竜胆の夜伽レス解消
「さむっさむっさむっ」
廊下の板の上を歩きながら、菘がそう言って肩を震わせていた。
蕾花は眠くて寒さどころではないが、内心三日酔いにならなくて良かったと安堵していた。一昨日の忘年会ですっかり日が昇るまで飲み明かしたので、ちょっと心配だった。
幸い二泊三日酔いというか、今朝漢方を飲んだら良くなったので、あとで薬を作ってくれた柊には感謝しておかなくてはならない。
「さむぃ〜にいちゃんのしっぽにうもれてたい……」
「廊下なんかで寒がってるくせに、なんで雪には突っ込むんだよ」
「ほんのう」
「まあそうだよな。兄ちゃんも雪見てると刺さりたくなる」
居間に入ると、朝食を終えた一同が集まっていた。蕾花は見事に食いっぱぐれ、菘に起こされたのである。ちなみに文鳥コンビのメジロとネズ、それから愛猫のラテとノアに関しては竜胆が世話を済ませてくれていた。
菘がさっそくこたつにはいり、「さむさむ」と言いながら丸くなる。猫だけでなく狐もこたつで丸くなるらしい。
蕾花は「伊予さん、食うもんある?」と聞いた。
「お雑炊なら作れるわよ。どう?」
「欲しい。油揚入れてくれたら凄く嬉しい」
「はいはい、ちょっと待っててね」
すっと綺麗な動作で立ち上がった伊予が居間から出ていく。
蕾花は己の隣で、こたつに足を突っ込んだままバンザイ寝している竜胆を見た。しっかり変化は解けていて、三〇キロに達する巨狐の姿だ。
「竜胆も疲れてんだな」
「ええ、執務がお忙しいようです。年末となると色々大変ですから」
氷雨が竜胆を撫でながら言った。竜胆の口から「んなぅ」と可愛らしい息が漏れる。
「なんだ今の可愛い声。菘、みかんとってくれ」
「どぞ」
菘から差し出されたみかんを、竜胆の喉元に置く。
「いたずらしていると、竜胆様に叱られますよ」
「大丈夫だって、そんなことで怒ったりしねえよ」
「にいさん、おきておきて」
菘が竜胆の、毛に覆われた肉球をむぎゅむぎゅ揉みしだく。
「なんだよぉ。休みなんだから寝さしてよ……っていうかなんか置いたろ、誰だよ。菘がやったの?」
「ん」
菘が蕾花を指差す。竜胆の紫色の目がじとっと向けられた。蕾花はみかんを掴み、そのまま皮を剥く。
「もう、兄さんかよ」
「可愛い顔してたからいたずらしたくなった。ってか氷雨さんさっきからずっと竜胆の腹触ってんな」
「もふもふしていて心地よいので……」
「顔埋めて吸えば? 俺時々竜胆とか菘とか、桜花にもやってるぜ」
「顔を、埋める……」
氷雨の目が妖しい光を灯した。竜胆が「えっ?」と声を漏らして蕾花をまじまじ見る。その様子は明らかに「なんでそんな恐ろしい提案をしたの?」と言っていた。
氷雨が青色の目を燃やさんばかりに爛々と輝かせ、竜胆の胸に顔を近づける。
「あっ、まって氷雨さんなんか目が怖い。いくら氷雨さんでも怖いって待ってごめんなさい夜伽に興味なさすぎたの謝るから」
「いや新婚でセッ……夜伽レスだったのかお前……」
桜花が聞いているかもと思って難しい言い回しにした。ちなみに桜花はしっかり聞いていて、椿姫に「よとぎって、なに?」と聞いている。
「夜伽ってのは……その、御伽話を夜にするっていう、そういう……」
「そうそう、百物語みてえなもんだよ。竜胆はほら、百個話さないために小出しにしてんだろ」
椿姫と燈真がうまいことカバーしていた。
ちなみに桜花は蕾花に吹き込まれて百物語がどういうものかを知っている。
「お世継ぎも欲しいですが……それ以上に竜胆様をモフりたいのです……今まではこの氷雨、流石にはしたないと我慢しておりましたが……ちょっとぐらい狐吸いをしてもバチはあたりませんよね」
「当たんねえって。俺なんて毎日狐吸い——いってぇえ! 誰だ俺の手の甲引っ掻いてんの!」
竜胆だ。しっかり凶暴な鋭さに形成した爪で、蕾花の手の甲を赤筋がくっきり残るほど引っ掻いている。
「わっちもきつねすいする」
菘は本来の、十数キロばかりの狐の姿に戻り蕾花の尻尾にダイブした。
「ぼくもおかあさんのしっぽ、モフる」
「はいどーぞ。燈真は?」
「俺もたまには椿姫吸いすっかな」
本来の姿ではなく、妖狐の美女の姿の椿姫にダイブする桜花と、なぜか尻尾ではなく耳の間に顔を当て髪の匂いを嗅ぐ燈真。一見恐ろしげな鬼が、妖狐に甘えるというなかなか凄い光景がそこにあった。
「竜胆様っ! もう辛抱たまりません!」
氷雨がとうとう我慢できず、竜胆の胸元の毛に顔を埋めた。そのままスンスン、ハーッ。スンスンスンッ、ハァーッ。スンハッスンハッ、と狐吸いをする。
「氷雨さん欲求不満だってよ、竜胆」
「助けてよ兄さん……僕の純潔が……」
「お前くらいの歳からちょっと遊んどかねえと、
「うぅ……それ柊も母さんも姉さんも言ってる……」
「燈真と椿姫が仲睦まじいのは若い頃あいつらがなかなかはっちゃけた恋愛してたからじゃねえのか?」
竜胆は思い返した。
確かに燈真と椿姫はしょっちゅうデートしていたし、屋敷でいちゃついていた。それを思うと竜胆は淡白すぎるかもしれない。
しかも、菘がそこにとどめをさす。
「ひさめ、あいそつかして、うわきするかもよ」
「!!!」
竜胆の目が見開かれた。
「冬って繁殖期だしな。竜胆、お前もそろそろ男見せろ。女が首を長くして待ってんだぞ。あんま待たして恥かかせんな」
「う……うん」
竜胆が少年の姿になる。氷雨は竜胆の和服の感触に、正気に戻った。
「わっ、わたくしはなにを——」
「氷雨さん、今日……その、久々に、しよっか」
「えっ、あ……はい……!」
燈真が桜花の狐耳に指を突っ込んで塞ぎ、椿姫が目を覆って隠していた。
が、二人とも空気を読めという顔ではなく、弟の男気にうんうん頷いていた。
と、
「蕾花さん、お雑炊。大好きな味噌味にしたからね」
「おー! さすが伊予さん。いただきまーす」
蕾花が手を合わせ、レンゲを掴んだ。
かくして冬の常闇之神社は、このようにして熱々な様子であった。
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