雑談配信 読書再開の話とか

 18:00〜 雑談配信 喋り疲れたら終わり

 18:00〜 雑談配信 喋り疲れたら——


 カメラが切り替わると、そこに映ったのは蕾花の〈庭場〉である巣穴——畳敷の和室。置いてあるのは愛用の座椅子。猫に引っ掻かれた痛々しい痕跡が見受けられるが、彼の愛猫にして式神であるラテ・ノア姉妹の仕業だろう。

 ときどき「プッピ」「ピップップ」と聞こえてくるのは、文鳥コンビのメジロとネズだろう。しかし肝心の蕾花がいない。

 ちなみに猫と文鳥が同一空間にいるのは、常識で考えれば異常なことだが、蕾花の式神はいずれの妖怪化し、知能も向上している。理性を得た彼らに、互いを攻撃し合う性質はない。式神が攻撃する相手は、あくまでの使い手の敵だけである。


 りんりんどー:いきなり来るぞ

 灯籠真王:上からくるぞ、気をつけろ

 しろいきゅうび:なんだなんだ

 きゅうび:それにしては遅い気が


「チピチピチャパチャパドゥビドゥビダバダバ」


 最近現世で人気のミームに用いられる歌を歌いながら、蕾花がやって来た。右手には『フォクシカルゼロ』という、狐の絵が描かれたロング缶。「alc.4%」の文字から、酒であることは想像に難くない。一時期手軽に酔えると話題になり、アルコール依存症が危険視されたドリンクに似ているが、度数自体はあそこまで高くなかった。


「晩飯食って来ました。皿洗いもしました。えー……んと、酔ってます」


 きゅうび:しってた

 ユッキー☆:泥酔配信は一周回って懐かしい

 しろいきゅうび:日本酒を五杯、どぶろくを二杯、熱燗を二杯キメておったな

 おもちもちにび:のみすぎ

 月白五尾:※嫌なことがあったわけではありません

 ネッコマター:自分なりの割り切りができたって喜んでたわね


 蕾花は缶に口をつけ、中身を二口飲んだ。外見は美女だが、男でもある彼には喉仏があり、それが浮き上がって動いていた。


「いやあ、読書の話をさ、したじゃない。そのあとインターネット老人会になっちゃったけど。俺最近読書全然してなかったのが悪かったんだなって改めて思ったのさ」


 隙間女:読書はできる妖怪の嗜みみたいなところある

 月白五尾:嘘だ〜。私ファッション誌以外読むと寝ちゃうんだけど

 隠神刑部:五尾ちゃんはもう少し読書してもろて

 ハチミツキ:俺ラノベしか読まねえや

 サンダー:ラノベからそのうち純文に興味持つんだよなあ

 きゅうび:ちなみに蕾花さん電子書籍で読むんですか?


「目が疲れるから紙。ネット小説はさすがに電子媒体だけど、だからこそ目が疲れたら紙の本を読む感じだね。まあ、タイトル出す……ってかオタクの本にね、著作権云々の話があって、例えば小説にホンダとかトヨタとか出してもいいんだって」


 がしゃどくろ:商業小説は確かに実在の名前でるよね

 ハチミツキ:ラノベにもあるよな。モロ商標名出てる

 サンダー:そもそもベレッタとかコルトとか、ミリタリー系のゲームとかなんて今更だろ

 ネッコマター:んでんで何読んでんの


「森岡浩之先生の星界シリーズ。断章以外のね、紋章と戦旗を全巻買ったんだよ」


 月白五尾:私は既に眠い

 りんりんどー:姉さん興味ない話題になるといつも半分寝た顔するよね。よくないよ

 きゅうび:りんりんどーニキガチ説教で草

 ネッコマター:私の話を五尾狐が無視してそうなら容赦なく耳元で息吹きかけるけどね

 ユッキー☆:獣妖怪には強烈な攻撃じゃないっすか

 だいてんぐ:天狗ワイ、高みの見物

 すねこすり:さすが天狗

 サンダー:星界って、紋章の一巻出たの九六年とかだろ


「そそ。その頃俺現世で構成プログラム受けてた頃で、まだまだもう、おバブちゃんだったんだよな」


 しろいきゅうび:やんちゃ坊主め。お前の躾が一番手こずったわ

 おもちもちにび:にいちゃんのあつかい、いまだにてこずってるでしょ

 よるは:命令されるのが大嫌いとか神職向いてない

 隙間女:失礼だけど草

 きゅうび:九六年、ワイ生まれてない

 ハチミツキ:時々忘れるけどきゅうびニキ若いんだよな

 だいてんぐ:若いっていうか仔狐

 ユッキー☆:大天狗兄貴の前では大抵の若妖怪は仔扱い

 がしゃどくろ:私も比較的若いですねえ。というか私の仲間はみんなです。バブル期を支えたんですよ、私たち


「がしゃどくろ兄貴ベテランリーマンだったのか……」


 ネッコマター:んで、読書をなんでサボってたのさ


「ああ、なんでだろうな? 今の〈庭場〉の前んとこで暮らしてた時はちょくちょく読んでたんだけど、その頃から読む量は減りつつあったんだよな。でも、絵を描くようになってから読むものが技法書に変わってってさ。おまけにまたまたゲーム熱が再燃しちゃって」


