母の夢


 久しぶりに母さんの夢を見た。

 夢でも、もう一度母さんと会えるのは嬉しかった。

 夢の中で母さんは森で木の実を集めていた。

 僕は母さんのもとへ近づいて、収穫のお手伝いをしようと思った。

 母さんはこちらを振り向いて、穏やかに微笑む。


『また会いに来てくれたのね。良かったら木の実はいかが? 甘酸っぱくておいしいわよ!』


 僕は木の実を受け取り、食べる。

 おいしい。懐かしい味だ。


『本当は私の家に招待したいんだけど……ごめんなさい。私の村は余所者を招き入れることを極端に嫌っているから。それに、頭が角が生えている人を見たら、皆が怖がるかもしれないし』


 角?

 僕に角なんて生えてないよ母さん?


『あ、誤解しないでね? 私はちっとも怖いと思わないわ。あなたが優しい人だって、私は知ってるもの。この森で怪我をした動物を、魔法で治してくれたでしょ? あの子、あなたのおかげで、すっかり元気になったの! 本当にありがとう!』


 魔法で動物の怪我を?

 おかしいな。母さんと暮らしていた頃の僕はまだ魔法なんて使えないのに。

 母さんはまるで、僕ではない誰かと話しているようだった。


『ねえ、良かったらあなたのお話をまた聞かせて? 外の世界のお話って滅多に聞けないから。私、あなたと一緒に話す時間が、すごく好き』


 母さんはウットリした顔でそんなことを言う。

 まるで恋する乙女のように。

 ……そういえば、夢の中の母さんは随分と若い。

 というか、少女そのものだ。


 おかしいな。こんな思い出は僕にはない。

 これは、いったい……誰の記憶だろう?


『そう……奥さんを亡くされたの。だから出会ったばかりのあなたは、とても落ち込んでいたのね? 私じゃ力になれるかわからないけれど……話だけは聞いてあげられるから。いつでも、ここに来てね?』


 季節が流れていく。

 森での秘密の密会が繰り返された。


『あなた王様だったの!? こっそり抜け出してきてるって……もう、いけない王様もいたものね。くすくす♪ ……ふーん、国民が望んでいることと、あなたがやりたいことが真逆で悩んでるの? 王様も大変なのね……。でも、大丈夫よ! あなたの思いを真剣に伝えれば、きっと皆も受け入れてくれるはずだわ!』


 身分を明かしても、決して態度を変えずに接してくれる母さん。

 そんな母さんに『何者』かは特別な感情をいだくようになる。

 そして……。


『……ええ。私も、あなたが好き。愛してる……。身分とか種族の違いとか、関係ない。私、あなたの子どもを身籠もることができて幸せよ? だからどうか産ませて? きっとこの子が、あなたの夢を叶える架け橋になってくれるはずだわ』


 母さんは愛しそうに膨らんだお腹を撫でる。

 その姿を見て『何者』かは強い決意を固める。


『……ええ、約束よ? 私、あなたの迎えを待ってるわ。誰も傷つけ合うことのない、争いのない世界で幸せに暮らしましょ』


 約束を交わす二人。母さんの左手の薬指に、指輪が嵌められる。

 それは、母さんの形見である指輪だった。

 母さんは、その指輪をとても大事にしていた。


 ──大切な人から貰ったものなの。


 と、母さんは愛しそうに語った。

 その大切な人が、顔も知らない父さんのことだと、幼い僕にもわかった。

 母さんは、父さんについて何も教えてくれなかった。

 だけど、母さんは父さんを深く愛していた。それだけは、確かだった。


『あなたも、きっと素敵な人と出会えるわ』


 村人たちにひどいことを言われるたび、母さんは、よくそう言って僕を励ましてくれた。


『心配ないわローエンス。世界は広いもの。黒髪と金色の瞳だろうと関係なく、あなたを愛してくれる人がきっと現れるわ』


 そして、もしもそういう人に出会えたら、心から大事にしなさいと母さんは言った。


『恋って、とても素晴らしいものなのよ? 幸せな気持ちになるだけじゃない。人の心を、何倍にも強くするんだから』


 恋。

 人を好きになるって、どんな感じなんだろう?

 僕にとって大切な人……それは、もちろん母さん。そして──師匠。


 冒険者になって、師匠とお別れするかもしれないと知ったとき、僕の心はとてもざわついた。

 師匠と離れたくない。これからも、一緒にいたい。

 それはきっと、師匠を第二の母のように思っているから。そう考えていた。でも……。

 これって、やっぱり母さんにいだく感情とは、違うかもしれない。

 この気持ちは、何なんだろう?


 魔法が使えるようになってからというもの、僕はいろんな女性たちと出会った。

 聖女リィムさんとは、異性の友人となった。

 サキュバスのキャディとは、主従関係となった。

 勇者を目指すフィーユとは、戦友となった。

 誰もが、僕にとっては掛け替えのない存在となった。

 でも……僕の中で特別な立ち位置にいるのは、やはり師匠だった。

 僕を拾ってくれた魔女。僕を育てくれた魔女。

 そんな師匠に恥じない立派な魔法使いになりたい。

 そして師匠に恩返しがしたい。

 そう思って修行を続けてきたけど……本当に、それだけなのかな?


 魔女と僕の師弟関係。

 それは、いつまで続くのだろう?

 もしも、その関係に終止符が訪れるとしたら……僕は、いったいどんな顔で師匠と向き合うのだろうか?


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