忘年会です

「今日は集まってくれてありがとう。今年一年、本当にお疲れ様。食べ物に飲み物はいっぱいあるから、好きなだけ食べて行ってね。じゃあ、そうね……常闇之神社に。乾杯」

「「「かんぱーい!」」」


 主神常闇様——の部分顕現体である夜葉が乾杯の音頭を取り、先陣を切って盃に注がれた御神酒を一息で飲み干した。御神酒として備えられるのは米から作られた日本酒で、その名はシンプルに常闇酒と呼ばれている。米を幽世の水を、常闇之神社で清めたもので育てる徹底ぶりであった。

 健啖家が多い幽世の民のため、神社(〈庭場〉という妖術で一時的に空間を広げている)にはあちこちに山のように料理が並んでいる。今日ばかりは神も妖怪も人も無礼講ということで、神社に集まった者は祭囃子に合わせて飲めや歌えやの大騒ぎであった。


 さても健啖家代表といえば、当然この男——蕾花も外せない。

 両性で、外見だけは絶世の美女でありながら中身は男というややこしいギンギツネの五尾妖狐は、大きな常闇海老を揚げたフライに齧り付き、ザクザク鳴らして頬張っている。


「うめ〜〜〜〜〜」


 そして、エビフライを飲み込むと左手のひょうたんからどぶろくを呷る。絵に描いたような大食いであった。

 その隣で、竜胆はテントに設られたテーブルの上の白身魚のフライを取っていた。隣に立つ妻、雪女の氷雨ひさめはポテトサラダを掬い取っている。


「氷雨さん、刺身もいっぱいあるよ。僕はサーモンを貰おうかな」

「わたくしはウニ刺しをいただきましょうかしら……どれも美味しそうで悩んでしまいますね」


 竜胆は人間に換算すれば、年齢は十四歳ほど。しかし精通してしまえば子を成せる——という単純な思考を持つ妖怪は、十四歳で結婚などそこまで珍しい話ではない。それに、彼の一族稲尾家は平安より続く家系だ。現代とは常識が違うところはままある。

 その隣にやって来た蕾花が大皿から菜箸でエビフライを掴み、取り皿に乗せた。それからスプーンでタルタルソースを掬い、乗せる。


「兄さん、タルタルソースかけすぎだよ」

「今日はいいんだよ」


 兄さんと蕾花を呼んだ竜胆だが、その外見は黒毛のギンギツネと白毛の白狐。血のつながりはない。けれど蕾花は竜胆とその妹の菘を弟妹とみなして可愛がっていたし、竜胆たちも蕾花を兄と慕って懐いていた。

 なお、菘は夜葉(=この世界の創造神たる常闇様)の膝の上で、ミニハンバーグをもぐもぐ食べていた。傍目にはいくらなんでも失礼極まりない絵面なのだが、驚くべきことに彼女らは同性の恋人同士である。ぱっと見いわゆるおねロリだが、菘も妖怪だ。人間社会の常識なんて通用しない。まして夜葉は紛うことなき神様である。


「おとうさん、ぼくも、おさけっ」

「お前はまだ駄目だって。こいつはいろんなところに毛が生えてから飲むんだよ」

「ん〜……じゃあ、オレンジジュースほしい」

「取ってくるから、母さんと一緒に待ってろ」


 少し離れたところで、蕾花の同僚で鬼である燈真とうまが、息子に手を焼いていた。こういう席で子供が酒に興味を持つのは人間も妖怪も同じである。

 その息子——桜花おうかは母親で妖狐の椿姫に取ってもらったサラダを食べており、家族といられるのが嬉しいのか二本の尻尾をふわふわ揺らしている。


 燈真は蕾花達がいる、料理が並ぶテントにやってきて「よう」と声をかけてきた。

 右のこめかみから三日月状に伸びた黒い角に、元から美形だったが妖怪となってからはさらに磨きがかかったという美貌の顔立ち。後ろ髪をさながらなまはげのように乱雑に伸ばしている。

 蘭陵王に例えられることがある燈真は、美貌すぎるが故に味方まで士気が落ちるという伝説として知られる話になぞらえ、大勢で任務に出る際は恐ろしい鬼の面をつけることがあった。


「なんだよお前ら。食べかすでもついてるか、俺」

「いや、イケメンはこう……頬っぺたちんみぎってやりてえなって思ったんだよ」

「なんでだよ……オレンジジュースってどこだ?」

「あっちだよ燈真」

「わたくしの氷で程よく冷えておりますよ」


 燈真は「ありがと」と言って、竜胆が指差した方へ歩いて行った。


「貫禄出てんなあ燈真なあ」

「菘が『なんにんかたべてるでしょ』って言ってたくらいだしね」

「泣いた赤鬼のお話もありますし、燈真様は優しい部類の鬼ですよ」


 菘の純粋無垢な評価に、蕾花はちょっと笑いそうになった。それはさておき三人はゴザに戻った。

〈庭場〉という一種の異空間を形成する術なので、気温は過ごしやすい適温を維持している。空間をなんらかの依代で一時的に閉ざすのがこういった結界術の基礎だが、使い手が柊とあって元の空間にそのまま重ね塗りするように異空間を形成してするという離れ技を実行している。そのため、常闇之神社でありながらそうではないという非常に高度で複雑な空間が出来上がっていた。


