私の幼馴染はヒーローだ


 幼馴染はヒーローだ。

 彼がヒーローに覚醒したのは5歳の頃。当時はその意味がよく分からなくて、ただ大人たちがみんな「すごいこと」だと言っていたからすごいことなんだと喜んで、彼を祝った。

 すぐに後悔したけれど。

「りゅうちゃんっ」

 真っ白い病室に入ると、包帯だらけの幼馴染がそこにいて、私が怪我をしたわけではないのに痛くて痛くてたまらなくて泣いてしまった。幼馴染もつられて泣いた。

 ヒーローに覚醒した人は、ヒーローとして魔物と戦うしかなくなる。それでもまだ子供だということで学校には在籍はしていたものの、彼はほとんど修行で学校に来ることはなく、幼少期の彼との記憶は傷だらけで「痛い」「つらい」と泣いている姿ばかりだ。

 そして私も、彼に向かって泣いてすがりついている記憶しかない。

(いや、今もか)

 手を胸の前に合わせ、目を瞑れば……幼少期より成長し、あっという間に魔物を倒していく彼の幻が見える。短い黒髪が風になびく姿が見える。見えるはずがない、幻。私の理想。

 彼がいるのは戦いの最前線であるゲート付近。私がいるのはそこから離れた自室。

 ただひたすらに、そこで彼の無事を祈り続けているだけの自分に、彼の姿が見えるはずはない。自分の理想を思い浮かべているだけだ。

 幻の中で彼は怪我をすることがほとんどない。異世界の生物、魔物と呼ばれる生き物の攻撃は彼に殆ど当たらないか当たったとしても傷にもならない。時折負った傷も覚醒者専用の回復アイテムですぐに治る。

 かなりの高級品らしいそのアイテムを幻の中の彼は構うことなく使い、怪我ひとつなく戦いを終わらせる。服も、特殊な素材でできていてしばらくすると修復される。

 そして実際に、中学に上がってからの彼はどこにも怪我をしている様子はなく帰ってくる。泣いているところなんて、もっと前から見ていない。

 最初は服に血がついていたり、服が破れていたりで心配したけれど、最近はそれすらない。完璧な状態で帰ってくる。

 明日、彼の家に顔を出せば何事もないような笑顔がそこに待っていることだろう。彼は笑顔が苦手だからやや引きつった、ちょっと怒ったような笑顔だけど。でも吊り上がり気味の鋭い目の奥には暖かい光が宿っているのを知っている。

 だから私も、何事もなかったように笑って出迎えなければならない。

「りゅうちゃん」

 優しい優しい幼馴染の幻は、倒した魔物をじっと見て目を閉じていた。

 魔物たちがどうして現れたのかはいまだに不明で、ただ彼らが自分たち人間を特に襲い、喰らおうとしているのはたしかだった。それに抗うべくヒーローの人たちは戦っているわけだけど、命を奪っていることには変わりなく……優しい幼馴染は自分の命を危険に晒しながらも、奪った命を背負っている。

『いやだ。いたいのも、ころすのもいやだ』

 そう泣いていた幼少期の彼の姿を知っていた。今はもう、私にはそんな姿は見せてくれないけれど、彼の優しさが変わっていないことを知っている。

――ご主人さまは無事に帰られましたよ。

 無事を祈り続けていると、体の下から不思議な声が頭に響く。目を開ければ、影が伸びて大きな犬のような獣が現れた。犬、というにはその毛並みは赤く燃えるようにうごめいていて、私よりも遥かに大きく、頭も2つあるけれど。

「そっか。教えてくれてありがとう、ケルちゃん」

 手を伸ばすと、2つの顔が競うように伸ばされたので。くすりと笑ってもう片方の手も伸ばし、頭を撫でる。

 炎のように不定形に蠢くその赤い身体は熱そうに見えて、ただ温かいくらいで、ふわふわとしている感触と相まって心地よい。

 ケルベロス、と呼称された魔物の彼(?彼女? 彼たち?)は気持ちよさそうに目を細めて顔を手にこすりつけてきて、そっと伸ばされた尻尾で私の目元に浮かんだ涙を拭ってくれる。

