不穏な影

    * * *



「ブラストビーの群れの討伐……うん、確認完了! お疲れ様!」


 受付嬢のビスケさんにクエスト完了の報告を済ませ、報酬を貰う。


「凄いわ! あなたたちの歳でブラストビーを倒せちゃうなんて! 熟練の冒険者でも苦戦する相手なのに!」

「あ、ありがとうございます。対策可能な魔法があったから、何とか無事に倒せた感じです」

「それでも大したものよ! ほら、この間のクエストの依頼者からお礼の手紙が届いてるわ。胸を張りなさい。あなたたちはもう立派な冒険者なんだから」

「は、はい」


 ビスケさんから賛辞を貰い、思わず照れくさい気持ちになる。

 なんか嬉しいな。こうやっていろんな人から褒められたり、感謝されるのは。


「おう! 最年少コンビじゃないか! 今回も大活躍だったみたいだな!」

「新人とは思えない強さね! 良かったら今度わたしたちのパーティーと組まない?」


 ギルドで最年少である僕たちの活躍は他の冒険者さんたちの間では目立つようで、こんな風に声をかけてもらう機会が増えた。


「おい、嬢ちゃん。あんまり高火力魔法にばっか頼ってローエンスに迷惑かけんなよ?」

「むぅ! なんだよ~! ボクだって最近は火球ファイヤーボールとか小回りの利く小技も使えるようになったんだから!」

「いや普通はそこから覚えてくもんだからな!?」

「ははは! ローエンス君! 困ったことがあったらいつでも俺たち先輩を頼ってくれよ! 魔法に関しちゃ君のほうが優秀だが、経験者なりの知恵ってのはいくらでも教えてやれるからさ!」

「は、はい! ありがとうございます!」


 ギルドの人たちは皆優しい。

 僕たちをこんなにも気にかけてくれて、親しみを向けてくれる。

 村に居た頃じゃ、考えられない光景だ。

 ここには僕の髪と瞳の色を、変な目で見てくる人はいない。

 リィムさんの言うとおりだった。

 勇気を出して外に出れば、こんなにも僕を受け入れてくれる人々がいた。

 冒険者になったことで、僕の世界はどんどん広がっていく。

 これからも、たくさん人助けをして、いろんな人たちと仲良くできるといいなぁ。


「ん? 見て、ローくん。あっちに人だかりができてるよ? 何か珍しいアイテムでも見つかったのかな?」


 フィーユの言うとおり、向こう側で何やら冒険者さんたちがザワザワと騒いでいる。

 その表情はどれも深刻そうだった。

 こっそりと会話に耳を澄ませてみる。


「見たこともないモンスター?」

「ああ、いろんな生き物が混ざり合ったようなヤツだった」

「しかも、どの魔法も受け付けないんだ。結局、うまいこと落石で押し潰して物理的に倒すしかなかった」

「新種ってことか?」

「そうとしか言いようがないな。だが……あれは自然発生したものとは思えない。何というか……『作り物』みたいなヤツだった」

「っ!?」


 見たこともないモンスター。

 どんな魔法も受け付けないモンスター。

 生き物というよりも『作り物』のような不自然さを持つモンスター。


 否応なく、湖で僕とリィムさんを襲った謎のモンスターが思い出される。

 まさか、あれと同種のモンスターが他の場所でも……。



    * * *



 一方その頃、クレアはローエンスの部屋にこっそり侵入し、ベッドで残り香を嗅いでいた。


「あー、クンカクンカ。ローエンスったら早く帰ってこないかしら。師匠の私がこんなにも寂しくていろんなところをきゅ~っと疼かせているっていうのに! スー、スー……はぁ♡ やっべ♡ ローエンスたんの残り香たまんね♡ この匂いを凝縮させた魔法薬作っちゃいましょグヘヘ♡」


 いつも通り頭の中を煩悩だらけにした変態魔女。

 しかし、だらけた表情が一瞬にして冷徹な魔女のソレに変貌する。


「……何かしら。イヤな気配が森に入ってきたわね」


 クレアはすぐさま箒に乗り、気配のする方向に飛んだ。

 鳥たちや森の動物たちが悲鳴染みた鳴き声を上げている。

 森に生息するモンスターたちも、何か危機感を滲ませて移動している。

 何かから逃げるように。


「っ!?」


 遠見の魔法でクレアはすぐさま標的を確認した。

 見たこともないモンスターだった。

 すぐに分析魔法を使う。

 ……魔法を無効化する術式が働いている。知能も高い。

 倒すには、物理的に破壊するしかないと即座に判断する。


岩石圧殺ロッククラッシュ


 クレアは無数の岩石を出現させ、モンスターを挟み打ちにする。

 全方位から岩石の塊を押しつけ、そのまま圧死させる。

 箒から降りて、死骸を確認する。


「これはっ……」


 潰れた肉片から何か光るカケラのようなものが出てくる。

 禍々しい紫色の光を放つ球体……それは『魔核』と呼ばれるものだった。

 膨大な魔力の塊であり、このモンスターの原動力として埋め込まれたものに違いない。

 クレアは戦慄した。

 この『魔核』を生み出せるのは、ひとつの種族しかいない。


「まさか……『魔人』たちが、また何かを始めている?」


 魔王が滅んでから十三年。

 主を失い、闇にひっそりと影を潜めていたはずの種族たちが……再び何か動きを見せている。

 魔女であるクレアですら関わることを恐れる存在。もしも、そんな連中とローエンスが出くわしでもしたら……。


「ローエンス……」


 最愛の弟子の身を、クレアは深く案じた。

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