魔法薬の調合
モンスターをはじめて倒してから、約数日。
あの後も僕は、森に出現する数々のモンスターと戦い、その悉くを撃波した。
おかげで、魔法薬の素材がたくさん集まった。
「いい機会だわ。ローエンス、集めた素材で魔法薬を造ってごらんなさい」
師匠にそう言われ、最近は魔法薬の調合を始めた。
「いいこと、ローエンス。モンスターを倒せるようになったからといって、それを楽しんではいけないわ。魔法は戦うことだけに使われるワケじゃない。魔法で何かを生み出すこと。それもまた、一流の魔法使いの条件よ?」
師匠の言葉に、僕は目が覚めるような思いがした。
確かに、近頃の僕はモンスターを倒せるようになって、すっかり有頂天になっていた。
でも、戦うことに刺激を覚え始めてしまったら、それは邪悪な魔法使いの一歩手前だ。
魔法とは、破壊と創造の両面を持つ。
自分の手で何かを創造することは、きっと良い経験になるからと、師匠はたくさんの魔法薬の調合法を教えてくれた。
やっぱり、師匠は立派な御方だ。
僕が慢心して調子にのらないように、正しい道へと導いてくれる。
よし、師匠のご恩に報いるためにも、魔法薬の調合を成功させるぞ!
そう息巻いていたけれど……。
「……ダメだ。また失敗だ」
できあがった魔法薬を、まじまじと見る。
師匠の造ったものと見比べると、液体の色が濁っている。明らかな失敗作だ。
「よし、もう一度だ!」
再び素材と薬瓶を用意する。
魔法液という特殊な水がなみなみと入った大きな壺の中に、素材と薬瓶を丸ごと投入。
魔力を少しずつ注ぎながら、杖でゆっくりと中身を混ぜる。
こうすることで魔法薬は調合される。魔法液の中で、素材と薬瓶がひとつになって、そのまま完成品ができあがるのだ。
しばらくすると反応が起こり、魔法液が光を発する。
壺の中から、薬瓶がフワッと浮かび上がって手元にやって来る。
いま造ったのは疲労回復の魔法薬。
もしも成功していれば、薬瓶の中には黄色のシュワシュワとした液体が入っているはずだ。
しかし……。
「やっぱり、ダメかぁ……」
またしても薬瓶の中には鉄錆のように濁ったドロドロの液体が入っているだけだった。
僕は何度目かの溜め息を吐く。
魔法薬の調合。一見、単純な作業のように思えるけれど、これは想像以上に魔法使いの練度が必要とされる。
師匠曰く、ただ魔力を注ぎながら混ぜるだけではいけないらしい。
混ぜるタイミング、注ぐ魔力の量、そして何よりも重要なのが、造る魔法薬を強くイメージすること。
こういった諸々が絶妙に合わさって、はじめて魔法薬は完成するそうだ。
魔法薬の利点は、魔法が使えない人でも魔法規模の現象が使えるところにある。
確かにこれを量産できれば、世の中の多くの人に役立つだろう。
だから僕としては、是非ともマスターできるようになりたいのだけれど……。
疲労回復の魔法薬とはべつに、腰痛に効く魔法薬、傷を治す魔法薬、体力を増強させる魔法薬も試してみたが……そのどれも、すでに失敗に終わっている。
「う~ん、どうすればうまくいくんだろう?」
「苦戦しているようね、ローエンス」
「師匠!」
いつのまにか師匠が横にいた。
うう~、情けないところを見られてしまった。
「す、すみません。せっかく集めた素材をほとんど無駄にしてしまって……」
「気にしなくていいわ。魔法薬の調合は失敗を繰り返して上達していくものよ」
優しい師匠はそう言ってフォローしてくれたが、僕としてはやはり一回くらいは成功させたい。
でも、こんな調子じゃ完成品を造れるのはいつになるやら……。
「ローエンス、ひとつコツを教えてあげるわ。魔法薬の調合にはイメージが最も重要と言ったわね? 完成品をイメージするだけじゃなくて、それを使う人間のこともイメージしてごらんなさい」
「使う人間のことを?」
「そう。イメージが具体的になればなるほど、魔法薬は精度を増すわ。この魔法薬を必要としているのは、どんな人物か。どんな風に役立って、どんな反応をするか……そういったものをイメージしてみるの」
魔法薬が役立つ場面。
すると、これまで造った魔法薬のことを考えるとイメージすべきなのは……。
仕事で疲れた人。
腰痛持ちのおじいさん。
大怪我をした子ども。
力仕事をする職人さん。
そういった人たちをイメージすればいいのだろうか?
