常闇之神社の社務所日誌・真

夢咲蕾花

第一夜 雑談系コメディとはこうするのだ

「ぼうねんかい?」


 稲尾桜花いなおおうかは、母・椿姫つばきの言葉をおうむ返しに口にした。

 二本ある尻尾をふりふりさせ、おやつのどら焼きをかじった。


「そうそう。年末にやる宴会みたいなもんね。現世だと、特に若い世代は嫌がるっぽいんだけど。お母さんたちは乗り気。神社でやるんだよ」

「ぼくものりき。おにく、ある?」

「そりゃあもう、いっぱい。参拝客の方も招くから賑やかよ」


 居間でそのような会話をしているのを、五尾の邪神系妖狐・蕾花らいかは本を読みながら聞いていた。

 忘年会か、と思いながらぽりぽり頬っぺたを掻く。

 蕾花の興味は言うまでもなく酒と料理で、花より団子を絵に描いたような男だった。しかし、その外見はグラマラスな美女である。この辺りに関しては、彼は両性具有アンドロギュノスの妖狐であることが原因だ。外見は女に近いが、性自認は男。そういうことである。


「兄さん、二十三巻貸してよ」

「舐め回すように呼んでるんだよ。二十二巻もう一回読めって」

「三回もぉ?」


 蕾花の血のつながらない弟分・稲尾竜胆が唇を尖らせた。彼は椿姫の実の弟であり、桜花の叔父である。外見は十四歳ほどの少年であり、実年齢は四十三歳。しかし、五十年にも満たない間に尻尾を三本も持つ有望な妖怪だった。

 ちなみに彼らが呼んでいるのは妖術廻戦という人気少年漫画だ。


「あんたたち、漫画ばっか読んでないで話し合いに参加しなさいよ」

「話し合いなんてしてたか? で、なによ」


 蕾花と竜胆が漫画を置いて、座卓に手をついた。


「忘年会について、氏子さんたちに連絡をとって欲しいのよ。あの子達まで強制参加ってわけにはいかないでしょ?」

「僕はみんな参加しそうだなって思うけどね。お酒も料理も好きなだけ食べれるし、時々精進料理続きになる新人さんなんかは特に」

「精進料理っつうかそこらの雑草だろあれ。一食でも勘弁だよな。とりあえずそれについてはわかった、明日にでも連絡とる」

「僕は下町に行って、食材の調達について話してくるよ。働貨の融通は柊がつけてくれるし」


 働貨とはこの幽世の通貨である。常闇様はお金が絡むと碌なことがないと言っていたが、実際通貨がないと困るのも事実。そこで一切の税率のない働貨を用意し、またそこで働けば商品をもらえるとか、物々交換ができるともし、制定した。

 また働貨は神社で物資や食料とも交換できる。とはいえ、多くは現物支給で賄われているため、働貨はさほど根付いていない。せいぜい、神社で使えるポイントみたいな感覚である。


