スプラッタじゃないよ、焼きそば配信回だよ(クロスオーバー)

「料理動画であって、スプラッター動画ではありません」


 配信が始まって早々、蕾花が口にしたのはそんな言葉だった。

 去年やった(やらかした)マウス料理動画は常闇様=夜葉が術でモザイクをかける処理を行うほどのスプラッタ映像で、視聴者諸氏には少なからぬ衝撃を与えていた。

 以来、蕾花は料理動画をアップしていなかったが、満を持してやるらしい。


 きゅうび:アレはどう見ても犯行現場だった

 おもちもちにび:ひかくてき、マシなほう

 ユッキー☆:アレで⁉︎

 りんりんどー:最近はだいぶマシだよね

 ゆきおんな:まあ私と隠神刑部様とお料理修行してますし


 コメント欄に、世界も種族も異なる妖怪たちの言葉が乱舞する。

 すると一件、凄く懐かしい面々からコメントが送られてきた。


 がしゃどくろ:おっすおっす久しぶり

 すねこすり:おいっす


「懐かしいなオイ。最古参じゃねえか」


 がしゃどくろとすねこすり。彼らは蕾花が配信し始めた初期も初期、暴走字幕全盛期からコメントを投げていたリスナーである。


 きゅうび:がしゃどくろ兄貴とすねこすり兄貴じゃないっすか!

 月白五尾:ひょっとしたら姉貴かもしれん

 オカルト博士:謎すぎる……何者なんだ

 見習いアトラ:幽世のリスナー?


 蕾花は冷蔵庫から食材を取り出しつつ、「ぶっちゃけわからん」と答えた。マイクは、彼が首につけている伝導マイクであるため明瞭に音声を拾っている。

 さても彼が厨房のステンレス台に置いたのは豚肉のパックとニンジン、キャベツ、それから麺。ソース。焼きそばを作るのだろうが、なぜか顆粒だしも置いている。隠し味だろうか?


「これならスプラッタにならねえだろっていうチョイス。完璧だな」


 ドヤ顔する蕾花に、手厳しいコメントが飛んできた。


 おほほなみ:油断禁物

 オタク君:相手は邪神だぞ

 灯籠真王:舐めるな危険

 月白五尾:悪の枢軸だぞ


「酷すぎやしないか?」


 だんだんエスカレートするいじりだが、まあわかってやっているので問題ない。初見リスナーがいたら、下手すると荒らし現場と思ってしまう可能性がある。

 しかし、その対策としてメンバー限定動画にしているのだ。コメント欄のユーザー名も、文字の色が変わっている。


 よるは:出汁is何


「これは隠し味だよ。柊が教えてくれた」


 蕾花がまな板を持ってきて、キャベツの外側を二枚剥がして置いた。包丁を押し込んで切り分けると、半玉はラップで巻いて冷蔵庫に入れる。

 それから早食い防止のためか、具材を大きめにざくざく切っていった。どうやら今回は真面目に料理するらしい。


 だいてんぐ:肉多くないか……?

 隙間女:一人前ではない

 MIKU♡:弟妹の分もあるかもしれないな


「あー、これは一五〇グラムくらい目分量で入れたらしまいます」


 現世組はそれで納得している様子だが、幽世組は何かを察したらしい。


 キメラフレイム:料理で目分量はまずいですよ!

 サニー:男の料理だし多少はね?

 スターペガサス:ままええわ

 ユッキー☆:※おほほなみさんから始まった一連のコメント

 がしゃどくろ:主食が感情のワイ、高みの見物

 すねこすり:そりゃ骨なんだから食べられないよね

 きゅうび:草

 ネッコマター:草

 トリニキ:それはそう


 がしゃどくろのコメントが笑いを誘う中、蕾花はニンジンも切り終え、ボウルに入れた。

 さて、カメラをコンロに移す。伊予のこだわりでガスコンロも用意されているが、隣には電気式のコンロもあった。蕾花は迷わずガスコンロに中華鍋を置き、サラダ油を引いた。

 ここまではいい。


「じゃあ肉っすね。一人前か。そうかそうか——おあーっと手が滑って四〇〇グラム全部入ったー」


 サンダー:棒読みじゃねえか

 ミッツキー:わかりきってたろ

 きゅうび:その名前はまずいですよ!