 りんりんどー:いろんな波が一気に押し寄せて来たのか

 きゅうび:今はそれが引いた感じなんですね


「そうそう。飽きた、とは違うけどね。絵もちょくちょく描くし、ゲームも楽しんでるし。でもそれ以上に本を読む楽しみを思い出して、その上で自分でもそういう話を作りたい! って燃えて来たっていうか」


 サンダー:お前の脚本って、小説として渡されるもんな。まあそれはいいんだが

 灯籠真王:蕾花に振り回されるのには慣れてるからな。それ以上のトラブルメーカーが俺らの身内にはいたんだし

 おもちもちにび:なんのこと?

 月白五尾:なんのことやろなあ

 りんりんどー:ちょっとよくわからないです

 ハチミツキ:それはひょっとして冗談で言っているのか? それはそうと蕾花は一周まわったんだな。やっとというかようやくというか


「まあ、うん、その辺は本当に申し訳ない。ただ、一番楽しく小説を書いていた頃の気持ちを思い出せて、なんか色々吹っ切れたなってのはすごくある。ペースは落ちてるけど、生き急いでどうにかなるもんでもないし」


 きゅうび:言うて僕ら妖怪ですし

 ユッキー☆:これ

 だいてんぐ:蕾花ニキは仏教の教えを時々学んでるって言ってるし、輪廻転生する可能性も微レ存

 隙間女:邪神って転生するの……?

 ハチミツキ:草

 よるは:草

 すねこすり:確かに気になるけども


「どうなんだろうな? まあ俺は仏教に似た燦仏天の方が適応されそうだし、それ以前に常闇様がどうこうするんじゃないか? あんなおっかないのにどうこうされるってのもなかなか凄い話だけど」


 よるは:神様の中では良心的でしょう

 きゅうび:良心的な神様って荒ぶるんですか?

 おもちもちにび:あくまでも、よるはちゃんこじんに、きいています

 ユッキー☆:まあ道真公も不当な流罪の末一度怨霊になってましたし……

 りんりんどー:よしんば兄さんが改心したとしたら、間違いなく食の神様になりそうなんだよね

 だいてんぐ:四トン太ったとか言ってましたが

 サンダー:四トン太るっていうパワーワード

 ネッコマター:五尾狐が二キロ太ったっていうのが可愛いくらいの単位

 月白五尾:あとで私の部屋に来なさい


「あっあっその話は俺に効く。あと五尾ネキは幸せ太りだからノーカン。俺は年末年始、読書なんでしてねえんだ〜〜〜〜って苛立ちでバカ喰いしてたのもある」


 がしゃどくろ:あ、それがあっての感動なんだ

 すねこすり:沈んだから浮かんだ時の気づきもでかいんだ


「まあ、そうだなあ。映画借りて来たりとかもしたしね。なんやかんや一番は読書っていう。なんなんだろね、泥酔配信と同じで初心にかえるのが一番効果あるんだよなあ。不思議」


 きゅうび:ワイも野望がスタート地点だったけど、それを志すと押し通した結果、最高のお嫁さんと出会えたわけですし

 ユッキー☆:惚気ないでもらえます?

 おもちもちにび:にいちゃん、れんあいにきょうみないっていうわりに、さいきんもじもじしてる

 りんりんどー:これ気になってた


「痛いとこつくなよな。いや、さっき現世で更生してたって言ったじゃん。そん時俺人間の女といい感じになったんだけど、そりゃあもう地獄のような裏切りを喰らったんよ。うん」


 しろいきゅうび:まあ……酷いもんだったな。うん。あれはつらかった

 ユッキー☆:人間こわ

 きゅうび:ヒトコワってやつですか

 だいてんぐ:まあ、妖怪の方が怖いってのはありそうだけどね

 がしゃどくろ:両者にとって異質な怖さある

 おほほなみ:そう思うと異類婚姻ってなかなか特殊なんだなあ

 りんりんどー:僕ら奇妖変妖って思われてそう


「俺らはだいぶ変わり者だろ。でな、人間社会で暮らしつつ人間の怖さを知った俺は、なんやかんや妖怪とかに傾倒したわけよ。でさ、最近……これも原点回帰なんだけど、だったら妖怪といちゃつけば良くねって思ったんだよな」


 おもちもちにび:はんだんがはやい!

