謎の魔法で聖女を救うべし

    * * *



 その生物は、合理的に動くことしか知らない。

 そう設計されたからだ。

 ゆえに質の良い魔力の持ち主を回収する。

 そう指示されているからだ。


 ──対象、確保。

 ──これより帰投する。


 与えられた役割を、ソレはただ忠実にこなす。


 ソレに感情はない。

 生き物としての本能もない。

 ゆえに、ソレには恐怖もない。


 ──……警告。異変を検知。直ちに応戦。


 何が起ころうと、常に合理的に対処するだけ。

 そう、いつものように。

 しかし……。


 ──直ちに応戦。直ちに応……訂正。当方の耐久限度を超える魔力を検知。撤退せよ。直ちに撤退せよ。


 ノイズが走る。

 与えられた機能が、ソレに『逃げろ』と警告する。

 エラーが発生する。

 そんな危険因子がいったいどこに存在するのか?

 周囲には当方で充分に捕獲が可能な獲物しか存在しないはず……。


 ──否。否、否、否。


 警告は止まない。

 むしろ秒単位で激しくなる。


 ──撤退せよ。生存を優先せよ。この場に留まることは死を意味する。


 かつてない警報であった。

 やはり解せない。

 現状のどこに、そこまでの脅威がいるとでも……。


 その生き物に恐怖はない。

 ……ないはずだった。いま、さっきまでは。


 ──オォォォ……。


 奇妙な気配を感じて、ソレは振り返った。

 ソレの背後に、いつのまにか闇があった。

 空間に穴がポッカリと開いたような、黒い闇だった。

 禍々しいオーラを放ちながら、渦を巻いている。


 何だ? これは何だ? どの系統にも属さない謎めいた魔法だった。どれだけ検索しても、該当する魔法がない。


「……許さない」


 冷ややかな声がする。

 それは、捕獲対象の少年から発せられていた。


 バグが生じる。

 機能に支障をきたすほどのエラーが起こる。


 ……どういうことだ?

 少年の魔力の質が、先ほどとまるで変わっている。

 アレは何だ?

 少年の体を包む、あの黒いモヤは何だ?

 金色に光るあの眼は何だ?


 わかっていることは……。


 黒い闇は、少年が生み出したものだということだった。


「……リィムさんを、穢したな?」


 金色の瞳を光らせて、少年が睨む。

 かつてない警報が鳴る。


「この世から、消え果てろ」


 肉体に異変が生じる。

 どのような魔法にも対応できるよう設計された肉体が、崩壊していく。

 これは……魔力を吸われている。

 黒い闇が、まるで液体を呑み干すように、貯蔵された魔力を吸い上げているのだった。

 警報はもはや悲鳴に変わっていた。


 ──撤退、撤退、撤退……いやだ、いやだいやだ。怖い。死にたくない。助けて、タスケテ。


 恐怖を知らなかったはずの生き物は、初めて味わう絶望の中で、砂のように朽ち果てて消えた。



    * * *



 謎のモンスターが消滅したのを見届けて……僕は正気に返った。


「……え? あれ?」


 僕は、いったい、いま何を?

 怒りのあまり、無我夢中で何か魔法を使った。

 魔力を吸い上げる吸収ドレインに似ていたけど……そんな魔法、師匠から教わった覚えはない。

 ……でも、なぜか自分は知っていた。あのモンスターに使うべき魔法を。

 勘、とは違う気がする。

 導かれたような気がしたんだ。……自分の中に、流れる血に。


「ロー、エンス君?」

「はっ!? リィムさん、無事ですか!?」


 唖然としている場合じゃなかった。

 まずはリィムさんの安否を確認すべきだろ!


「どこか怪我とかは……うわっ!?」


 思わず変な声が出た。

 粘液にまみれて、あられもない姿になったリィムさんの姿がそこにはあった。

 衣服はほとんど乱れ、白い肌が大胆に露出している。

 乳房にいたっては、いまにも下着からこぼれ出そうだ。


「こ、これ着てください!」

「は、はい、ありがとうございます」


 僕は慌てて上着を脱いで、リィムさんに羽織らせた。


「その、痛むところはありませんか?」

「だ、大丈夫です。ローエンス君が助けてくれたおかげで、体がドロドロになる程度で済みました」


 顔を赤らめながら言うと、リィムさんは清めの魔法を使って、あっという間に体を清潔にし、乱れた装いを直した。

 良かった。リィムさんに何があったら、どうしようかと思った。


 それにしても……。

 あのモンスターは何だったんだろう?

 師匠に聞けば、何かわかるかな?


