聖女との密会


   * * *


 うっかり聖女様の住む部屋に空間転移してしまったけれど、よほど来訪者が珍しいのか、リィムさんはウキウキとしながら僕を手厚く歓迎してくれた。


「さあさあ♪ こっちに座ってください♪」

「は、はあ」


 ご機嫌なリィムさんと一緒にベッドの上に座る。


 外の世界のことをもっと知りたい。

 そう言っていたリィムさんだけど、僕は師匠に拾われてから、ずっと森の中で生活していたから話の種は少ない。

 でもリィムさんは、そんな些細な話でも楽しそうに聞いていた。


「まあ! そんな方法でモンスターを倒せるだなんて! 凄いですローエンスくん!」

「いや凄いのは師匠です。師匠の教えのおかげでモンスターと戦えるようになったんですから」

「その若さでそれほどの力を身につけるだなんて……よほど過酷な修行をしたのですね。いったいどのような修行なのですか?」

「すみません、修行の内容については師匠に『絶対に極秘だ』と言い含められていまして……」

「あら、それは残念。でも普通はそうですわね。門外の者に秘術を明かすような真似はできませんもの」


 まあ、そうでなくとも絶対に余所の人に口にできるような内容じゃないんだけどね。

 ましてや清廉潔白であるべき聖女様の前で言うようなことじゃない。


「でも本当に凄いですわローエンスくん! 単独でモンスターと戦えることだけでなく、こうして空間転移まで使えるんですもの! よほど魔法の才能に溢れているのですね! やはり黒髪金眼の御方は、優れた魔力を持つようですね!」

「あ……」


 リィムさんに髪と瞳の色を指摘されたことで、僕はハッと思い出す。

 そうだ、師匠とずっと暮らしていたから忘れていたけれど、僕は忌み子の証を持っている。

 森の外に出ることがなかったのは……この髪と瞳の色を師匠以外の人に見られるのが怖かったからだ。

 今更になって、眠っていた劣等感が顔を出し始めた。


「ローエンスくん? どうされたのですか? そんなに震えて……」


 様子のおかしくなった僕を、リィムさんは心配そうに見てくる。

 そういえば、この人はなぜ、僕の髪と瞳を見て、平然としているのだろう?

 悪魔の子の証であるこの髪と瞳は、教会に所属する彼女からすれば、忌むべき対象であるはずなのに。


「……リィムさんは、何とも思わないんですか? この髪と瞳を見て」

「え?」

「黒髪と金色の瞳は悪魔の子の証……そうですよね? 村の人間にそう言われたんです」


 いま思い出しても、恐怖で震え上がる。

 まるで汚物を見るような、侮蔑と憎悪のこもった村人たちの視線。

 あんな思いは二度としたくない。

 いつまでも森に引きこもっているのはいけないと、自分でもわかっているけれど……あのとき植え付けられたトラウマが、いまだに僕を蝕んで、外に出る勇気を湧かせない。


「黒髪金眼が、悪魔の子の証……そんな悪習がまだ残っていたのですね」

「え?」


 リィムさんは、切なげな表情を浮かべて、僕の頬にそっと触れた。


「聞いてくださいローエンスくん。黒髪金眼の子どもが忌み子として恐れられたのは、もう数世紀も前の話なんです。優れた魔力を持つがゆえに、人々は恐怖心でそのような呼び名を付けましたが……現代でそのようなことを口にするのは極めて悪質な偏見として罰せられます。いまだに黒髪金眼の子を忌み子として恐れるのは、恐らく交易が絶たれた、辺境の土地に住まう人間たちだけでしょう」

「っ!?」


 リィムさんから語られる衝撃的な内容に、僕は驚く。

 そんな……それじゃあ、僕が忌み子として扱われるのは、あの村の中だけでの話だったのか!?

 言われてみれば、僕の村は外部の人間を引き入れることを、極端に嫌っていた。

 新しいものを受け入れず、ひたすら過去の産物に縋って、ゆっくりと衰退していった村。

 そんなの……古い悪習が残るに決まっている!


 師匠もこのことを知っていたのだろうか?

 ……きっと、僕のことを思って言わなかったのだろう。

 根付いたトラウマは、そう簡単に払拭されるものじゃない。

 できるだけ触れず、刺激しないようにしてくれたんだ。

 それに、いくら偏見が少なくなったからといって、行く先々でこの髪と瞳が受け入れられるわけではないだろう。

 いざ外に出てみれば、いまだに悪習に囚われた一部の人間たちに冷めた目で見られるかもしれない。師匠はきっと、そのことを恐れたんだ。


「……ローエンスくん。よろしければ、話していただけませんか? あなたの身に何があったのか」

「……」


 リィムさんなら信用できると思い、僕はこれまで起きたことを話した。

 母が流行病で亡くなったこと。

 唯一庇ってくれる母がいなくなったことで、村人たちに殺されそうになったこと。

 森の中で、運良く師匠に拾われたこと。


 話し終えると、とても温かく、柔らかなものが僕を包んだ。

 リィムさんが僕を抱きしめてきたのだ。


「むぐっ!? リ、リィムさん?」

「ああ、神よ……このような善良な子に、なぜ、ここまで過酷な運命をお与えになったのですか?」


 リィムさんは涙を流していた。

 まるで我が事のように、悲しそうにしていた。


「ローエンスくん……あなたは、素晴らしい師匠と出会えたのですね? それが、せめてもの救いです……ああ、ローエンスくん。いまよりわたくしも、あなたの理解者となります。もう怖がる必要はありません。わたくしは、あなたの髪と瞳を恐れません。あなたが生まれ持ったものは、とても素晴らしいものなのです。だから、どうかこれ以上の己の容姿を悲観なさらないで? わたくしは、あなたを受け入れます。あなたを慈しみ、愛すると誓いましょう」

「っ!?」


 なんて……なんて深い慈愛だろうか。

 出会って間もない僕に、こんなことを言ってくれるだなんて。

 これが、聖女……。


「……ぐすっ」


 思わず、大粒の涙が出ていた。

 母と師匠以外の人に、この髪と瞳を受け入れてもらえた。

 忌むべきものではないと教えてもらえた。

 ずっと心にこびりついていたものが、拭い落とされていくようだった。


「……おいで?」


 リィムさんに抱きしめられたまま、一緒にベッドに横たわる。

 頭と背中を優しい手つきで撫でられる。


「甘えていいんですよ? わたくしをお母様だと思って、たくさん……」


 リィムさん……本当に、あなたは優しすぎます。

 そんな風に言われたら、歯止めが利かなくなってしまう。

 いけないと思いつつも、僕の体はリィムさんの温もりを強く求めた。






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