ピンクブロンドですけど、二択を迫るのはやめてください

アソビのココロ

第1話

「シェリル・ロビンズ男爵令嬢。君こそが僕の真実の愛だ!」

「えっ?」

「いやいや。シェリル嬢は私の運命の人だと、前世から決まっておるのだ!」

「ええっ?」


 あ、ありのままに今起こったことを話します。

 貴族学院主催のパーティー中なんです。

 バージル・ウォルター伯爵令息とクリフ・セイヤーズ伯爵令息のお二人が、各々の婚約者である令嬢を婚約破棄しました。


 公開婚約破棄なんてことが実際に起こるんだなあ。

 しかも二組同時になんて滅多に見られるものではないので、すごいなあと完全に傍観者気分でした。

 ところがわたしはバージル様にとって真実の愛、クリフ様にとって運命の人らしいです(今ココ)。


 えっ? どういうことです?

 バージル様もクリフ様も、挨拶くらいしか交わしたことないですよね?

 真実の愛とか運命の人って、気軽に使っていい言葉じゃないんじゃないですか?


「シェリル嬢のピンクブロンドは僕の心を捕らえて離さない」

「同じく。私は君の美しくも輝かしい髪に魅せられてしまったのだ」

「……」


 バージル様クリフ様の真剣な目。

 どうやら本気のようです。

 皆さんの視線が痛いです!

 どうしてわたしにとばっちりが?

 わたしは髪色が珍しいだけの平凡な女の子なんですから!


 横から親友のアリスンがツンツンしてきますけど、本当に心当たりがないんですってば。

 いつも一緒にいるあなたなら知っているでしょう?


「ああ、君は何と罪な女性なんだ」

「私の腕に囚われてしまうがいい」

「……」


 いや、罪って、囚われって。

 知りませんってば!

 わたしは婚約者のいるバージル様やクリフ様を誘惑した覚えなんてありません。

 もちろん婚約者のいない令息と親しく話したことだってありません。

 だって『シェリルの婚約者は俺が決める』と、お父様が息巻いてますから。

 皆さんが疑いの目で見てきますけど信じて!


 ど、どうしてわたしがこんな目に遭うのでしょう?

 公開処刑?

 公開処刑ですか?

 アリスンが耳打ちしてきます。


「あ、あのう……バージル様、クリフ様」

「何だい、マイリトルハニー」

「コマドリが囀るような可愛らしい声だ」

「わたしを持ち上げてくださるのは大変光栄なのですけれども、こうまでしていただくいわれがあったでしょうか?」


 わたしの混乱するぽんこつな頭では何ともできません。

 アリスンのアドバイスに従って、バージル様クリフ様に問いかけました。

 わたしにはこれまで、お二人と関わりがあった記憶がないのです。

 お二人が顔を見合わせます。


「……僕はプリティなシェリル嬢と特に関わりはなかったな」

「私もだ。美しいシェリル嬢と語り合う機会があったら、どれほど喜ばしいことだったろう」

「気が合うな、クリフ」


 な、何かお二人で意気投合していらっしゃいますけれども。

 でもこれでわたしが婚約者のいらっしゃったバージル様クリフ様にモーションをかけたわけではないと、皆さんに理解していただけたと思います。

 一安心です。

 アリスンありがとう。


「あのう、では何故わたしを真実の愛、あるいは運命の人などと呼ぶのです?」

「もちろんビューティフルな髪のせいだ!」

「激しく同意!」


 ああああ! 何てこと!

 珍しいピンクブロンドの髪のおかげで可愛いと言われたこともあったので、ついいい気になっていました。

 悪目立ちしているだけではないですか!

 思わず頭を抱えます。


「どうしたかな? マイスイートエンジェル」

「頭が痛いのか?」

「いえ、お気になさらず」


 頭痛がするのはその通りですけれども、精神的な問題です。

 アリスンも処置なしって顔をしています。

 助けてくださいよ!


「僕はここに宣言しよう。美しきシェリル嬢に婚約を申し込む!」

「ええっ?」

「ちょっと待った! 私もまたシェリル嬢に心奪われし者。婚約を申し込む!」


 ああああ、状況が悪化しました!