「りゅうちゃんには内緒にしててね」

――もちろんですよ。ただその代わりに、その……。

「ええ。あなたの存在を私が知っているのも内緒、ね」

 ケルちゃんは、幼馴染の彼が私に密かにつけてくれた護衛だ。普段は影の中に潜んでいる。普通は気づけないそうだけれど、私が敏感だから気づけた。というわけではなく、単純なケルちゃんのミスだ。

「ふふふっ、でもあのときはびっくりしたなぁ。私の影から尻尾が出てるんだもの」

――わ、忘れてください。

 恥ずかしそうにうなだれるケルちゃんにくすくすと笑う。身体は大きくて一見怖そうだけど、かわいいなぁと思う。

「他の子達にも会ってみたいけど」

――だ、駄目ですよ! あいつら乱暴なんですから! そもそもご主人さまが望まれませんし。

 彼は、私をヒーローだとか魔物だとか、そういったものから離そうとしている。守ろうとしてくれている。

 大切にしてくれているのが分かって嬉しいけれど、同時に少し寂しい。

(私にできることはなにもない、なぁ)

 ヒーローたちがいるとはいえ、日本中、世界中で魔物被害は出ている。なのにそんな被害に『私』が一度も会うことなく過ごせているのは彼のおかげだった。

 お礼をしたくても、そもそも彼は私に気づかれないように守ってくれている。だから真正面からお礼は言えない。

 怪我をしてくることも弱音を吐いてくれることもなくなったから、正面から心配も出来ないし、そもそも私が心配してしまうからこそ、彼は弱音を吐けなくなったのだ。

 昔は一緒に泣いていたのに、いつしか泣くのは私だけになって、なぜか私のほうが慰められていた。今思い出しても情けない。一番つらいのは私じゃないのに。ただ迷惑をかけ続けただけだなんて。

 だから、そう。私にできるはなんてことない顔をして、明日彼の家に顔を出して会話をする。それだけ。

 こうして自室で心配して心配して泣いていることは、決してバレちゃいけない。

 立ち上がってハンカチを水道で濡らし、目元を冷やす。ハンカチの水分が多すぎて肌を水滴が濡らしていったけど、暫くの間そうしていた。


 ゲート、と呼ばれる異世界と通じる穴が世界各地に現れたのは200年ほど前。最初は本当に小さな穴で、赤ん坊が通れるくらいしかなかったらしい。

 その穴からは小さな魔物たちがやってきた。今まで地球にいなかった生き物たちは弱く、倒すことは愚か捕まえることも可能で、地球にはない資源が取れるとして、穴がある土地を巡って人々が争ったそうだ。

 だがしだいに、人間同士で争っている場合ではなくなった。穴が徐々に大きくなり、強大な魔物たちがやってくるようになったからだ。

 強力な軍隊を持っている国は軍を投入することでなんとか事なきを得たものの、軍を持たない数多の国々が地図から消えていった。

 しかし時が経てば経つほどに強力な魔物がやってくるようになった。現代兵器も、今ではミサイルクラスでないと傷すらつけられないような魔物が出始め、もう終わりかと思った時に現れたのが覚醒者。つまりヒーローの登場だった。これが50年ほど前。

 ゲートから漂う異界(魔界と名付けられた)の空気、魔力と呼ばれるそれに順応し、魔物に対抗できるような力を得た存在。

 身体能力は普通の人間にはありえないほどに強化され、魔法やスキルというものを駆使して、彼らは魔物を追い払う。

 彼らのことをいつからかヒーローと呼ぶようになり、今ではヒーロー組合が創設され、覚醒したものは強制的にヒーローに登録され、魔物の討伐任務に駆り出される。

 そしてヒーローへの覚醒は若い頃にすればするほど、能力値の上昇が大きく……幼馴染の彼はわずか6歳で覚醒した。

 覚醒者はヒーロー以外の道を閉ざされる。彼はずっと、戦わされ続けているのだ。


――私のせいで。


「さあ、魔王様。こちらへ」

 眼の前を歩いていたコウモリのような羽の腕を持つ紫色のその人? がこちらを振り返った。人間で言う顔の部分には縦に裂けたような大きな目が真ん中にあり、その斜め下に小さな目が左右に一つずつ。口らしきものは見えないけれど、どこからか声は聞こえる。

