師匠と一緒なら


「はぁ~。次から次へとめんどくさいのが現れるわね~。せっかく出会えた姉弟の時間を邪魔しないでいただける?」


 とつぜん現れた師匠に対して、姉さんはさも面倒くさいものを見るようにため息を吐く。


「ふん! 血の繋がりがあるくらいで偉そうな顔しないでもらえるかしら! 私は八年間も師弟としてローエンスと過ごしてきたのよ! アンタなんかよりもずっと濃密で濃厚であーんなことやこーんなことをして思い出を築き上げてきたんだから!」


 師匠、言い方。


「ふーん、ローエンスの才能を見抜いて弟子にしたその慧眼は褒めてあげるけど……でもダメね~お師匠さん。ローエンスの才能をちっとも伸ばせてないじゃないの。この子の力なら、もっともっと上を目指せるのに」

「っ!?」


 師匠が、僕の才能を、伸ばせてないだと?


「……取り消してよ、姉さん」

「ん?」

「僕をここまで育ててくれたのは師匠だ。確かに修行は変なことばかりだったけど……師匠のおかげで僕はいろんな魔法を使えるようになったんだ! その教えが間違いだなんて言わせない!」

「ローエンス……」


 僕の言葉に師匠が嬉し涙を浮かべる。

 そうさ。どんなハレンチな修行だろうと、僕はこうして魔法を使えるようになった。

 その師匠の教えが、間違っているはずがないんだ!


「……いや、あの、過去視してみたけど……あなたたち、どういう修行してんのよ?」

「っ!?」


 姉さん! まさか過去視であのハレンチな修行の数々を見ているのか!?

 やめて! 恥ずかしい!


「大丈夫ローエンス? その女に騙されてない? え? これ、ただの逆セクハラじゃないの?」

「貴様あああああ!! 私たちの思い出を勝手に覗き見してんじゃないわよおおおお!!」


 師匠が怒りの雷魔法を放つ!

 しかし、フィーユのときと同じで、黒い渦のようなものであっという間に吸い込まれてしまった。


「やっぱり話にならないわね。この程度の力で師匠を名乗るつもり? ねえ、ローエンス。やっぱり私と一緒に行きましょ? 私だったらあなたの才能を正しい方向に伸ばすことができるわ。そこの変な魔女とは違ってちゃんとした修行させてあげるし。うん、わりとマジでちゃんとした修行を経験したほうがいいわよ?」

「魔人の言葉に耳を貸してはダメよローエンス! あなたは私とずーーっと森の館で楽しく過ごすって約束したでしょ!?」


 そんな約束をした覚えはないが、僕の気持ちは師匠と一緒だ。


「何度も言うけど、姉さん。僕の答えは変わらないよ。魔人側には行かない! 僕は師匠と一緒に帰る!」

「……そう。私よりもその変な魔女を選ぶっていうのね? だったら……」


 姉さんの気配が変わる。

 鋭い、氷のように。


「その女を殺せば、あなたの帰る場所はなくなるってことね?」

「っ!?」


 本能が告げる。

 逃げろ。逃げろ。逃げろ。いますぐこの場から離れろと。


魔群生成ディアボロジェネレート


 姉さんの足下にある影が肥大化する。

 その影から、まるで水面から浮上するように、何かが這い上がってくる。


「ああっ」


 姉さんが艶っぽい声を上げる。

 頬を紅潮させ、下腹部を愛しそうに撫でる。


「さあ、いらっしゃい。私の可愛い子どもたち」


 姉さんの影から現れたのは、あの謎のモンスターの大群だった!


「これが私の固有能力……取り込んだ魔物を組み合わせ、優れた能力を複数継承させた生命を生み出すことができる。いずれ人間たちを蹂躙する魔王軍の新たな兵力よ」

「っ!?」


 あれが、姉さんの力で生み出された生き物だと!?

 しかもそれを、人類虐殺の道具として使うつもりなのか!?


