第二話 最後くらい、ぶちかましましょう
場:ウォルターフォード劇場の舞台稽古
BGMは入れない
SE:小さく聞こえてくる、大道具の作業音
『』→舞台稽古の劇中劇なので、演劇風発声で
キャラン『(間をおいて、真剣に)それは母の首飾り……コンラン卿、なぜあなたがお持ちですの?』
アーサー『(舞台向け発声ではあるが下手くそに)これはこれは人聞きの悪い。この首飾りは正当に私のものなのですよ』
キャラン『(真剣に)それは間違いなく、父が母に贈ったものですわ』
アーサー『(真剣さはわかるが無駄に力んでとても下手くそ)まさか! これは父が凶弾に倒れる前、結婚を考えていたメアリーという女性から贈られたものなのです』
キャラン「(被せて)アーサー! 大根にもほどがあるわ! ほんと最悪! こんなんで客に見せられるわけないじゃない! こんなのの相手役なんて、私に恥をかかす気なの? 今からでも他のやつに代えられないの?」
アレク「(舞台袖から出てきて)代えられないんだよなあ、それが。ほとんどタダ働きになるのがわかってて手ぇ挙げるやつぁいねえよ」
アーサー「ごめんキャラン、一生懸命やってはいるんだけど」
キャラン「一生懸命ってだけで人から金がとれるなら、今ごろここは王立劇場とタメ張れてるわよ! あーもう! アレク、あんたがやればよかったのに!」
アレク「俺はこの後コンラン卿殴る役だから無理つってるじゃん」
SE:女性がどんと足を踏み鳴らす音
キャラン「あたしは、こんなこんなクソダサへたへた劇に出るために親と縁切ってきたわけじゃないのよ! ああああ!」
アレク「キャラン、落ち着け」
SE:劇場のドアを開閉する音、パンパンと手を叩く音
アイリー「(貫禄たっぷりに)あなたたち、ちょっと休憩した方が良さそうね」
アーサー「あ、母さん」
キャラン「マダム、休憩する暇なんかありません! アーサーを人前に出せるレベルに仕上げないと、
アイリー「そうねえ、このまま上演したらウォルターフォード最後にして最大の駄作になりそうね」
アーサー「僕だって、自分が適役なんて全く思ってないよ! 人材がいないから仕方なくやってるんだよ!」
アイリー「仕方なくやる人間にやってもらいたくないわ。かわりにいい人材を連れてきたから紹介するわね。ファルカ・ヒッグスよ。仲良くやってちょうだい」
アーサー「えっ?! ミス・ヒッグス?」
ファルカ「アーサー……舞台で何やってんの?」
アーサー「先日話してた代役、結局見つからなくて……僕がやる羽目になったんです」
アイリー「あら、知り合いだったの? まあいいわ、ファルカ、ちょっと舞台に上がってくれる? このドアから袖に行けるから」
ファルカ「え? はい、マダム」
SE:舞台を歩く音
アイリー「(客席から呼びかけて)キャランの隣に立って」
ファルカ「(声を張って)こうですか、マダム」
アイリー「うん、声もいいわね。背もアーサーよりあるし……(客席から呼びかけて)ファルカ、ちょっと声を張ったまま低くできるかしら?」
ファルカ「(低く)これでいいですか」
アイリー「(客席から呼びかけて)その声でさっきあなたに読ませた台本の10ページ目、最初の台詞を言ってみて。真相を明かす探偵風にね」
ファルカ「10ページ目、えっと……『この首飾りの石は、ダイヤモンドではない。水晶だ』」
アーサー「え?! 僕よりずっとうまい!」
アレク「あれ? なかなかいいな……磨けば光りそうだ」
ファルカ「(こそこそと)アーサー、私、裏方やらせてもらえないかって話しに来たのよ。どういうことなの、これ」
アーサー「(こそこそと)あの人は僕の母で、実質的にここの総監督。母はあなたが気に入ったみたいです」
キャラン「マダム、ちょっと待ってください! また台本の読みあわせからスタートですか? ずぶの素人を主役に仕上げるんですよ? 間に合うんですか?」
アイリー「ファルカなら大丈夫」
キャラン「根拠は?」