 アッキー:我が弟ながらギリギリすぎやしないか?

 おもちもちにび:かいめい、どうぞ

 ミッツキー:ええ……いいと思ったんだけど


「いや変えろお前。それはねえ、まずいんだよねえ」


 しろいきゅうび:ネズミの遊園地が著作権侵害で年いくら儲けておるか知っておるか

 隠神刑部:この話題禁止。続けたものは私の説教です

 トリニキ:ガチの説教やん

 だいてんぐ:普段怒らない方の説教は効きますよね(ニッコリ)

 きゅうび:なんのことですかね(すっとぼけ)

 ユッキー☆:わかんないっすね。俺らいい子なんで

 隙間女:いい子なら心の隙間は広がらないはず……おかしいな


 かなりスレスレを攻めたユーザー名を変えているのだろうか、ミッツキーこと光希のコメントが止まる。

 ややあって、ハチミツキという名前に更新された。まあ、これならまだいいだろう。さっきの名前もあるから、若干黄色いクマが脳裏を掠めたが。


 肝心の料理は豚肉に火が通り、蕾花は脂が十分出たのを確認して野菜を投入した。火の通りを考えれば逆の順番だろうが、蕾花は硬いものが好き。焼肉を食べにいってもご飯も硬めを頼むし、麺も堅めを好み、パンもバゲットをよく食べる。

 その話をさらっとしたら、


 キメラフレイム:やっぱり狐だから顎と歯が大事なんですか?


 というコメントが来た。


「そうそう。ま、俺みたいに戦闘職につかないなら必要ないけど、両腕もがれたら最後は喰らい付いて戦うしかないし」


 きゅうび:はいスプラッタ

 ユッキー☆:腕をもがれても戦う武闘派の鏡

 トリニキ:これは確かに幽世は危険だわ

 見習いアトラ:きゅうびニキたちよく生きて帰ってこれたな……

 ネッコマター:キメラ君とサニーちゃんは不幸中の幸いだったやで

 サンダー:まあなんかあったら俺とハチミツキとユッキーが文字通り飛んでくから

 MIKU♡:雷獣兄貴たちさすが

 ハチミツキ:サンダーニキいたら俺行く必要なくね?

 灯籠真王:構わん、行け


 雷獣同盟が出来上がったことといい、燈真の某吸血鬼発言といい、今日は色々起こる。


 だいてんぐ:ところで三が日はいかがでした?


 だいてんぐ——萩尾丸のコメントに、蕾花が気づいた。ちらっと画面を見たのか、はたまたカメラ外に視界を共有した式神ないし分身がいたのかは不明であるが。


「忙しかったゾ〜。俺はずーっと甘酒作って配ってた。一番忙しいのはやっぱ伊予さんだと思うな。いつ休んでんのかわかんねえもん」


 よるは:待って、願いを聞き続けた私は?

 おもちもちにび:きょう、つかれたもぉおおおん、っていいながらたおれてたよね

 きゅうび:神様コミカルすぎません?

 よるは:そんなもんだよ神様なんて

 りんりんどー:ところで兄さん、そんなに食べれるの?


 りんりんどーこと稲尾竜胆からのストレート豪速球なコメントに、蕾花は「全然食えるって。残ったら燈真が食べるし」と言った。

 蕾花、灯籠真王こと燈真と、サンダーを名乗る大瀧蓮、そして月白五尾こと稲尾椿姫は武闘派神使に数えられる最強格の神使であると同時に、食が太いことも共通している。

 特に燈真は蕾花と同じくらい食べるため、作りすぎて食べきれないものは彼が食べているのだ。これは昔かららしく、羨ましいことに燈真は食べてもなかなか太らないという特徴もあった。


 がしゃどくろ:でも蕾花さん飲み歩いてたんだっけ、三が日は

 すねこすり:自撮りチラ見せしてなかった?

