明かされる真実

「魔王が、本気で和平を……そんなはずない! 魔王は奇襲を仕掛けて、戦争を起こしたじゃないか! 歴史では、そう語られているんだ!」


 フィーユが激昂して、剣を向ける。

 その様子を、姉さんは呆れたように見る。


「……人間って本当に醜いわね。都合の悪い真実はすべて包み隠そうとするんだから」

「え?」

「和平条約を結んだ後に、真っ先に奇襲を仕掛けたのは……あなたたち、人間じゃない」


 人間のほうから、奇襲を仕掛けた?


「はじめから人間たちに和平の意思なんてなかったのよ。友好のフリをして、お父様との会談に臨んだ。……すべては『勇者』とかいう暗殺者を、お父様に仕向けるために」

「勇者様が、暗殺? 何を、言ってるんだ! 勇者様は、真っ向から魔王と戦って、相打ちで倒れたって……」

「ふっ。あなたたちの国では、富と名声に目が眩んだ俗物を勇者と呼ぶの?」

「え?」

「英雄になるには、敵が必要よね? それが大物であればあるほど賛美が集まる。その英雄を輩出した国も世界中から注目される。……だから、人間たちは困ったのよ。『魔王という、せっかくの絶好の獲物が和平なんて下らない交渉を持ちかけてくる』ことに」


 軽蔑を込めた顔で、姉さんは語る。


「よく覚えているわ。勇者の欲深い目を。『魔王を殺せば俺様の名は永遠に残る。富も、女も、国も、すべて手に入る』って。吐き気がしたわ。人間側の王家に、いいように利用されていることも知らないで。滑稽にもほどがあったわ」

「……嘘だ。勇者様は、高潔な御方だ! そんなことを口にするはずが!」

「なら、見せてあげる。私の記憶を。記憶メモリー

「なっ!?」

「がっ!?」


 とつじょ、見知らぬ景色が頭の中に浮かぶ。

 どこかの王室。

 そこで、剣を交える男が二人。


『和平なんてクソ喰らえだ! 俺様は最強の力を持つ勇者様だ! 魔王! 邪悪な存在であるてめぇをぶっ殺せば世界中が俺様を讃える! 俺様はすべてを手に入れるんだ!』


 そこには、おおよそ高潔とは無縁な男が、強大な力を荒々しくふるっていた。

 それに応じるのは、黒い髪と金色の瞳を持つ、角を持つ男……。


『……やはり、繰り返されるのか。血塗られた歴史は』


 悲しそうな目で、男は剣を執った。

 この人が、僕の……。


 景色が戻る。

 記憶の再生魔法は、自分が見た景色を他者にも見せる魔法。

 それを偽ることは決してできない。

 つまり……あれは、事実起きた出来事なのだ。


「理解した? 結局、あの戦争は人間が引き起こしたのよ。つまり、自業自得」

「……嘘だ」

「でも、安心したわ。だって……あなたたちのおかげで殺し合いができる大義名分ができたんだもの! 私たちだって和平なんてクソ喰らえよ! 楽しかったわよ! 自分から喧嘩をふっかけておきながら『助けてくれ!』って命乞いをする人間たちを殺すのは!」

「……黙れ」

「お父様は大馬鹿者よ! 歴代の魔王が残した禍根が一代で消せるはずがないのに! そういう意味ではあなたたちのほうが正常だったのかもね~? なんだかんだ、あなたたちも殺し合いに興奮する生き物だものね! あの勇者はまさにその代表だったわ!」

「……黙れっ」

「あら? もしかして、あなた勇者に憧れてたの? あんな俗物に? あははは! どう? ねえ、どんな気分!? 憧れの勇者様が、ただ力だけを持ったクズだったってわかって!」