アイリー「私の勘よ。アーサーよりもずっと姿勢がよくて見栄えがするわ。とても雰囲気があるわよ、アレク、そう思うでしょう?」
アレク「うーん、確かに。大急ぎで詰め込めばなんとかいけるかもしれません」
キャラン「正気なの?!」
アレク「アーサーが主演するよりひどいことにはならんだろ」
アーサー「確かに、誰が演じたって僕がやるより百倍ましだろうよ。でも、女性が男を演じるなんて、倒錯劇になってしまうじゃないか! フレンチカンカンと同列になってしまう。うちは正統派で通したかったのに」
アイリー「いい役者に男も女もないわ」
アーサー「母さん、マジで言ってんの」
アイリー「あなたは黙って、お金の計算と幕の繕いでもしてなさい。ファルカ、ドレス姿じゃ雰囲気が出ないし、キャランとの立ち姿のバランスが見たいから舞台裏でコンラン卿の衣装つけましょうか。私が化粧と髪をやるわ」
ファルカ「マジで? えっ、どうしようアーサー、どうしよう」
アーサー「ごめんなさい、ミス・ヒッグス。僕にもどうしたらいいかわかりません……」
アイリー「早くなさい!」
ファルカ「は、はいっ!」
SE:床を歩く音、カーテンの開閉音
場:舞台裏の控え室
アイリー「あなた背が高いのね。一応アーサーのサイズに直しておいたけど、少し丈を出した方が良さそうね」
ファルカ「(困りつつ、物おじせずに自分の意見を言って)……あのう、私、幕の操作とか大道具小道具の仕事がしたかったんですけど」
アイリー「だから?」
ファルカ「もしかして、私いきなり主演俳優にされかけてますか?」
アイリー「その通りよ。髪は下ろして後ろで一括りにしましょうか。長い方がノーブルでロマンチックだわ」
ファルカ「無理だと思います」
アイリー「一括りが?」
ファルカ「いえ、ずぶの素人が主演だなんて……あと二週間しかないんでしょう?」
アイリー「デイビー・スコットだって、モーリー・ヘンバートだってもともとずぶの素人で、一週間で主演を務めたのよ」
ファルカ「そういうすごい俳優と私を同列に語らないでください」
アイリー「彼らは『やってみないとわからない』という精神の持ち主だったわ。(間)……はい、できた。なかなかいいじゃない。あなた、客席から見たときも、近くで見ても華があるわ。歩き方も立ち居振る舞いも舞台向きよ。私の眼は間違ってない」
ファルカ「もし間違ってなければこの劇場がこんなに寂れることはありませんでしたよね?」
アイリー「(笑って)あなた、言うわねえ。でも、そういうところは嫌いじゃないわ」
ファルカ「どうも」
アイリー「世間が女優に求めるものは持たないけれど、男性役としてなら大成しそうな女優さんが、どの劇場でも涙を呑んでいる。もちろんその逆、最高の女性を演じきれそうな男優もよ。私ね、この歳になって思うんだけれど、最高のパフォーマンスができれば、性別なんてどうでもいいんじゃないかしら」
ファルカ「……ぶっ飛んでますね」
アイリー「女の思う最高の男性像とか、男の求める女性像とかって虚像でしかないけど、虚像だからこそ、違う性別にしかできないこともあると思うのよ。(笑って)今、この劇場はね、銀行の担保として差し押さえられそうなの。アーサーは頭が固くて、とにかく正統派で通したいみたいだけど、私は最後に冒険がしたいわ。冒険もしながら、正統派も満足させられるって言うことを証明したいの。あなた、手伝ってくれない?」
ファルカ「こんなど素人の私が、手伝えるんでしょうか」
アイリー「ええ、もちろん。(間)ねえ、ファルカ、さっきの台本、どう思ったか聞いてもいいかしら?」
ファルカ「ちょっとサスペンス風だけど心温まる素敵なお話でした。あ、亡くなったコードウェルさんは脚本を手掛けていらしたとか……もしかして、コードウェルさんの遺作ですか?」
アイリー「(笑って)表向きには夫が書いたことになってたわね」
ファルカ「じゃあ、脚本を書いていたのは?」