「……ローエンス君は、やっぱり凄いですね」

「え?」

「あんなに恐ろしいモンスターも倒せてしまうだなんて。あのような魔法は初めて見ました。わたくし、驚きです」

「い、いや、僕も正直、どうしてあんなことができたのか、わからなくて。そんな褒められるようなことじゃ……」

「それほどの才能が眠っているということではないですか。それに、あのときローエンス君……とっても、とってもかっこよかったですよ?」


 どこか夢見るような顔で、リィムさんは僕を見つめてくる。


「可愛い弟のように思っていましたけれど……やっぱり、ローエンス君も男なんですね? とても、頼もしく感じました。思わず、胸がドキドキしてしまうほどに」

「リ、リィムさん?」


 何だろう? 心なしか、僕を見るリィムさんの顔が妙に艶っぽいような……。


「ああ、どうしましょう……こんな気持ち初めてで、わたくしいったい、どうしたら……」


 リィムさんは人差し指同士をチョンチョンと突き合いながら、僕をチラッと何度も横目で見てくる。


「でも……うん。ローエンス君になら、アレをあげてもいいかもしれません」


 意を決したように、リィムさんはゴソゴソと懐から何かを取り出す。


「ローエンス君。お礼と言ってはなんですが、良かったら、これを受け取ってください。きっとこの先、冒険者となるあなたに役立つはずです」

「これは、魔法薬ですか?」


 リィムさんに手渡された瓶を眺める。

 中に白い液体が入った瓶が二本。液体に魔力が込められているのを感じる。


、それを飲むと疲労、体力の回復やどんな傷も呪いも完治させることができます。つまり聖女の力が一時的に使えるようになるんです」

「え!? そんな貴重なものを頂いてしまっていいんですか!?」

「はい。ローエンス君は……特別です。だから、その……他の人には、秘密にしてくださいね? バレてしまうと、その……いろいろ大変なことになりますので」


 一時的とはいえ、聖女と同等の力を使える魔法薬……。

 まさに万能の薬だ。

 もしもこれを量産できれば多くの人が助かり、リィムさんも聖女の任から解放されるかもしれないが……しかし、万能すぎるがゆえに、それを悪用する輩も当然出てくるだろう。

 聖女の魔法薬だと、信仰心を餌に宣伝して法外な高値で売りつけたりとか……。

 師匠もよく言っている。便利すぎる道具が生まれると、悪知恵の働く人間ばかりが得をするようになると。

 なるほど。リィムさんの言うとおり、これは世の中に広めるべきものではないな。


「わかりました。この魔法薬のことは、僕の胸に秘めておきます」

「は、はい。二人だけの、秘密ですからね?」


 なぜか胸元を抑えながら、リィムさんは顔を赤くした。

 それにしても、リィムさんが魔法薬を作れるなんて知らなかったな。

 偶然できたものらしいけど、いったいどんな製造方法なんだろ?

 鑑識の魔法で魔法薬の成分を調べようとした瞬間……とつぜんの目眩が襲った。


「あ、あれ? なんか急に疲れが……」

「ローエンス君!? 大丈夫ですか!?」


 フラつく体をリィムさんに慌てて受け止めてもらう。

 もしかして、さっきの魔法を使った影響かな?

 どうやら魔力がスッカラカンになっているようだ。

 ぼやける視界の中、リィムさんから渡された魔法薬だけがハッキリと映る。


「……ゴクリ」


 限界まで魔力を使ったせいだろうか?

 目の前にある魔法薬が非常においしそうに見える。

 体と細胞が、激しく求めているのがわかる。

 僕は瓶の蓋をキュポンとあける。


「リィムさん、さっそく魔法薬いただきます」

「え? ま、待ってくださいローエンス君! 回復ならわたくしがしてさしあげますから!」

「すみません、どうしてかコレが無性に飲みたいんです。では……グビ、グビ、グビ」

「ああ、ローエンス君ったら、わたくしの目の前でそんなに喉を鳴らして……」


 なぜか「あわあわ」と恥ずかしがるリィムさんの横で、僕はあっという間に魔法薬を飲み干した。


「っ!? お、おいしい~!! こんなおいしい魔法薬、初めて飲みました! とっても滑らかでクリーミーで濃厚で、喉越しも最高です!」


 ミルクに似た味わいの魔法薬を飲むと、一気に元気が湧き起こってきた!

 凄い! 草原を駆け回りたくなるくらい体力も魔力もフルパワー状態だ!


「ありがとうございますリィムさん! こんな素晴らしい魔法薬をプレゼントしていただいて! あまりにもおいしくて、毎日飲みたいくらいです!」

「そ、そうですか。お口に合ったなら、良かったです。その……ローエンス君が望まれるのなら、毎日、飲ませてあげますよ?」


 たぷん、と豊かな胸を揺らして、リィムさんは体をモジモジとさせた。


「ローエンス君ったら、あんなに夢中にわたくしのを……どうしよう。癖になっちゃいそうです♡」



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