聖女の抱擁

 ふっくらとした胸に顔を埋め、たっぷりと息を吸う。

 ……あったかい。柔らかい。それに、とっても良い匂い。

 本当に、お母さんに抱かれているようだ。

 リィムさんは、僕とそんなに歳が離れてないのに、この安心感は何だろう?

 もっと、もっと欲しい……。


「んっ」


 リィムさんはケープのボタンをプチッと外し、パサッと脱いだ。


「もっと直接、肌で感じて……」


 上半身を薄いキャミソールだけにして、リィムさんはさらに深く僕を抱きしめる。

 ふかふかとした乳肌の感触。乳房にこもった熱を感じて、至高の癒しが訪れる。

 ドクン、ドクン、とリィムさんの心臓の鼓動が聞こえる。

 彼女の心臓は、激しく脈打っていた。


「……ああ、何でしょう、この感覚。こんな気持ち……初めて」


 慈しみ深い声色の中に、艶っぽいものが滲む。

 あまりにも心地良い感覚に呑み込まれて、自分がもう何をしているのかわからない。

 まるで思考が赤子に戻ってしまったかのように、夢中になってリィムさんの胸に甘える。


「あっ……ローエンスくん……そこは……んっ……いいですよ? いっぱい、いっぱい、して?」


 柔らかい。気持ちいい。おいしい。もっと、もっと欲しい。


「あっ♡ なんだか、わたくしも、変な感じに♡ こんなこと、いけないのに♡ あっ♡ あっ♡ ローエンスくん♡ わたくし、こんなの初めて♡ あっ♡ ああん♡ もっと♡ もっとして♡ 赤ん坊のように、お口でいっぱい♡」


 僕は何をしているんだろう?

 もう何も考えられない。

 ずっと、ここにいたい。

 このままずっと、リィムさんに抱きしめられながら、甘え続けて……。



『……ローーーエンスウウウウウウウ!!? そこにいるのおおおおおお!? 聞こえたら返事をしなさあああああい!!!』

「うわああああああ!!?」


 聞き覚えのある声がして、僕は我に返り、思わず跳ね上がった。

 いま確か、魔法陣から声が……もしかして師匠が、こっちの座標を見つけたのか!?


 そうだ。すっかり忘れてた。

 僕、帰らなくちゃ。師匠、今頃すっごく心配しているはずだ。


「あ、あのリィムさん。ごめんなさい。僕、そろそろ帰らないと」

「え? そ、そうですよね。こちらこそ、ごめんなさい。長く引き留めてしまって……」


 リィムさんはなぜか顔を真っ赤にしながら、ケープで胸元を隠していた。

 あれ? 何だか、リィムさんの服が随分と乱れているような……。

 僕、いったい何しちゃったんだろう? 頭がボンヤリしていたせいで、何も思い出せない。


 と、とりあえず今は師匠に返事をしないと。


「し、師匠! 聞こえますか~!?」

『ローエンス!? 無事だったのね! 良かったわ! いますぐ魔法陣に飛び込みなさい! そこがどこか知らないけれど、ちゃんとこっちに戻ってこれるよう私が引っ張るから!』


 どうやら無事に帰れるようで、僕は安心した。

 そうなったら、最後にリィムさんに挨拶をしないと。


「リィムさん、いろいろご迷惑をおかけしました。そして……ありがとうございます。僕の髪と瞳のことを教えてくれて……おかげで、いろいろ吹っ切れることができました」


 深々と頭を下げる。

 リィムさんは、この偶然の出会いは神のお導きと言っていたけれど……本当にそうだったのかもしれない。


「短い間でしたが、お世話になりました。どうか、お元気で」

「お待ちください、ローエンスくん」

「え?」


 リィムさんは僕の腕を取って、すうっと指でなぞった。

 すると、僕の腕に魔法刻印が生じる。

 これって!


「接続権!?」

「はい。これでいつでも魔法陣を通って、わたくしの部屋に訪れることができますよ?」


 接続権は他者が敷いた魔法陣を行き来する、いわば通行証。

 そんな大事なものを、今日会ったばかりの人間にあっさり渡すだなんて!


「リ、リィムさん!? 何を考えているんですか!?」

「わたくし、もっとローエンスくんとお話したいんです。これでお別れなんて、寂しいじゃないですか?」

「だからって……」

「ローエンスくんは、いやですか? わたくしとお友達になること」

「お、お友達って……聖女様相手に、そんなの恐れ多いです」

「むう。そんな寂しいことおっしゃらないで! ローエンスくんだけには、聖女としてではなく、リィムというひとりの女の子として見てほしいです! ……ダメですか?」

「うっ」


 不安そうな顔で、ウルウルとした瞳で見つめてくるリィムさん。

 その顔は、確かに聖女ではなく、極普通の女の子のように見えた。


「僕で、よければ……」

「やった! 約束ですよ!? また、遊びにいらしてくださいね!」

「は、はい」

「うふふ♪ このことは、ふたりだけの秘密ですよ? もちろん師匠さんにも……ね?」


 妙に艶っぽい笑顔で、リィムさんはウインクをした。



   * * *



 その後、僕は魔法陣に飛び込み、無事に帰還した。


「ローエンスううううう! 良がっだわあああああ!!」

「むぐっ!? し、師匠!?」


 戻るなり師匠が凄い勢いで抱きついてきた。

 むぐぐ。魔法薬でいまも絶賛成長中の特大おっぱいに包まれて息がしにくい!


「うわあああん! あなたを失ったら私もう生ぎでいげなあああい! 許してローエンス~! 二度とあなたを遠い場所に行かせないわ~!」

「……」


 遠い場所。

 その言葉は、僕の中で、大きく響いた。

 先ほど、固めた決意を、僕は師匠に伝えようと思った。


「あの、師匠……僕……」

「……むっ? 他の女の匂い……」

「え?」

「何だか、ローエンスから私と同種のメスの香りがするわね……」


 クンクンと鼻を鳴らしながら、師匠は不機嫌な顔を浮かべる。


「ローエンス……あなた! いったいどこのメス豚と乳繰り合ってたの!?」

「乳繰り!? そ、そんなことしてません!」

「じゃあ、何でこんなにえっっっろい香りがするのよ!? これは間違いなく発情した女から抽出されるフェロモンの香りよ!」


 なんてことを言うんだ師匠は!

 聖女のリィムさんがそんなフェロモンを出すわけがないだろ!?


「そ、それより聞いてください師匠! 僕、決めたことがあるんです!」

「決めたこと? ……わ、私とお風呂に入ること?」

「違います。鼻息荒くしないでください」


 リィムさんの話を聞いて、僕は思った。

 いつまでも、この森の中で過ごすだけじゃ、一人前の魔法使いになれないと。

 僕は、知らなければならない。

 外の世界のことを。


「お願いします師匠。僕を、ギルドに連れて行ってください」

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