アイリー「私、アイリー・グロリア・コードウェルよ」
ファルカ「マダムが?」
アイリー「不思議よねえ、男が書いた脚本じゃないと、新聞や雑誌のレビューが辛辣になるの。他の劇場でも女性が書いたってだけで潰された作品はいくつもあるわ。夫はそういう偏見から庇って、自分の名前で私の脚本を発表してくれたの。でも私は、ずっと胸の奥がつっかえたような気分だった。だから、最後くらい、自分の名前で堂々と脚本を出したいのよ」
ファルカ「そうなんですか……」
アイリー「そりゃあ、芝居を成功させて劇場を続けたいし、役者たちを貧乏生活から抜け出させてあげたいわ。だけど、この劇場が消えるとき、これまで一生懸命やってくれた役者たちに負け犬の
ファルカ「マダム……」
アイリー「(笑って)ねえ、ファルカ、いい歳した私が何をいうかって思うでしょうけど、どうせこんな状況なんだから、ひとつ派手にぶちかましてみたい気分なの。アーサーにはわかってもらえないけれど」
ファルカ「わかります、マダム」
アイリー「じゃあ、舞台に立ってくれるってことね?」
ファルカ「(長めの間)……やってみます」
アイリー「ありがとう」
ファルカ「私がどこまでお役に立てるかわかりませんが、できるところまでがんばってみます」
アイリー「できるところまで、なんて言っていてはだめ。自分が自分であるという範囲を超えるイメージを持って。大事なことは、どれくらいトランスできるか、自分じゃない何かになりきれるかなのよ」
ファルカ「……多くの人生を生きるってことですね。なんだか、カレイドスコープを思い出しました」
アイリー「カレイドスコープはいい譬えね。王様、兵士、望み叶う人、夢破れた人……いろんな人間の視点が存在するから」
ファルカ「……不思議……急に頭の中がすっきりしてきました」
アイリー「ふふ、あなた、顔が変わったわ。イメージで顔つきまで変えられるということは、きっと役者に向いてるのね。ほら、そこのカーテンの陰にいるキャランもあなたに見惚れてるわよ」
ファルカ「え? キャランさんが?」
キャラン「お、遅いからちょっと見に来ただけで……」
アイリー「どう、ファルカの
キャラン「悪くはない、……と思います。でも、私を抱え上げたりするシーンもあるのに、女性で大丈夫なんですか?」
ファルカ「ちょっと失礼します」
SE:抱え上げる衣擦れの音
キャラン「きゃあ!」
ファルカ「あ、軽い軽い! うちでしょっちゅう運んでたアイアンのベンチよりずっと楽ですよ。ほら、このままでワルツくらいは踊れそう」
アイリー「ああ、このシーンはアーサーじゃあ目も当てられなかったわね」
キャラン「(ちょっとぼうっとして)ふえぇ……(正気を取り戻して、若干照れて)お、下ろしてよ! 目が回るじゃない」
SE:下ろす衣擦れの音、下りる靴音
ファルカ「あ、ごめんなさい、調子に乗ってしまって」
アイリー「キャラン、新しいコンラン卿はどう?」
キャラン「これは、その、(もじもじと)……一刻も早く仕込まないと……ですね」
アイリー「(可笑しそうに)なんですって」
キャラン「(ツンデレ風に)マダム、さっき、舞台で立ち姿のチェックをするって言ってましたよね! その後すぐに読み合わせに入りたいんですけど」
アイリー「気が早いわね。とはいえ、もう時間もないものね」
ファルカ「あのー、役作りとかは」
キャラン「(ツンデレ風に)そんなの、マダムと私がついてれば何とでもなるわよ!」
ファルカ「お手数かけます」
キャラン「(ツンデレ風に)とにかく、早く舞台に来なさいよ! 裏にいた連中もみんな呼んで、あんたが来るの待ち構えてるんだから!」
ファルカ「はい!」
アイリー「その気後れのなさはいいわねえ。もしこの劇場がなくなったとしても、あなたは役者として、多くの老若男女を魅了するわ、きっと」
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