 彼、なのか。彼女なのかわからないその人は私を魔王と呼ぶ。

 そう。私は魔王だったらしい。

 コチラの世界を統べる王の魂。それがなぜか地球へと紛れ込んでしまい、ゲートを通して魔物たちが魔王の魂を探しにやってきていたのがことの発端。

 ただ人探しをしていただけだったのに、魔物たちが人間に囚われ、殺された。魔王探しと並行して、殺し殺されの関係が続いていたのが現代の状況で……その戦いを止めることができるのは私だけ。

 示された黒い――まるで王様が座るような仰々しい椅子にゆっくりと向かう。この椅子に座れば、私は完全に魔王となる、らしい。

 魔王となれば停戦命令を出すことができるし、ゲートを閉じることも可能だ。

 代わりに私の身体は向こうのものからこちらのものへと生まれ変わり、人間ではなくなる。もう向こうには戻れなくなる。

 大切な人達に会えなくなる。

 椅子に手を触れた。

 色んな人の顔が浮かんでは消えて……最後に浮かんだのは

「さようなら、りゅうちゃ」

 言葉が途中で途切れた。地面が揺れた。コウモリ羽の人が渡しを庇うように身体を乗り出し、私は呆然と衝撃があった方を振り返る。

「帰るぞ、エイミ!」

 名を呼ぶ声には聞き覚えがあった。けれども「りゅう、ちゃん?」と彼を呼ぶ自分の声に疑問が混ざるのは、変わり果てた姿のせいだ。

 異常に盛り上がった筋肉。鋭く伸びた爪。獣のように毛に覆われた左腕。背中の右側には今まさに羽根が生えようとしていて、いつだって優しくコチラを見つめてくれた目は血走り、正気には見えなかった。

 涙が溢れる。

「愚かな。多少、魔力抵抗があろうとコチラに来れば同化するというのに」

 魔物化。地球でそう呼ばれた現象も、こちらの世界では同化と呼ぶらしい。

 ぐるるるっと唸りながらも、時折「エイミ」と聞き取れるくらいには私の名を叫ぶ彼。だけどももう意識も曖昧なのだろう。ただ腕を振り回し、暴れていた。

 やれやれ、と羽の人がつぶやくと同時に紫に輝く鎖が現れ、そんな彼を捕縛した。そしてこちらを振り返る。

「魔王様、こやつの同化は不完全です。今ならばまだ間に合うでしょう。あなたが本来の力を取り戻せば」

「……はい」

 頷きつつ、傷ついた彼の体に触れた。こんなになってまで、自分を探しに来てくれたことが嬉しく、同時に罪悪感で苦しい。

 そもそも自分のせいなのに。

「ありがとう、りゅうちゃん。もう、戦わなくていいからね。幸せになってね」

 溢れていた涙を拭って、笑う。笑わないと心配させてしまう。

 いつものように、笑う。

「さようなら」

 そうして私は、魔王になった。




 赤黒く染まった大地を見下ろして伸びをする。

 地球とはまるで違うその世界にも随分と慣れた。今では赤い太陽の光を浴びると清々しい気分になるほどだ。

「そりゃそうか。もう100年経つし」

 魔王になってからもうそれだけの月日が立つ。

 地球とコチラは様々なことが違う。時の流れも、向こうのほうが速い。自分の知り合いはとっくの昔にこの世を去っていることだろう。

 そして歴史書には、ゲートのことなど一言も書かれていないはずだ。ゲートが発生しなかった世界の記憶で上書きしたから。

 それはつまり、私が地球で生まれなかった世界。魔物に殺された両親が死ななかった世界。彼がヒーローとして戦わなくて良い世界。

 ゲートが発生しなくても世界に不幸は溢れていて、彼が幸せになったとは限らない。上書きしたとは言え、その内容すべてを把握しているわけではないし、できない。

 でもきっと、彼を始めとした皆ならば大丈夫という信頼があった。

(まあそもそも、何かあったとしてももう干渉はできないんだけど)

 息を吸い込む。埃っぽい空気の中に、魔力が溢れているのを察知する。

「ここもだいぶ魔力が戻ったなぁ」

 魔王である私の魂が行方不明となってから、魔界では魔力が枯れ始めていた。

 魔王とは、魔力を生み出す存在。この世界の核。

(なのにどうして先代はこの世界を去ったのだろう。どうなるのかなんて、わかっていたはずだろうに)