「歴代の魔王たちは、それぞれ偉業を成し遂げてきたわ。

『最古の魔王』である『傲慢』はそのカリスマ性で同族たちを従え国を立ち上げた。

『最凶の魔王』である『暴食』は欲望のままに人間を食い尽くそうと軍事力を強化した。

『最知の魔王』である『嫉妬』は他国の技術を妬み、羨み、その英知で自国の魔法技術を発展させた。

『最善の魔王』である『強欲』は底知れない上昇志向で民も、軍事も、技術もすべてをより高みへと至らせた。

 ……そして『最低の魔王』であるお父様は歴代最高の魔力を持ちながら何も為さなかった。それゆえに『怠惰』と蔑まれた。でも私は違う!」


 姉さんの金色の瞳がおどろおどろしく光る。


「私はこの力で衰退した魔王軍を再興させる! 私は『色欲』を司るルト! 新たな生命の母となり、いずれ『最盛の魔王』となる! そのためにも……ああ、ローエンス! あなたの存在が必要なの! 歴代最高の魔力を受け継いだ私たち姉弟が交われば最強の子孫を残すことができる! 私が必ず産み落としてみせる!」


 狂気に濡れた瞳で手を差し伸べる姉さん。

 怖い。ただただ、恐ろしい。その瞳の中に僕は映っていない。

 彼女が見ているのは……僕の中に流れる血だけだ。


「……ふん。呆れたわ。ようするに、あなたの目的はローエンスの子種ってことね?」

「師匠?」


 師匠の体から魔力が噴き上がる。

 いままで感じたことのないほどの高密度の魔力だ。

 師匠……怒ってる!

 こんなにも、怒りを滲ませて魔力を放つ師匠を見るのは初めてだ!


「ローエンスの体だけが目当てなワケね? ローエンスのおちんちんが欲しいのね? ローエンスの童貞を奪うつもりね!?」

「……あの、師匠?」


 なぜそんなにやたらとしもの部分を強調するんですか?


「許さない……アンタは私の最大の敵よ! ローエンス(の貞操)は……私が守る!」


 師匠!

 僕のためにそこまで!

 何か途中で変な間があった気がするけど!


「守るね~……。この大群を相手にして同じことが言えるかしらお師匠さん?」


 気づけばモンスターたちに囲まれていた。

 一匹のそれぞれが相当な力を持っていることがわかる。


「ローエンス。フィーユを連れて転移魔法で逃げなさい」

「え?」

「私が時間を稼ぐから、とにかく逃げるのよ」

「な、何を言ってるんですか!? いくら師匠でもこんな大群相手じゃ! しかも姉さんは……魔王の娘ですよ!?」


 さっきの師匠の上級雷魔法だって効かなかった!

 いくら師匠でも、あまりにも無茶だ!


「あなたの師匠を信じなさい。大丈夫。きっと無事に帰るから」

「……いやです」

「ローエンス?」

「師匠を置いて逃げるなんて、そんな自分許せません! 僕も一緒に戦います!」

「ローエンス!」

「お願いします。師匠を……失いたくないんです!」

「っ!?」

「師匠のほうこそ、僕を信じてください。あなたが育てた弟子を!」


 どんな状況でも生き残れる手段を教えてくれたのは師匠、あなたじゃないですか。

 いまこそ、師匠の教えてもらったすべてを発揮するときだ!


「師匠を、ひとりにはさせません!」

「……きゅん」


 きゅん?


「こほん! しょ、しょうがないわね! 一緒に力を合わせるわよ!」

「師匠……はい!」


 でもその前に。


「キャディ、出てきて」

「はい、ローエンス様」


 使い魔のキャディを実体化させる。

 視線を、戦意喪失しているフィーユに向ける。


「頼む。フィーユを連れて転移してくれ。できる限り安全な場所に」

「ローエンス様……あたし抜きで戦うおつもりですか?」

「……君には何度も助けられた。ありがとう、キャディ。僕のような男と契約してくれて」


 キャディは言葉をグッと呑み込むように唇を噛んだ。


「あたし、信じてます。お二人とまた会えると。どうか死なないでください」


 キャディは命令通り、フィーユを抱えて転移してくれた。


「ああ、嬉しいわローエンス! 逃げずに残ってくれたのね! でも聞き分けの悪い子だからちょっとお仕置きをするわよ! 腕の一本や二本はなくなっちゃうかもしれないけど安心して! 魔法ですぐに治してあげるから♪」


 異形の群れを引き連れた魔王の娘が、僕たちの前に立ちはだかる。

 絶望的な状況。

 でも不思議と、いまは怖くない。

 敬愛する師匠と一緒だから!


「さあ、覚悟を決めなさいローエンス。いまこそ修行の成果を発揮するときよ!」

「はい、師匠!」


 僕にとって、最大の戦いが幕を開けた。

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