「黙れえええええ!!!」


 フィーユの感情に合わせるように剣に炎が灯る。


「ボクは……ボクは……お前たちを絶対に許さない! 豪炎斬ブレイズザッパー!!」

「……生ぬるいわね」

「あ……」


 フィーユの最大火力である攻撃を……姉さんは、いとも簡単に消した。

 人差し指から生じた、小さな黒い渦ひとつで。


「あなた、そろそろ目障りよ。邪魔だから死んで?」

「え?」


 一瞬にしてフィーユの背後に立った姉さんは、手刀を振り下ろす。


転移アポート!」


 咄嗟にフィーユを抱えて、転移魔法で距離を取った。


「……やめてくれ姉さん。フィーユは、僕の友達なんだ! 彼女を傷つけたら……たとえ姉さんでも許さない!」

「友達ね……その小娘は、そう思っていないかもしれないわよ?」

「え?」

「私、感情の揺らぎがわかるの。だから感じるわ。その小娘が憎悪と友情の間で葛藤しているのを」


 クスクスと、姉さんが邪悪に笑う。


「ロー、くん……」

「フィーユ? うっ!?」


 フィーユが僕の腕を握り、爪を立てる。

 血が滲むほどに、強く。

 彼女は、泣いていた。

 虚ろな瞳で。


「ボク……もう、どうすればいいか、わからないよ……」


 信じていたものを、すべて失った少女の姿が、そこにはあった。

 あまりにも悲しく、残酷な姿だった。


「ねえ、ローエンス? この先も、その娘といままで通り触れ合えると思う?」


 いやに優しい声色で、姉さんは囁く。


「魔王の血を引くあなたを、はたして受け入れてくれる人間がいるかしら?」

「……やめてくれ、姉さん」

「ふぅん。いま過去視をしてみたんだけど、ローエンス、あなた育った村で随分とひどい仕打ちを受けていたのね? 仕返しをしてやりたいと思わない?」

「……やめて」

「本当は憎いんでしょう? 自分を忌み子扱いした人間たちが。……ええ、この先もそうなるわよ? だって、魔王の子どもなんだもの!」

「やめてくれ!」

「あなたの居場所は人間の世界にはない……だから一緒に行きましょう! 私が、あなたを愛してあげる! たとえ人間の血が混ざっていようとも関係ない! あなたには素晴らしい力があるのだから! その力を、正しいことに使うのよ!」


 狂おしいほどの感情を浮かべて、魔王の娘は腕を広げる。


「お父様は魔王としての役割を放棄した。だから私たち姉弟が代わりにその役割を果たすの! 誰にも邪魔させない! 文句を言うヤツがいるなら殺す! たとえそれが同族の魔人であっても! 私が……私だけがあなたを肯定してあげるわ、ローエンス! だからあなたも私を愛して!」

「……断る!」

「ローエンス?」

「……血の繋がった家族がいたことは、正直嬉しいよ。たとえそれが、魔人でも。……だけど! 姉さんとは行けない! 平気で人を殺めることができる、あなたとはわかり合えない!」


 とても怖く、悲しい。

 でも、言わなければならない!

 僕は……『人間』として、育ったのだから!


「僕は! これからも『人間』として生きていく!」

「……そう」


 フッと、姉さんが穏やかに笑い、瞳を閉じる。


「よく、わかったわ」


 溜め息をひとつ吐き、ゆっくりと瞼を開ける。

 開いたその瞳に。


 光が、なかった。


「少し、躾が必要みたいね?」


 膨大な魔力の塊が迫る。

 指先ひとつで放たれた、黒い塊。

 それが、まっすぐ僕に向かって──。


「──させないわ」


 黒い塊が、弾ける。

 僕は、見た。

 カバンに提げていたヌイグルミ。

 それが光を発して、大きくなる瞬間を。

 銀色の長い髪。黒いドレス。美しい後ろ姿。

 何年も見てきた、頼もしい背中がそこにあった。


「……師匠っ」

「間に合って良かった。ヌイグルミを通して転移するのに、少し手間取っちゃったわ」


 涙がこぼれる。

 いま、一番会いたかった人が、そこにいるのだから。


「あなた、魔女? 魔女がいったい何のご用かしら?」

「私はこの子の師匠よ。状況はヌイグルミを通して見ていたから、だいたいの流れは知っているわ。魔王の娘! ルトとか言ったわね! あなたにどうしても言いたいことがあるわ!」

「……何かしら?」


 相手は魔人。しかも魔王の娘だというのに、臆することなく向かい合う師匠。

 なんて、頼もしいんだろう。

 やっぱり、師匠は、僕がこの世で一番尊敬する……。


「よくもローエンスのファーストキスを奪ってくれたわね!? キィィィ!! 絶対に許さねええええ! 魔王の娘だろうと関係ねえわ! ぶち殺してやるううう!!」


 ……え? 怒るところ、そこ?



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