんです!」
だが何故か口を挟んだのはカナリアの方でおじいちゃんもおばあちゃんも驚きの表情を隠せずにいた。
「こりゃ参った…あの鼻垂れ小僧だった四楼を好いてくれる人が現れる日が来るなんてな…今日はサービスだ。三百円までなら勝手に持っていきな」
「え…そんなつもりで言ったわけでは…」
カナリアは困ったような表情浮かべていたが僕らは昔からの付き合いだったのでそれに甘えることにする。
「おじいちゃんおばあちゃんが言うんだから良いんだよ。素直に甘えておこ」
「そうなの?」
「そうそう。人の善意は素直に受け取りなさい」
おばあちゃんが締めの言葉を口にして店の奥に引っ込んでいくと僕らは三百円分の駄菓子を選んでレジまで持っていく。
レジの番台にはおじいちゃんが座っており袋の用意をしていた。
「うん。ちゃんと三百円分だな。じゃあまたおいで」
「長生きしてよ。頼むよ」
「言われなくても後三百年は生きる」
「ふっ。冗談言えるんだから大丈夫だね。じゃあまたね」
「あぁ。気を付けて帰りなさい」
手を振って角屋を出ていくとカナリアは不思議そうな表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「え…だって…後三百年生きるって…それって…妖怪ってこと!?」
おじいちゃんなりのジョークを本気にしてしまったカナリアに僕は苦笑すると誂う訳では無いが僕もジョークで応えた。
「かもね。妖怪は何処にでも居るらしいから」
「え!?そうなの!?」
「そうだったら楽しいよね」
他愛のない会話を繰り返して僕らは駅の近くの公園のベンチで駄菓子を広げて食べていく。
「凄い!こんなに伸びる!なにこれ!」
カナリアは水飴を割り箸でくねくねして引き伸ばして楽しんでいた。
「食べてみなよ。凄く甘くて…歯にへばり付いたのを舌で取るまでが一連の流れだから」
「え?歯にへばりつくの?」
「うん。百聞は一見にしかずだよ。楽しんでみな」
そうしてカナリアは水飴を口の中に入れてその甘味に感激しながら最終的に歯にへばり付いているのを舌で取っているようだった。
「あんまり今の顔を見ないで…」
「なんで?可愛いよ」
「そんなことない。鏡見なくても分かるから…」
「いやいや。本当に可愛いって。心配ないよ」
「嘘…そんな言葉信じないんだから…」
このやり取りは何だと自分でも思ってしまう。
このイチャつきで僕とカナリアは付き合っていないのだから不思議で仕方がない。
今がいつまでも永遠に続けばいいと思っていた。
この心地の良い時間を僕らだけのものにして二人だけの空間に閉じこもっていたかった。
それぐらい今を本気で堪能しているのだ。
全力で僕とカナリアは今を楽しんでいる。
ずっとこの先も一緒に居たい。
そんな事を思った瞬間…。
僕は次のデートでカナリアに告白しようと決心するのであった。
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