 ゴザにも当然、料理がある。しかしそこにあるのは寿司桶と天ぷら桶であり、フライ系は別所だったのだ。

 蕾花は三匹ものエビフライと山盛りの唐揚げ、子供の屁理屈のようにサラダと言い張るポテトサラダの取り皿(といいつつしっかり大きなプレートである)から、唐揚げを箸で掴んで口に入れた。溢れ出す熱々の肉汁に眉をしかめつつ、ハフハフ咀嚼する。


「ムフッ、うめえ。唐揚げが揚げ物中では王様だよな」

「ええ? 魚フライだって」

「コロッケではありませんか?」


 などと言い合いながら食べていると、尾張光希おわりみつきと大瀧蓮の雷獣コンビがやってきた。

 光希はハクビシン系の二尾で、蓮は狼系の七尾。体格も、線の細いしなやかな光希は確かにハクビシンらしく、一方の蓮は狼が擬人化したような筋肉質の体型である。


「よーっす」

「竜胆、隣いいか?」

「うん」


 蓮が竜胆の隣に座った。光希は蕾花の隣に。氷雨がくすくす笑うのは、なんだかんだ仲のいい神使メンバーを思ってのことだろう。それに、蓮がかつてはちょうど竜胆世代の少年を蛇蝎の如く嫌っていたのを知っているからだ。


「こんな美男子に囲まれちまったら氷雨も目移りするんじゃねえか?」

「いいえ。この氷雨の目はいつだって竜胆様に釘付けでございます」


 貞淑な妻を公認されるだけはある。彼女はいつだって竜胆を想っているのだ。


「ひー、姉貴といると酒飲まされて飯食えねえんだよなあ」


 光希がそう愚痴った。少し離れたところを見ると、彼の姉である秋唯あきただが、旦那の旧姓美濃みの、現在は尾張と名乗る狐春こはると酒を飲んでいた。その席には、宮司の柊に夜葉、菘もいる。


「俺は姉貴には飲まさねえがな。酔うとキス魔になる」


 蓮が呆れた顔で言った。彼の姉である大瀧真鶴おおたきまなづるは、もともと世話焼きで人に役立つことを生き甲斐とする女性だ。今も、甘酒を煮込んで振る舞っている。童子たちから「お姉ちゃんお姉ちゃん」と慕われていた。


「だってオタク君。あーしがキス魔だったら気が気じゃないっしょ」

「穂波さんは僕にぞっこんだから心配してないよ」

「オタク君の割に言うじゃん」


 そう言ったのは、桶を挟んで反対にいる稲原穂波いなはらほなみとその旦那で、なぜか全員からオタク君と呼ばれる青年である。なんなら妻の穂波からもそう呼ばれていた。

 キタロー分けの髪型をしているオタク君は、右目の周りに大火傷の痕があるからだ。学生時代それがコンプレックスで引っ込み思案だったが、穂波が家に押しかける形で一緒に遊んだ際、それを克服したらしい。


「竜胆、その岩塩とって」

「はい。兄さんのエビフライ、一尾もらっていい?」

「しょうがないにゃあ」


 皿からエビフライを分けてやり、蕾花は菜箸でイカ天を取り分けて岩塩を振る。蕾花はつゆではなく塩で天ぷらを食べる男だった。


「蕾花、俺唐揚げほしい」

「あんだと、あとでモフらせろよ」

「いやお前しょっちゅう俺らのことモフるだろ」


 光希に唐揚げをわけてやる。

 蕾花はイカ天を齧って、岩塩の塩味とイカの弾力、濃厚に詰まった身の味わいに舌鼓を打つ。まあ、食レポが苦手なので「あーうめえ」と言うだけだが。


「おとうさんだ」


 と、同じゴザにいる燈真の息子・桜花が戻ってきた燈真に手を振った。燈真はオレンジジュースのほかに料理を取り分けたプレートを持っている。


「燈真、遅いと思ったらまたいっぱい持って来たわね」

「ついでにな。桜花、美味しいもん持ってきたぞ」

「ありがと!」


 と、その後ろから四尾の猫又美女・万里恵がついてくる。


「ねえ、私燈真の右腕じゃなくて椿姫のなんだけどぉ」

「はいはいわかったわかった」


 ぞんざいな扱いである。燈真は桜花の隣に、万里恵は主君であり妹のように接してきた親友の椿姫の隣に座る。


「うちの旦那は気が利くわね。うん、さすが私の男」

「惚気んなや! 私の彼氏だってそりゃあもう……」


 椿姫と万里恵がそんなことを言うのを、旦那の燈真と万里恵の彼氏である蓮は知らんぷりだ。当妖とうにんたちはあまり関心がないらしい。


「オレンジジュース、ウマー」

「そりゃ何より。桜花、このメンチカツ食ってみろ。鶏ひき肉でうまいぞ」

「たべる!」


 蕾花と竜胆は顔を見合わせ、「確かに優しい鬼だ」と笑った。

 なんのことだ、と思っているのか燈真は「はあ?」と眉を上げるのだった。


 こうして忘年会はつつがなく進行していった。


 途中、悪い妖狐の二大双璧である蕾花と柊が飲み比べをし始め、手伝いから戻って来た化け狸・伊予がしれっとした顔で勝利するなどしたが——諸々含め、幽世の住民は大いに楽しんだのだった。

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