 上座で酒を飲んでいた常闇之神社とこやみのじんじゃ宮司・稲尾柊は自主性のある竜胆の発言に、感銘を受けたようだ。うんうん頷き、隣に座る旦那・稲尾善三に言う。


「あやつは事務に向いておるな」

「竜胆は、戦える事務職を目指しておるようだがな」


 なお、柊と善三は椿姫たちの先祖だ。三十四世代も離れているが、なぜ彼らと共にいられるのかといえば、この常闇之神社が存在する世界はいわゆる死後の世界だからだ。

 最高神・常闇様が作り出した幽世という〈庭場〉に招かれた、非業の死を遂げた者が、ここの住民である。


「にいさん、かいけいちょうぼ、あしたみといて」

「常闇バーガーのやつだね。僕じゃなくて光希に見てもらっていいかな。忙しくて目を通す時間がないかも」

「わかったー」


 話しかけてきたのは十歳児ほどの少女。彼女は稲尾菘という二尾の妖狐で、椿姫・竜胆の末の妹だ。こんなに幼いがすでに常闇バーガーというバーガーショップの社長である。

 ちなみに、「おいろけもふもふ」であるとのことで、絶世の美狐を自認していた。


「兄ちゃんにはさっぱりだ、その辺の話」

「兄さんは土産屋のバイトだもんね」

「まあな。でもこの神社の広報部部長とか、武闘派神使筆頭とか、こう見えて凄いんだぞ?」

「じまんげなおとこは、こものっぽいよ」


 菘の毒舌が炸裂し、蕾花は「あぁう」と呻いた。


「そういやあんた、ギャル化してたわね。私らも巻き込まれたけど。あれはなんだったの?」と椿姫。

「ボヤイターによくある、占いメーカーで遊んでたら「あなたはJKです」みたいな結果が出たんだよ。それで化けた。一応広報写真にするし、無駄ではないだろ」

「兄さんのあの写真を見て、この世界を学園ものって思う人とか出てくるんじゃないかな?」

「まさか。まあでも、まさにあやかし学園だよな! ガハハ!」

「りっかちゃんに、よせてたね」


 六花——梅園六花。常闇之神社が他世界の番組を見れるサービスとして提供している、ネットモフリックスで人気の番組「あやかし学園」の主演だ。

 蕾花はその限定写真集を本妖ほんにんから貰い、自室に大切に保管している。


「んで、俺にとっちゃ重要案件なんだが、忘年会の料理ってのはやっぱ伊予さんが作るんだろ?」

「伊予さんだけじゃ無理があるから、みんなで作るのよ。氏子さんたちにも手伝ってもらうし、屋台も出すわ。神社総出のお祭りみたいなもんよ」


 椿姫がそう言った。実は今年の忘年会はあえて神社で行う祭りにしており、その企画を担当したのが椿姫自身であった。

 というのも、先述の通り常闇之神社は前世で非業の死を迎えた魂が転生する場所である。

 だから、少しでも第二の生を楽しんでもらおうと常闇之神社総本社であるここや、分社のある里なんかは、神社主催で常にお祭りのようなことをしていた。


 ここに転生したものは往々にして妖怪となる。妖力の影響と、生前の苦しみもあって酒や祭りを好むのだ。まさに百鬼夜行が日夜行われるのである。


「おかあさんも、おさけのんじゃう?」

「まあ、嗜む程度にね。桜花はダメだかんね。妖怪って言っても子供なんだから」

「うん。でもね、おとうさんがね……」

「ん? 燈真とうまがなに? 酔って火照ったお母さんが可愛いって?」


 何も言ってないのに惚気た姉に対し、竜胆と菘が呆れている。蕾花はすでに桜花の言葉を悟っていたので、合掌した。


「おかあさん、おさけはいると……きょうぼうになるって」

「んなわけないでしょ、お母さんは柊とは違うんですー」


 と、そこに燈真がやってきた。二尾のハクビシン雷獣である尾張光希と、七尾の狼雷獣である大瀧蓮を伴っている。


「風呂上がったぞ。誰か脱衣所に携帯忘れてったろ」

「ごめん俺だわ。悪い悪い、……燈真」


 蕾花は自分の携帯を受け取り、燈真に耳打ちした。


「逃げた方がいいぞ」

「はあ? なん——」

「燈真、あんた私が酔ったらどうなるって?」


 椿姫が翁面のような、どこか不気味な笑みを浮かべて言った。


「湯当たりしたかもしれん外で涼んでくる」

「待ちなさい! 私が酒乱っていいたいの? ちょっと速いって!」


 取り残された桜花の隣に、「ほんと仲良いよなあ」と言いながら光希が座った。同じく、その反対側に蓮が座り、「昔からだろ」と笑う。


「おにごっこ、してるのかな」


 その無邪気な桜花の言葉に、蕾花は半笑いで、


「ある意味では、そうだな」


 と答えた。

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