「最初のうちは身近な相手をイメージするといいわ。繰り返していく内に、だんだんと感覚が掴めてくるから」
「身近な相手となると……」
「そう、この場合は私ね。まずは私に魔法薬をプレゼントするつもりで調合をしてごらんなさい」
「師匠に魔法薬を!? で、でも、師匠は魔法でだいたい何でも解決できちゃいますよね?
疲労回復とか、体力の増強の魔法薬なんて、師匠にとっては無用なものなんじゃ……」
「まあ、確かに私には無用なものね」
「そ、そうなると、逆にイメージしにくいです」
「ふむ。言われてみればそうね……じゃあ課題を与えるわ。これから私が言う魔法薬を造ってもらいましょうか。ちょうどいま、欲しい魔法薬があるの」
「師匠が欲しい魔法薬? それはいったいどんな……」
「ずばり──成長促進の魔法薬よ」
師匠の言葉に僕は耳を疑った。
不老長寿である魔女の師匠に、成長促進だって?
「魔女の肉体年齢が『女性として最も美しい瞬間』に止まるのは、あなたも知っているわねローエンス?」
「は、はい。確か魔女によって個体差があるんですよね?」
「そのとおりよ。正確には、その魔女が『最も女として魅力を放つ瞬間』だから、熟した年齢で止まる場合もあれば、幼い少女のまま成長しない場合もあるわ。そして私は見ての通り、十七歳くらいの年齢で止まったわ」
つまり師匠は十七歳くらいの少女である瞬間が、最も魅力を放つということだ。
確かに、師匠はとっても美しい。
八年一緒に暮らしてきたけど、いまでも気を抜くと、その完成された美貌に目を奪われて、胸がドキドキしてしまうもの。
「でもね? いくら美しい瞬間といっても、当人が満足するわけではないわ。肉体がこれ以上成長することはない。これは、ある意味で呪いみたいなものよ。実際、背丈の低さを気にしたり、童顔を気にする魔女はたくさんいるわ。『もっと背を伸ばしたい』『もっと大人っぽくなりたい』……つまり、その願望を叶えるのが」
「魔法薬、ってコトですね?」
「正解。魔法薬の凄いところはね、出来映えによっては、私たち魔女の肉体にも影響を与えることよ」
魔女でもコントロールできない方面にも作用を引き起こす魔法薬。
確かにそう考えると、とんでもない代物だ。
「なのでローエンス。私のために成長促進の魔法薬を調合してごらんなさい」
「ええっと……つまり師匠はもっと年齢を重ねて大人っぽくなりたいってコトですか?」
師匠を子どもっぽいと思ったことは一度もないけどな……。
むしろ大人びた十七歳の少女といった印象だ。
背も高いし、スタイルだって大人の女性も顔負けの発育ぶりだ。
いや、大人になった師匠もきっと美しいとは思うけれど、せっかくの若い姿を手放すのは勿体ないような……。
「誰も若さを手放すとは言ってないわよ? 私が求めているのは一部の成長促進だけよ」
「はい?」
「成長と言っても、べつに老いたいわけではないわ。多くの魔女が若さと美しさを保ったまま、成長させたい部分だけを成長させているの」
師匠はそう言って、なぜか大きな胸を主張するように揺らし、なぜか丸いお尻を見せつけるように振った。
一部の成長促進?
それって……。
「つまりね……ローエンス! 私の胸とお尻だけを成長させてごらんなさい!」
師匠は「むふー」と、やたら興奮気味にそう言った。
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