 こ、婚約ってこういうものでしたっけ?

 家にお話が来て、家族皆で検討するものかと。

 アリスンが意見してくれます。


「バージル様クリフ様。これはあまりにも不躾ではないですか? シェリル、家に持ち帰って御両親と相談しなさい」

「そ、そうね」

「何を言うか! 身分をわきまえよ! 僕もクリフも伯爵家の跡取りだ。これ以上いい縁談などあるはずがない!」

「同感だ。友バージルならばシェリル嬢を取られても仕方ないと思うが、他の者ではとても承服しがたい!」

「同志よ!」


 抱き合うお二人が暑苦しい!

 アリスンの正論を身分を理由に却下するのは卑怯ではないですか。

 でもこれ以上いい縁談がないというのは、その通りの気もします。

 お二人は腐っても伯爵令息ですものね。

 ええ? わたしはどうしたら……。

 バージル様とクリフ様の手が差し出されます。


「シェリル嬢。ウォルター伯爵家からの正式な申し出だと思ってくれ」

「私もだ。セイヤーズ伯爵家嫡男クリフの思いは君に届くと信じている」

「僕達のどちらかの手を取ってくれ!」

「君を生涯愛すると誓おう!」


 み、身分を持ち出されては断るわけにいきません。

 どちらかを選ばなければならないのですよね?