 歴代の魔王たちの記憶と力を引き継いだものの、感情は引き継いでいないため、そこがよくわからない。今日もそのことに首をひねりつつ、もう一度その場を見渡す。

 今いるこの場所はスライムすら発生しない荒れ地になっていたけれど、最近は青い草地が増え、スライムも生まれ始めている。

 と、目の前をそんなスライムの一匹が通る。

 スライムはあまりはっきりとした意志を持たない生き物だが、ふにふにとしたその体はどこか愛らしく、見ていて癒やされる。

「……って、ん? こっちに向かってくる? お腹でも空いてるのかな?」

 スライムは空気中の魔力を食べて生きている。しかし同時に、強力な魔力を持つ生き物を怖がり、逃げていく。魔王である私は魔力の塊なので、相当腹が減っているということになるけれど。

 空気中の魔力量を調べてみるけれど、スライムが生きていくには問題ないくらいに溢れている。

『やっと、みつけた』

「え?」

 なにかイレギュラーが起きたのかと考え込んでいると、頭に直接響く声。

 が、周囲に思念を送れるような存在はいない。

『こっちだこっち!』

 首を傾げていると、ぴょんぴょんと目の前で跳ねるスライム。どうやらこのスライム、特殊スライムだったらしい。ときおり生まれる、他とは違う特色を持ち、強いスライムの個体。思念を送れるほどだからかなりの強さだろう。

 と、気づく。荒廃していたこの土地に魔力を注ぎ込んだのは私だけれど、その魔力が根付いて安定するまでは本来ならもっと年月が必要だ。それが安定しているのは、誰かが余剰分を食べたり、足りない箇所に放出してくれているからだ。

 そういう役目をこの世界で担っているのがスライムだった。とはいえ、ここまで均等に魔力が安定するのは普通ではない。

「ああ。ここらへんの魔力が安定しているの、君のおかげなんだね。ありがとう、スライムくん」

『お、おうっ? どういしたまして……って、ちがあああう!』

 ペコリと頭を下げると、ぺしゃりと一部を凹ませるスライムくん。律儀な子だなと思っていたら、勢いよく飛び上がった。

 とっても元気だ。

『はぁ。まったく。お前は相変わらずだな、エイミ』

 ぱちぱちと手を叩いていたら名を呼ばれて、動きを止める。

 エイミ。

 それは人間だった頃の名前であり、もう誰にも呼ばれることのない名前だ。だってこの世界では『魔王』で通じるから名前が必要ないのだ。

 そもそも人間時代の名前を知っている存在がそもそもほとんどいない。そしてその中に、スライムはいない。

 ぽた。

 水滴が地面に落ちる音で我に返った。信じられない思いで、スライムを見つめる。

「りゅう、ちゃん?」

 見た目も声もぜんぜん違うのに、なぜか彼のことが頭をよぎって……そんなはずはないと直ぐに自分で否定した。ありえない。彼は向こうの世界に帰した。自分のことを覚えているはずはないし、ここにいるはずもない。もう、あの世界との行き来はできないのだから。

『ああ、俺だ。辰巳龍太郎(たつみ・りゅうたろう)』

 思念に合わせるようにスライムが動く。

「うそ。なんで」

『俺にもよく分からねーけど、なんか夢の中で青髪の男に偉そうになんか言われて、気づいたらスライムになってたんだよ』

 青髪の男、というと一番に思いつくのは先代の魔王だ。彼の力はその殆どが私の中で吸収されているけれど、未だに見つかっていない力のかけらがあって……そして意識を研ぎ澄ませれば、たしかに目の前のスライムからはかすかに魔王の気配がした。

「ご、ごめんなさい。なんとかして向こうに帰れるようにするね。えっとそれまでは城で――」

 なぜ先代がそんなことをしたのかは、やっぱり分からない。だけどまた迷惑をかけていることに顔をしかめ、こぼれていた涙を拭って顔を上げる。泣いている場合じゃない。また私のせいで迷惑をかけてしまったのだから。

