4-5 ジュリエッタの願望

「冗談はさておき、『あらゆる女性が欲するもの』ですか……」



 欲望の塊のような私には、到底決められないような内容です。


 欲するものは何か、と尋ねられたら、それこそどう答えてよいか分からぬほどに、欲しいものが沢山ありますので。



(今生では使いきれぬほどの金銀の山、“雲上人セレスティアーレ”が住まう天宮サントアリオを超える荘厳なる城、如何なる難敵を退けてくれる心優しく腕っぷしの強い騎士、そして、“真理”と言う名の深淵に到達できる知恵……。欲しいものなんていくらでもある)



 一つに決めるなど不可能ですね。


 しかし、“あらゆる女性”という縛りがあるのが重要。


 私を含めた“女性全員が欲しがるもの”を考えねばなりません。



(膨大な金銭、豪華な住居、理想の伴侶、そうしたものは誰でも欲しがりますが、だからと言って全員共通か、と問われるとそうではない。……なるほど、伝説級の化物が出題してくるのですから、これは少々考えさせられますね)



 一人で答えを出すのは難しいと判断した私は、まずジュリエッタに視線を向けました。



「のう、ジュリエッタよ、お前が欲しいものは何か?」



「“美男子”で、“分限者”で、“豪傑”な人を伴侶に欲しい! もちろん、性格も良くって、私を大切に扱ってくれるのは大前提ですよ!」



 さすがは私の妹。欲望の欲張りセットを要求してきましたか。


 まあ、確かに条件の良い男性と伴侶になれば、それも叶うというものでしょうが。



「ちなみに、目の前に条件が“ほぼ”整っている御貴族様がおるが?」



 女性三人が向かう視線の先には、もちろんアルベルト様がおります。


 仮面の下は貴公子然とした容姿端麗なるお姿!


 子爵家当主という立派な爵位を持ち、当然かなりのお金持ち!


 そして、腕っぷしは言うに及ばず!


 しかも、まだ未婚で、婚約者もない空き物件!


 結婚相手としては、これ以上に無い相手と言えましょう。


 しかし、ジュリエッタは首を横に振りました。



「厄介事は御免です!」



 きっぱりと拒絶するジュリエッタでございますが、それもまた当然の判断。


 プーセ子爵家は代々大公家の“影”として暗躍し、大公国の暗部を住処としてきた密偵頭の家柄。


 そのお役目柄、敵の数がとてつもなく多いというのは、想像するに難くない。


 その物騒極まる家の当主の伴侶なんぞ、まあ、ジュリエッタほどの頭の回る者であれば、まず嫌がりましょうね。


 火の粉が降り注ぐ中、油で満たされた壺を抱えて歩くようなもの。


 いつ引火するか分からぬ危険な状態に、自ら進んで志願するなど、余程の変人か無思慮な愚か者以外にはいない事でしょう。



「だそうですよ、アルベルト様。ジュリエッタはあなたでは不満足であると」



「さもありなん。まあ、ジュリエッタ嬢ほどの頭の回る者であれば、伴侶と言わず、仕事上の付き合いでも一向に構わんがな」



「取らないでくださいね。うちの売れっ子嬢なんですから」



 我が家が運営しております高級娼館『楽園の扉フロエンティーナ』において、一、二を争う人気嬢なのですからね。


 絶対に渡しませんよ。


 裏仕事のお手伝いは、私とディカブリオ、それと従者のアゾットで十分でございましょう。


 とはいえ、ジュリエッタの回答でますます分からなくなりました。


 富、名声、爵位、そして、“いい男”。


 欲するものは千差万別でございまして、それを一つとするのは不可能やもしれません。


 “あらゆる女性”という広範囲に合致する条件、満たせるものなのでしょうか?


 首無騎士デュラハンが出した謎かけリドル、どうやら本当に難問のようでございます。

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