 でもお二人のこともその家のこともよく知りません。

 判断基準がないじゃないですか。

 頼りのアリスンも弱々しく首を振ります。

 ああ……。


「シェリル? あっ!」


 わたしは意識が失われると感じ……。


          ◇


 ――――――――――三日後。ロビンズ男爵邸にて。


「本当にビックリしたわよ。シェリルったら急に倒れるんだもの」

「ごめんね、アリスン」


 パーティーでわたしは倒れてしまい、バージル様及びクリフ様との話はうやむやになったようです。

 と言いますか……。


「バージル様とクリフ様はダメだわ。どくどく血を流してるシェリルを見て呆然と立ち尽くしてただけだもの」

「どくどくって言わないでよ」


 気を失って倒れた時に、私はテーブルの角に額をぶつけたようなのです。


「どくどくとしか表現しようがなかったわ。頭って、あんなに血が出るものだったなんて。あっという間にピンクブロンドが赤く染まったわ」

「き、聞いてるだけで怖い……」

「生で見せられた私はトラウマものですからね」


 本当にごめんなさい。


「あの二人、『ピンクブロンドが……』としか言わなかったのよ。本当にシェリルの髪の毛にしか興味がなかったのね」

「……」

「どんな了見なのかしら。信じられないわ!」


 いくら家格が上の令息で甘い言葉をかけてくださったとしても、頼りないのは幻滅ですね。

 早まって手を取らなくてよかったです。


 昨日バージル様とクリフ様の元婚約者のお二人が訪ねてくださいました。

 口ばっかりの浮気者なんてたくさんだ。

 私のおかげでババを引かずにすんだと感謝されてしまいました。

 普通婚約破棄された令嬢は傷物とされるものですが、バージル様とクリフ様のやらかしがひどかったため、却って同情されているようです。

 よかったです。


「バージル様とクリフ様は今期の停学と留年が決まったわ」

「えっ? どうして?」

「身分差で露骨に圧力をかけたでしょう? 学院の理念に反する行為だからということだったわよ」


 なるほど、学院内では身分の上下はないものという建前だからですか。

 あれは怖かったです。

 今後こういうことがないよう、厳しい罰則になったのは仕方ないと思います。


「それにしてもエルドレッド様は素敵だったわあ」


 アリスンの目がハートです。

 アリスンには素敵な婚約者がいらっしゃるでしょうに。

 エルドレッド様はイシャーハイム侯爵家の三男です。

 宮廷魔道士を目指している、男らしい方なんですよね。


「シェリルに回復魔法をかけて、血で汚れるのも構わずお姫様抱っこで医務室に運びましたからね」

「自在に魔法を使えるなんて、さすがエルドレッド様。素敵なシーンだったんですね」

「シェリルが羨ましいですわ」

「でも記憶がないのですもの」


 とても残念ですわ。


「エルドレッド様だったら、おじ様もシェリルの旦那さんとして認めるのではなくて?」


 ロビンズ男爵家は、騎士団長だったお爺様が叙爵されて興した新興男爵家です。

 お父様も騎士でしたから、能力のある人を尊ぶ傾向があるんですよね。


「……かもしれません」

「そうよ。おじ様って、シェリルのところに来ている婚約申し込みを全部却下してるんでしょう?」

「だと思う」


 お父様は自分の考えを曲げませんから。

 三日前にバージル様クリフ様がわたしに求婚してきたところから考えると、ひょっとして格上の家からの話もお断りしているのかなあ?

 お父様の心臓すごいです。


「むしろエルドレッド様が失格なら、誰がシェリルのお相手として合格なのよ?」

「そうねえ……」


 アリスンの言う通りですね。

 エルドレッド様格好いいですし。


「わたしもそろそろ婚約者を決めなきゃいけない年齢だと思うの」

「そう? シェリルは可愛いし、まだ学院卒業まで時間があるから全然大丈夫よ」

「アリスンが羨ましいわ」


 アリスンの婚約者は見るからに愛情深い、落ち着いた令息ですからね。

 ん? 部屋がノックされました。


「どうぞ」


 入ってきたのはお父様と、ええっ? エルドレッド様?

 どうして?

 アリスンも驚いてるわ。


「シェリル嬢、身体は大丈夫だろうか」

「はい、お陰様で。エルドレッド様が助けてくださったと聞きました。ありがとうございました」


 お見舞いに来てくださったんですか。

 嬉しいですね。

 ええっ?


「……よかった。おでこも綺麗に治ってるね」

「は、はい」


 急に凛々しいお顔が近付いたものですから、ドキドキしました。

 アリスンが思い付いたように言います。


「そういえばエルドレッド様。宮廷魔道士の選抜発表は今日ではありませんでしたか?」

「アリスン嬢、ありがとう。無事合格したよ」

「「おめでとうございます!」」


 エルドレッド様は夢を叶えられたのですね。

 そして?


「以前から宮廷魔道士になれたら余剰の男爵号をくれると、両親に言われていたんだ。シェリル嬢、ようやく君に婚約を申し込むことができる」

「えっ?」


 お父様が言います。


「エルドレッド君は活計を得るまでシェリルへの婚約申し込みを控えていたんだそうな。見上げた男だ。感心した!」

「誰にでも優しく、可憐で穏やかなシェリル嬢に、昔から惹かれていたんだ」


 こんなに情熱的なエルドレッド様は初めて見ます。

 胸の鼓動の高まりが止まらないです。


「先日のパーティーでは、バージルやクリフに横取りされるかと思ってヒヤヒヤした」

「ハハッ、エルドレッド君が心配するまでもない。当主の俺が認めぬ婚約など無効だし、軟弱者に娘はやらぬ。シェリル、エルドレッド君との話を受けていいな?」

「はい、もちろんです。エルドレッド様、よろしくお願いいたします」

「シェリルおめでとう!」


 アリスンが抱きついて来ましたけど、まだ血が足りなくてふらふらするんですよ。

 勘弁してください。


「エルドレッド君、娘をよろしく頼むぞ」

「はい、お任せを」


 エルドレッド様と視線が合います。

 身体が良くなったらイシャーハイム侯爵家に挨拶に行かなければいけませんね。


 エルドレッド様が婚約者かあ。

 エルドレッド様が宮廷魔道士になるために努力されていたことは知っています。

 私もロビンズ男爵家の娘だからでしょうか?

 しっかり者のエルドレッド様には心惹かれるのです。


「シェリル、顔が赤いわよ」

「何? それはいけない。まだ本調子ではないのだろう。もう帰るので、ゆっくり休んでくれ」


 思わずアリスンと顔を見合わせ、もう一度ぎゅっとしました。

 笑いが出ます。

 鈍感なエルドレッド様も好きです。

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