『俺はっ! そんな顔が見たかったんじゃねぇ!』

 大きな思念に驚いて彼を見る。スライムなので表情はわからないけれど、それでもとても怒っているのは分かる。

『泣きたいなら泣け。怒りたいなら怒れ。笑いたいなら笑え。

 ……俺は、そんなお前が見たくてここにいるんだから』

――もう我慢するな。

 なんだそれ、と思った。ずっとずっと隠せていると思ったのに、彼には筒抜けだったらしい。

 視界が歪んで揺れる。

「だって私のせいでりゅうちゃん、怪我してばかりで」

『お前のせいじゃない。俺が弱かっただけだ』

「そもそもヒーローに覚醒したのだって私のせいで。そのせいで戦うことになって」

『覚醒しなかったらあのときにお前が奪われてただろうが。……まあ、その。結局お前を守れなかったんだけど』

「そんなことないよ。だって嬉しかったもの」

 魔界に乗り込んできてまで助けようとしてくれたことは、未だに記憶に新しい。本当に嬉しかった。

『それと、勘違いするな。俺が魔界にいるのはあの変なおっさんに連れてこられたからだが、お前を探してここまで来たのは俺の意志だ。

 お前が……好きだ、エイミ』

「りゅうちゃん」

『スライム姿じゃ、格好悪いけどよ』

 しゅんっと身体を凹ませる彼に、首を横に振る。たとえ姿かたちがどれだけ変わろうと

「格好いいよ、りゅうちゃんは。いつだって……私のヒーローだから」

『エイミ』

「私も、大好きだよ、りゅうちゃん」

 久しぶりに、心から笑うことができた気がした。




「エイミ」

 名を呼ばれて振り返る。そこには彼がいる。スライムだった彼は努力をして、姿を変えるすべを身に着けた。今では地球にいた頃とうり二つな姿で過ごしていることが多い。

(でもスライム姿も可愛いから見たいんだけど、なってくれないんだよね。……私がいないところではスライムになってるって聞くのに)

 なぜか、と聞いてもどうしてか教えてくれない。察しろと言われる。よくわからない。

「リュウタロウ。魔王様を呼び捨てするなと何度言ったら」

「なんだ、ダダロスのじいさんもいたのか。本人がいいって言ってるんだからいいだろうが」

「誰がジジイだ、クソガキめ」

「あんた以外に誰がいるんだよ」

 ダダロスさん……腕が翼の目が大きな人は、やれやれとため息を付いた。私はそんな二人のやりとりにくすくす笑って、「あ、そういえば」と思い出す。彼にあったら聞こうと思っていたことがあったんだった。

 彼が魔王城に来てから随分と経つ。

「そういえばりゅうちゃんは結婚しないの?」

「なんだ……は?」

「だってりゅうちゃん、人気あるのに誰とも付き合おうとしてないし、もしかしてもう恋人がいるのかなって」

 と、なぜかその場が静まり返ったので二人を見ると、彼。りゅうちゃんは唖然とした顔をしていて、ダダロスさんは縦に裂けた大きな一つの目を細めた。あ、これは呆れた顔だ。

「は? おま、なん」

「諦めろ、リュウタロウよ。魔王様は……代々、超がいくつもつくほどの鈍感だ」

 鈍感ってひどいなぁって思ったものの、よく色んな人に言われるのでそうなのかもしれない。自分では気づけないものがどこかにあるのだろう。

 今回はどこがダメだったのだろうか、と首を傾げていると

「好きだ」

 とりゅうちゃんが言ってくれたので

「ありがとう。私も好きだよ」

 笑って返す。りゅうちゃんががくりと肩を落とした。そんなりゅうちゃんの肩を、ダダロスさんが慰めるように叩いた。

「良かったなクソガキ。スライムになった今なら、100年、200年かけられるぞ。人間だったら死んでたな」

「うるせぇ! そんなに時間かけてられるか! ただでさえ転生したり人形になるまで時間かかったってのに」

 りゅうちゃんががばりと体を起こして、こちらにやってくる。なんだか顔が怖い。怒られるのだろうか。

 と、目前までやって来たりゅうちゃんは突然、片膝をついてこちらを見上げてきた。

「エイミ。俺と――」

 その先の言葉を私が理解し、受け止めるまで……150年かかった。

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創作短編集 染舞(ぜんまい) @zenn-mai_0836

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