フィーユの憎しみ


 ギルドの依頼をこなしていると、ときどき古代文明の遺物であるマジックアイテムを回収することがある。

 そういったアイテムは見つけた者が所有しても良いし、ギルドに売りつけるのも自由である。

 僕としては師匠の研究に役立ちそうなアイテムなら是非とも回収したいのだけれど……相棒であるフィーユはあまりそういう物欲はないようだった。


「よっしゃー! アイテムゲットー!」


 森の探索をしていると、フィーユは偶然にもマジックアイテムを見つけた。


「これは高く売れそう! へへ、ボクが先に見つけたから自由に使ってもいいんだよねローくん?」

「もちろん。そういう約束だったからね。……でも勿体ないなぁ。それ古代の魔法水晶だよ? いろいろおもしろい発見とかありそうだけどなぁ……」

「ボクが持ってたって使い方わかんないもん。だったら必要な人に売りつけてボクは欲しいものをそのお金で買う。こうして経済は回っていくのだよローくん!」


 目を金貨の形にしながらフィーユは「にへへ」と笑った。

 このお嬢さん、意外と守銭奴の気があり、僕がマジックアイテムを見つけると「いいなー、高く売れそうだな~」と指を咥えることがしょっちゅうだったりする。

 勇者希望者である彼女は名声だけでなく富も欲するわりと欲深いやつである。

 まあ、そういう素直なところがフィーユのいいところだとは思うが。


「逆にローくんは本当に物を大事にするよね~。その首に提げている指輪とかも、すごく高値で売れそうなのに肌身離さず持ってるし」

「ああ、これ」


 師匠が僕の故郷で見つけてくれた指輪。

 それは紐を通してペンダントとして身につけている。


「これ、亡くなった母さんの形見なんだ。だからお守りとして付けているんだ」

「そうだったんだ……ごめん、無神経なこと言って」

「気にしないで? 実際、すごく高級品な感じするよね。母さん、どこでコレを手に入れたんだろ?」


 あの寂れた村に、こんな指輪を作れる職人なんて居なかったはずだけれど。

 手に入れられるとしたら、それは余所からやってきた誰かが母さんにプレゼントしたくらいか……。


『……ええ、約束よ? 私、あなたの迎えを待ってるわ。誰も傷つけ合うことのない、争いのない世界で幸せに暮らしましょ』


 この間に見た、奇妙な夢を思い出す。

 お腹を膨らませ、誰かの迎えを待つ母……。

 いや、まさか。あれはただの夢だ。

 あれがもしも実際の出来事だったとして、どうして生まれてもいない僕がそんな記憶を持っているんだ?


「そっか……ローくんもお母さんがいなかったんだね……」

「フィーユ?」

「ボクも、両親を亡くしてるんだ。……魔人たちが、殺したんだ」


 思わず背筋が震える。

 フィーユが口にした、その名を聞いて。


「魔人って……あの?」

「そうだよ。アイツら、いきなりボクの村を襲ったんだ。理由なんてない。ただ、殺戮をするためだけにっ」


 フィーユの顔に、憎悪の色が宿る。

 こんなフィーユを見るのは初めてだった。


「アイツらは息をするように人を殺す。父さんと母さんを手にかけるときだって、怒ってもいなかった。笑ってさえもいなかった。まるで、虫を殺すかのように!」


 フィーユの言葉に戦慄する。

 魔人。

 人型モンスターの中でも最上位に位置する最強にして最悪の存在。

 師匠ですら関わることを恐れる正真正銘の化け物たち。

 そんな連中に、フィーユの両親の命は奪われたというのか。


「ボクは、絶対にアイツらを許さない。親玉である魔王だって和平条約を結ぶフリをして結局、部下を仕向けて戦争を引き起こしたんだ! アイツらは、この世に存在しちゃいけない生き物なんだよ! 魔王を滅ぼされたけど、生き残りがきっと次の魔王になる。だから……ボクが勇者になって、ヤツらを一匹残らず滅ぼすんだ!」

「フィーユ……」


 フィーユが勇者にこだわるのは、復讐のためでもあったのか……。

 目の前にいるのは、いつもの天真爛漫な少女ではなく、憎しみに囚われた修羅だった。


「魔人はすべて敵……!」


 ……彼女の目的に対して、僕が口出しする権利なんてない。

 だけど……その道はあまりにも険しく、悲しいもののように思えた。


 フィーユ、君は本当にそれでいいのか?

 そう問いただしたくなる。

 どうか、そんな怖い顔をしないでほしい。

 フィーユには無邪気な笑顔が一番似合うのに。

 ……もしも。

 もしも、その憎しみの感情を僕に対して向けられたら……。


 心が、砕けてしまうかもしれない。


 ありもしない、最悪の空想を働かせたそのときだった。

 森が、ざわついた。


「……っ!? フィーユ! 剣を構えて!」

「え?」

「何かが……近づいてくる!」


 感じる。

 森の向こう側から急速に僕たちのもとへ向かってくる気配を。

 この気配を、僕は知っている。

 ……まさか!


「■■■■■!」


 異質な鳴き声を上げる異形が眼前に現れる。

 あらゆる生き物が混ざり合ったような不自然なカタチ。

 やっぱり、湖で見たときと同じモンスターだ!


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