腹違いの姉

「こ、これってギルドで噂になってたモンスター!?」

「そうだ! コイツには魔法が効かない! でも大丈夫! 対策の仕方は師匠から教わってる!」


 先日、師匠が住む森でもコイツは現れたという。

 師匠はすぐに対策用の魔法を僕に教えてくれた。

 本当に珍しいことに、真剣な顔で極普通に教えてくれた。


岩石圧殺ロッククラッシュ!」


 無数の岩石を出現させ、全方位から圧殺!

 師匠はこうして謎のモンスターを即死させた。

 だが……。


「なっ!?」


 岩石がヒビ割れる。

 砕けた岩の中から、無傷のモンスターが現れる。

 その表面には、まるでドラゴンのような鱗があった。

 まさか、アレで防がれたのか!?


「ロ、ローくん!? 効いてないよ!?」

「くっ!」


 ヤツの弱点は物理攻撃だったはずなのに、それすらも無くなっている。

 まるで、こちらに対応するかのように進化している!


「……一か八か、やってみるか」

「ローくん?」

「フィーユは離れて。君も巻き込んでしまうかもしれない」


 謎のモンスターは、物理攻撃も効かないとわかった。

 なら、方法はひとつしかない。


 イメージする。

 湖のときにも使った、あの謎の魔法を。

 あのときの感覚を、思い出すんだ!


魔法双手マジックハンズ!」


 空中に、青色に光る巨大な手がふたつ出現する。

 僕の意思で自在に動くその双手でモンスターを挟み込む。

 魔法双手は僕の手も同然の代物。これで


(キャディ! バックアップを頼む! 同時にやるよ!)

(了解ですローエンス様!)


 使い魔であるキャディの力を借りて、僕は魔法を発動させる。

 師匠は言っていた。

 あのモンスターは『魔核』と呼ばれる膨大な魔力の塊を原動力にしていると。

 即ち、その魔力そのものを根こそぎ奪ってしまえば……。


吸収ドレイン!!」


 触れた相手の魔力を奪う魔法である『吸収』。

 サキュバスであるキャディにとって十八番のような魔法だ。

 彼女の補助が加わることで、効果は幾重にも倍増する。


「──■っ! ■■■■!!」


 原動力である魔力を吸われ、謎のモンスターの体が石像のように色を失っていく。

 やがて、その体はどんどんヒビ割れていき、砂となって崩壊していく。

 やはり、あのときと同じだ!

 魔力を奪われると、コイツらはただの砂となる!


「や、やったぞ……」


 ふたつの魔法の組み合わせによって、見事に謎のモンスターを倒した。

 だけど……。


(コイツ、本当に何者なんだ? キャディは、何かわかる?)

(いえ……こんなモンスター、あたしも見たことありません。ただ……)

(ただ?)

(アレの原動力である『魔核』。それを造り出せるのは、あの種族しか……)


 キャディと念話している、そのときだった。


 パチパチパチ。


 誰かが、拍手を送りながら、目の前に現れた。


「素晴らしいわ。私の最新作をいとも簡単に倒してしまうだなんて」

「え?」


 いつから、そこにいたのか。

 黒いドレスを身に纏った少女がいた。

 歳は十五歳くらいだろうか。

 病的に白い肌。豊かな胸の谷間を大胆に曝し、長いスカートの切れ込みから眩しい素足を出す、危うげな色香を醸し出している。

 森に似つかわしくない高貴な雰囲気は、彼女がその場に立っているだけで見る者を屈服させてしまうような威圧的なものを感じる。

 ゾッとするほどに美しい少女だった。

 見惚れるというよりも、心を力ずく奪われてしまいそうな、そんな凶暴染みた美貌。

 近づけば最後。その魅力に抗うこともできず、堕ちるところまで堕ちてしまいそうな危険な色香が、彼女にはあった。


 ドクン、と心臓が跳ねる。

 彼女の美貌に、惹かれたからか? ……いや、違う。

 同じだったからだ。

 目の前の少女は……僕と同じ、黒い髪と金色の瞳の持ち主だった。


「あ……あ……」


 体が異様に熱い。

 細胞のひとつひとつが、まるで歓喜の雄叫びを上げるように脈動している。


「さすがはお父様の血を引く子ね。半分は人間が混ざっていても、その潜在能力は計り知れない。素晴らしい……素晴らしい才能だわ」


 少女は歓喜の顔を浮かべながら、僕をジッと見つめる。


 ……わかる。

 どうしてか、わかる。

 目の前の少女が、何者なのか。


「……あなたなら感じるはずよ? あなたの中に流れる血が、私が何者なのかを」


 少女が妖艶に微笑む。

 愛しさを込めながら。いまにも蕩けそうな慈しみの感情を向けながら。


「ああ、こうして会えて嬉しいわ。ずっと、ずっと、あなたを探していたのよ?」

「あなた、は……」


 初めて会った女性。

 顔も知らない誰かなのに……なぜか僕は瞬時に理解した。

 僕の流れる血が、告げている。

 口が、自然と動いた。


「姉さん?」


 少女は満面の笑みを浮かべて、両腕を広げる。


「はじめまして。私はルト。あなたの──腹違いの姉よ」


 まるで聖母のような顔で、彼女は微笑んだ。


「あなたを、迎えに来たのよ。さあ、帰りましょう。あなたの──本当の居場所に」


 優しい声色で、僕に手を差し伸べる。


 ──頭部に二本の角を生やした、腹違いの姉が。


 角。それは、彼女が魔人の眷属である証。

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