 ユッキー☆:蕾花ニキ飲み歩いたら幽世のお酒底つきそうだが?

 しろいきゅうび:そうだそうだ、妾の酒がなくなる


「夜に飲み歩いてたよ。さすがに俺一匹じゃ幽世の酒は飲みきれねえけど……でも散財したな。酔うと気分良くなっておごっちゃうから」


 きゅうび:後輩連れてって三桁万円単位で飲み代払う芸人じゃないか……

 りんりんどー:兄さんオタクだから金銭感覚特殊なんだよな

 ハチミツキ:食費削るくせにゲームには妥協しないとかオタクの鏡よな

 オタク君:そんなの普通じゃないの?

 おほほなみ:異常です


 野菜もしんなりしてきた。歯ごたえを残していることは、完全にくたっとしていないキャベツを見ればわかる。そこにソースをかけ、さっと顆粒出汁を加える。

 あとは手早く味が馴染むように炒めると、火を消して蕾花はそれを大きな楕円形の皿に盛り付けた。


「おーしおし、できた。まあ……一時間前に俺飯食ったんだけどさ。ヘルプの燈真君が携帯片手にそこに立ってるからどうにかなるべ」


 月白五尾:しってた

 灯籠真王:息子もいます

 きゅうび:時々聞こえる可愛い声って桜花君だったのか……

 キメラフレイム:鬼狐とかいうつよつよ妖怪……

 トリニキ:強すぎん?

 オカルト博士:九尾と鬼神の子孫っていう

 見習いアトラ:もはやオカルトじゃないか(歓喜)

 ユッキー☆:雷獣も強いが(怒)

 隙間女:強さを自慢する子はそこまで強くないってそれ一番言われてるから

 がしゃどくろ:手厳しいな

 すねこすり:まあ事実ですし

 サンダー:じゃあ蕾花雑魚雑魚じゃんか


「誰が雑魚じゃ。……いやごめん雑魚だわ。思いの外焼きそば重いんだよな。作りすぎた。絶対肉いれすぎ」


 しろいきゅうび:草

 きゅうび:手のひらドリル速すぎる

 スターペガサス:常闇之神社って終始このテンションらしいっすよ

 サニー:そうじゃないと断言できないから困る

 キメラフレイム:ノーコメントで

 ユッキー☆:蕾花ニキと竜胆君の漫才が名物なんでしょ?

 だいてんぐ:えぇ


 さて、蕾花は視界共有していた分身を解き、台に皿を置いた。

 燈真が携帯から顔を上げて、桜花を膝に乗せて椅子に座る。


 きゅうび:燈真ニキの貴重なフレームイン

 サニー:桜花君カワヨ

 オカルト博士:弟も小さい頃こんな感じだった

 トリニキ:桜花君ほっぺた餅みたいやな……

 しろいきゅうび:妾の子孫はみんな可愛い

 おもちもちにび:わっちのおとうとはかわいい

 りんりんどー:姉さんの鬼嫁因子が引きつがれなくてよかtt


 竜胆のコメントが不自然なところで投稿され、燈真が「あっ」と小さく声を漏らした。蕾花も全て悟り、見なかったことにした。


 ユッキー☆:りんりんどー君?

 だいてんぐ:寝落ちしたんでしょ(適当)

 隙間女:寝落ちでしょ

 月白五尾:寝落ちよね。うん


 お前の嫁は怖いよな、と蕾花は視線だけで燈真に投げかけた。彼は「いいから、焼きそば食うぞ」と話を変えた。


 かくして最後の最後でホラー(?)な展開を見せつけつつ、蕾花の料理配信は無事に終わるのだった。

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