サキュバス襲来
冒険者ギルド。
国とは独立した機関であり、冒険者に対して仕事の斡旋をすることを主な生業とする。
資金さえ用意できれば、どのような依頼も受け付けてくれるため、民衆たちの需要は高く、依頼をこなす冒険者たちにとっても、実力さえあれば身分に関係なく大金を稼ぐことができる。
……そう、あくまで実力さえあれば。
僕も、試してみたい。
自分の力が、どこまで通用するのか。
そして何よりも、もっともっと広い世界を知りたい。
そう思って師匠に『ギルドに行きたい』と思いきって打ち明けたものの……。
師匠は結局許してはくれなかった。
正確には、僕をギルドに連れて行くべきか悩んでいる様子だった。
「……少し時間をちょうだい」
師匠は深刻な顔で言って、どこかへ出かけていった。
夜が更けていく。
師匠がなかなか戻ってこないので、僕はしぶしぶ自室のベッドに入った。
……やはり生意気だと思われてしまったのだろうか?
森に住むモンスターたちを倒せるようになって、自分の実力に自信を持てるようになった。
けれど師匠の目からは自惚れているように見えてしまったのかもしれない。
それとも……安易に了承できないほど、外の世界に住まうモンスターたちが危険ということなのだろうか?
「……ん?」
思考に耽っていると、ふと妙な気配を感じた。
いま、館の外で足音がしたような……。
師匠なら館内に敷いた転移魔法陣で戻ってくるはずだから外にいるのはありえない。
するとモンスターだろうか? ……いや、それもありえない。
館の周りには師匠が張った強力な結界が常時展開している。森のモンスターが近づいてくることは滅多にないはずだ。
「……ただの聞き間違いかな」
今夜はもう素直に寝たほうがいいかもしれない。
ゆっくりと瞳を閉じる。
カチコチと時計の秒針の音が静かな室内に鳴る。
その音の中に……ガラスが割れるような音が響いた。
「っ!?」
いまのは……結界の壁が破壊された音!?
ありえない! 師匠の結界が破壊されるだなんて!
この森には、そんな真似ができるモンスターなんていない!
できるとしたら、それは外部から来たモンスターだけ……。
「あ」
咄嗟に起こそうとした体が動かない。
指先の至るところまで、氷結してしまったかのように。
バタン、と窓が開く。
月明かりが照らされた床に、ヌッと人影が浮かぶ。
「こんばんわ、坊や」
脳が蕩けてしまいそうな、妖艶な声色。
咽せるほどに濃く甘い芳香。
オスを誘惑するために造られたような凹凸の激しい艶姿。
そして……常軌を逸した魔力量を内包した存在。
それが、ゆっくりと近づいてくる。
「遠見の魔法であなたをひと目見た瞬間から、ずっと、ずっとこのときを待っていたわ。あの魔女が留守にしている今夜がチャンスなの。あなたのその素晴らしい魔力を……たっぷりと搾り取らせてちょうだい?」
薄紫色の長髪に、紅の瞳をした女性が舌舐めずりをする。
暴力的なまでに発育した肢体。
衣服としてほとんど機能していない際どい衣装に身を包み、大胆に肌を曝け出している。
背にはコウモリのような翼を生やし、下腹部には桃色の光を発した刻印がある。
……知識として知っている。
目の前の存在が何者か。
師匠は言っていた。
モンスターとは、高い思考能力を持つ存在ほど強いと。
人間と同等の知恵と脳を持つ人型のモンスターは特に危険だと。
並みの魔法使いならば、迷わず逃亡を選択するほどに。
『吸血鬼。魔人──コイツラは文字通り次元違いの存在よ。断言するわ。私でも、真正面からやり合おうなんて考えない』
師匠がそう言うほどまでに警戒する存在。
それが、いま僕の目の前にいる。
サキュバス。
精気と魔力と一緒に命もろとも食らいつくす、人型のモンスターが。
「ア……ギ……」
まともに喋ることができない。
これは、金縛りの呪術か?
マズイ。なんとか解呪しないと、このままでは相手の思い通りに……。
「うふふ。何て可愛らしいのかしら。そんな必死に抵抗しちゃって。でも無駄よ? オスが私の呪術に逆らうなんて」
蠱惑的に笑いながらサキュバスがベッドに上がってくる。
ゾッとするほどの美貌が間近に迫ってくると、紅色の瞳が妖しい光を発する。
すると、もう呻き声すら上げられなくなった。
「怖がらなくていいのよ? オスとしてこの世に生まれて良かったって幸せに思えるくらい、気持ちいいことをしてあげるから」
サキュバスがクツクツと嗤う。
冗談じゃない。
こんなところで死んでたまるか!
でも動きを封じられたままじゃどうすることも……。
師匠! 僕はいったい、どうすれば!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます