聖女リィムとの出会い

「もう目を開けても大丈夫ですよ?」


 声をかけられ、ゆっくりと目を開ける。

 頭に白いベール。純白のフリルケープを羽織り、黒色のミニスカートと、黒いサイハイソックスを身につけた女の子が姿がそこにあった。

 改めて見ても、思わず我を忘れて見惚れてしまうほどの美少女だった。

 女の子は、また優しさでいっぱいの笑顔を向けてくる。

 着替えを見られたのに、怒っている様子は微塵もない。


「あ、あの……どうして僕を庇ってくれたんですか?」

「何か、事情があるのかと思いまして。まず落ち着いてお話をしたほうがいいかなと」

「そんな……いきなり部屋に現れた怪しい人間なのに。普通なら憲兵に突き出すところですよ?」

「確かに驚きはしましたが……悪い人ではないと感じましたので。それに、理由も聞かずにいきなり憲兵に突き出すのも酷でしょう? よろしければ、ワケを話してくださいませんか?」


 な、なんていい人なんだ!

 幸運にも、心優しい人の部屋に僕は転移したようだ。

 僕は嬉し涙を流しながら、事情を説明した。


「まあ、空間転移の失敗でこちらに……それは、災難でしたね」

「信じていただけるのですか!?」

「はい♪ あなたは嘘をついておりません。私、お相手が嘘をついているかわかるんですよ? 聖女ですから♪」

「聖女?」


 そういえば、さっきも『聖女様』って呼ばれていたような……。


「あら、大変。額に痣ができていますわ」

「え?」


 言われてはじめて、額に鈍い痛みがあることを自覚する。


「きっと、さっき床に落ちたときにできたのですね。じっとしていてくださいまし」


 女の子は僕の額に手を差し伸べる。

 すると、温かな光が掌から生じる。

 額の痛みは、あっという間に引いていった。

 これは治癒!?

 呪文も無しで、こんな一瞬で!?


「初めて見ましたか? これが聖女の力なんですよ?」


 女の子はちょっと自慢げに微笑んだ。

 かわいい。


「申し遅れました。わたくし、リィムと申します。あなたのお名前は?」

「えっと、ローエンスです。その……事故とはいえ、無断で部屋に入ってしまい、本当にごめんなさい!」

「いいのですよ? 元はと言えば、自室にこっそり転移魔法陣を敷いたわたくしが悪いのですから」

「え? こっそり?」

「でも、不思議ですね。わたくし以外の人は使えないはずの魔法陣に乗って、あなたはやってきました……魔法陣の暴走のせいもあるのでしょうが、それ以上にあなたの魔力が特殊だったからなのか……ふふ♪ いずれにせよ、こうしてお会いできたのは、何かの縁かもしれませんね?」


 リィムさんは、そう言ってどこか楽しそうに笑った。


「あの、聞いてもいいですか? ここは、いったい……」

「ここは修道院ですよ?」

「修道院!?」


 それじゃあ女の人しか居ない場所に僕は来てしまったのか!

 男の僕が見つかったら大事になる。それでリィムさんは僕を庇ってくれたのか。


「わたくしは聖女として、この修道院に所属し、国に平和と安寧を齎す立場にあります」

「その、先ほどから言っているその聖女というのは?」

「生まれつき、体のどこかに聖痕を持って生まれた女性のことです」


 そう言って、リィムさんはいきなりケープのボタンを外して、前に開く。


「うわあ! 何してるんですか!?」


 ケープの下は、なんと黒くて薄いキャミソールだった。しかも胸の谷間が広く開いた際どいデザインだった。

 うわっ! やっぱりおっぱいデッカ!


「ほら、ここにありますでしょ? これが聖痕です」

「あ」


 リィムさんは露出した首元を見せつけてくる。

 下着姿のときは気づかなかったが、確かにそこには、不思議な模様の痣みたいなものがあった。


「聖痕を持って生まれた女性は、生まれつき強力な治癒魔法をはじめ、様々な奇跡が使えるんです。難病と呼ばれる病気も、聖女が祈ればたちまちに治ると言い伝えられています」


 強力な治癒魔法……確かに、リィムさんの治癒魔法は師匠のものよりも高精度だった。

 まさに奇跡と称しても過言ではないほどの。


「聖女として生まれた女性は、こうして修道院で暮らし、国のあらゆる災害や病から守るという使命が課せられます。神に祈りを捧げ、平和を願い、病人や怪我人の治療に向かう──わたくしは十五年間、そうして生きてきました」

「十五年!」


 そんな長い歳月を、国の平和のために捧げてきたのか!

 でも、それって……。


「……自由がない。そう、おっしゃりたいんでしょ?」

「っ!?」


 まさか、心を読まれた!?

 これも、聖女の奇跡のひとつなのだろうか?

 リィムさんは、どこか寂しげに笑った。


「間違ってはおりませんよ? 聖女として生まれた時点で、わたくしの運命は決まっているのです。わたくしは一生、国のためにこの力を使うしかないのです」


 リィムさんは瞳を閉じて、顔を伏せた。


「ですから、たまに治療で遠方に出向く際、こっそり魔法陣を敷くんです。夜な夜な、ここを抜け出して出歩けるように」

「じゃあ、あの魔法陣はそのための……」

「ふふ♪ シスターたちには内緒ですよ?」


 悪戯っ子のように、リィムさんはウインクをした。

 かわいい。


「そんなわたくしの秘密の魔法陣で、ローエンスくんは現れました……ねえ? これって、神のお導きに思えませんか?」

「え?」

「こうしてわたくしたちが出会ったのは、きっと運命だと思うんです!」


 ズイッと、どこか興奮気味に、リィムさんが迫ってくる。


「わたくし、実はこうして異性とじっくりお話をするの初めてなんです! それも、歳の近い男の子とは特に!」

「え? え?」


 がっしりと、リィムさんに両手を握られる。


「ねえ、ローエンスくん! 帰る方法を探す前に、わたくしとお喋りしませんか!? わたくし、外の世界のこと、もっと知りたいんです!」

「え~!?」

「だって! たまに治療で外に出ても、寄り道なんてできずにすぐに帰っちゃいますし、民衆の人たちとお話したくても、シスターたちが許してくれませんし……ね? ちょっとだけでいいですから! ねっ? ねっ?」


 キラキラとした瞳でリィムさんが迫ってくる。

 その様子は聖女というよりも、好奇心に支配された箱入りお嬢様そのものだった。


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