 だいてんぐ:いや、遅いでしょう

 月白五尾:草

 灯籠真王:確かに遅いな


「まあまあ。遅いなりに収穫はあったんだし。ただねえ、理想が高すぎるのかなかなか出会いがね」


 きゅうび:龍

 ユッキー☆:龍!?

 月白五尾:分社にいる奏真に頼んで紹介して貰えば?

 灯籠真王:お前一回クラムに告白して手ひどく振られてたな


「あーあーあー聞こえない。まあ、うん、そう、龍だ。でもきゅうびニキの世界で探すよりは難易度は低いんだよ。こっちは妖怪が広く認知されてるから、龍も隠れてることってあんまりないし」


 だいてんぐ:ほう

 隙間女:龍っていうと、それこそヤマタノオロチ級を狙ってるんですか?

 ユッキー☆:蕾花ニキ素戔嗚説

 きゅうび:実際倒せそうではある


「どうして求婚の儀が討伐作戦になるんですかねえ……まあ拳でわかりあうこともあるっていうし、陽之慧様が生み出した双龍も喧嘩してから夫婦になったっていうし」


 りんりんどー:陽之慧様の世界怖すぎる

 よるは:ほら、私の方が良心的じゃない


「いや、でも……うん、色々頑張れそうっていう発見を沢山したんだよ、ほんとに」


 おほほなみ:私らは見守って話聞くくらいしかできんけど、まあほどほどに

 月白五尾:原点回帰ねえ。私も一から剣術を見直そうかな

 りんりんどー:姉さんがこれ以上強くなったら本当に困る

 おもちもちにび:ひいらぎすら、けんじゅつではおねえちゃんにかてない……

 きゅうび:桜花君凄いご両親から生まれたんやなあ

 ユッキー☆:うちの弟妹も凄いからな

 だいてんぐ:どこの家庭もうちの子が一番ってそれ一番言われてるから

 ネッコマター:てか、確かに配信もまたするようになってるし、そういう意味でも前向きにはなってんのね


「そこ分析されると恥ずかしいけど、そんな感じ」


 だいてんぐ:それはそうと泥酔って割にしっかり喋るあたり流石だなって思う

 きゅうび:あの妖お神酒を樽飲みする狐ですよ

 ユッキー☆:そういやお神酒がぶ飲みして酔い潰れて寝てる狐と狸が撮影された新聞記事、前にどっかで見た

 しろいきゅうび:なんだ、妾と伊予か

 隠神刑部:一応名前は伏せてもらっていい?


「隠神刑部ネキが酔い潰れてるとこ見たことないんだよな。俺ら以上にどぎつい酒飲んでも微笑んでるし」


 よるは:私が唯一飲み比べをしたくない妖怪が隠神刑部さんよ

 きゅうび:ひえっ

 ユッキー☆:言うてワイも酒いくら飲んでも酔わないから最強やな! ガハハ

 だいてんぐ:そりゃ酔わないよね、お酢になるんだもん

 隙間女:お仕置きがこのまま永続しそうなのがちょっと面白い

 しろいきゅうび:酒で酔えない!?!?!?!? 地獄か?

 灯籠真王:大天狗ニキ、その護符売ってくれません? バカ妖狐二匹に使います

 サンダー:鬼がいる


「本当にたまーに鬼らしさが出るよな。……おっと、秋唯さんが風呂から上がったっぽいね。俺も入らないと……」


 ハチミツキ:やべっ、姉貴に頼まれてたツマミ用意してねえや

 灯籠真王:またかよ

 きゅうび:弟使いが荒い姉って世界を跨ぐんだなって

 りんりんどー:本当にね

 月白五尾:誰のこと言ってんのよ あんたもさっさと風呂入りなさい

 ユッキー☆:姉ってこんな感じなのか……

 ネッコマター:やだなあ、私みたいな超優しいお姉ちゃんもいるんだから

 だいてんぐ:ネッコマターさん、そういえば妹さんいるんでしたね


「ネッコマターは間だもんな。上に二人兄貴いるし」


 サンダー:うちの姉貴は怖くないけどな。ただ、あれでも術の素質は俺より強いんだけど

 ユッキー☆:サンダー兄貴より強い雷ってなんなんだ……

 きゅうび:ワイも奥さんがお風呂上がりなので落ちます お疲れ様でした

 月白五尾:おつ

 灯籠真王:乙カレー

 おもちもちにび:もっふー

 りんりんどー:お疲れ様です

 よるは:またね


「じゃあ俺も風呂に入るか。なんだかんだ脱線してたけど、読書の楽しさを再発見した、というお話でした。お疲れー」


 蕾花がライブカメラのスイッチに手を伸ばし、画面が待機画面に切り替わった。

 コメント欄には配信を労う言葉が送られ、少ししてから配信は終了となった。

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